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一回り年上な皇帝陛下に溺愛結婚されました  作者: アルケミスト


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 ディランに戻ってから、すぐに彼は私との婚約を正式なものとして発表した。


 これで名実共に私は彼の婚約者となって、婚約者(仮)の状態は脱したことになる。


 とりあえず両親に彼を紹介することができて結婚の了承も得、会社も辞職できたし友人へのフォローも完了。


 すでに高いハードルをクリアしたような気になっていた私だったが、そんな私を待ち受けていたのはさらに高いハードルの数々だった。


 当然のことながら、非公式の婚約者のときとは生活がまるで一転した。


 彼の婚約者として皇帝の公務に随行する機会が格段に増えた。


 この公務というのが多岐にわたっていて事前の準備だけでも実に大変。


 マスコミを始め、皆に見られる立場であるわけだから身に着けるものも厳選しなくてはならないし、TPOをちょっと間違えでもすればたたかれてしまう。


 会食の前にはメンバーのプロフィールや陛下との関係性も頭に入れておかねばならないし、周囲への手の振り方一つですらハロルドさんのスパルタ特訓を受けねばならないという……。


 ある程度予想はしていたものの、そんな予想をはるかに上回る大変さだった。


 仕事量だけで考えると、会社員をしていた頃のほうがまだ楽だったと思えるくらい。


 今までこういった公務なんていうのは完全な別世界でしかなかったし、ニュースで時折垣間見るくらいで想像もつかなかったけれど、やっぱりブラック企業を上回るブラックに思えてならない。


 それでも、不思議とあの頃に戻りたいと思うことはなかった。


 この違いはなんだろう?


 って自分なりに考えてみたけど、やっぱりやりがいの有無に違いない。


 正直、会社員の頃は、とにかくお金のためだけに働いていた。


 そうわりきって働かなければもたなかった。


 誰にでもできる雑務を大量に押し付けられ、グレーに近い業務だなって思ってもそれを口にすることはタブー。


 いろいろと日々心身をすり減らして、半ば会社の奴隷となっていたのかもしれない。


 それに比べて、今は忙しいは忙しいけれど、ちゃんと頑張りを認めてくれる人が側にいてくれる。


 彼の期待に応えたいという思いだけでなんでも乗り切れるような気がしてくるから不思議だ。


 挫けそうになるたび、私は左手の薬指に光る婚約指輪を眺めてはニヤついてエネルギーをチャージすることにしている。


 五カラットはある大粒のアレキサンドライトをメレダイヤが取り囲んだデザインは彼がデザイナーさんと一緒に考えに考え抜いたものだけあって思い入れもひとしおだ。


 アレキサンドライトは当たる光に応じて色を変える珍しい宝石で、なんでもその特徴から周囲に柔軟に溶け込めるお守りとして持つ人もいるのだとか。


 この宝石を薦めてくれたのは他ならぬ陛下だった。


 私がディランや新しい生活に少しでも早くなじめるようにという思いからかもしれない。


 あ、あと、他にも隠れた才能を開花させる効果というのもあるのだとか!?


 果たして私にそんなものがあるのかは疑わしいけれど……彼の期待が伝わってきて、余計頑張らなくてはという気になれる。


 私はいつものように婚約指輪へと目を落としてから、勇気を振り絞って目の前のドアをノックした。


 中からいかにも不機嫌かつ迷惑そうなハロルドさんの返事が聞こえてきて……一瞬怯むもさらに勇気を出してドアを開いた。


「何か御用ですか?

 取り込み中なのですが」


「す、すみません。

 あの明日のスケジュールの記念式典についていくつか質問があるんですが……あ、五分くらいで済むと思います」


 彼は私の問いかけに、片方の眉だけあげて変なものでも見たというような顔をした。


「……あ、あの……何か?」


「いえ、別に」


 すぐさま何事もなかったかのようなすました表情かつ相変わらずの冷ややかな口調でさらりと流される。


 と思いきや、彼は思い直したかのように言葉を続けた。


「ただ別人のようになられたなと思っただけです」


「そうでしょうか?」


「正直なところ、すぐに音をあげるだろうと思っていたのですが。

 三流の会社勤めですら務まらずに逃げ出してきた貴女に陛下のお相手は務まるはずがないと」


 陛下を上回る辛辣な毒舌が耳に突き刺さる。


 相変わらず彼だけは私に対して容赦ない。


 正式な婚約者になろうがなるまいが我関せずといった風に。


 でも、耳に痛い言葉は本当のことだって一言うし、確かに彼の言うことはもっともだなと思えるので、へこみながらも参考にさせてもらうことにしている。


 って、こんな風に前向きに考えられるようになったのも、陛下の影響によるところが多いような気がする。


 朱に交わればなんとやらっていうけれど、彼と一緒にいると勉強になることが非常に多くて刺激になる。


 公務に随行する機会が増えてからというもの、よりいっそうその傾向は顕著になっている気がする。


「と、とりあえず全力を尽くしますから。

 いつかハロルドさんにも認めてもらえるように」


 へこんだ心を奮い立たせて、彼をまっすぐ見つめて言い返してみると、彼はため息交じりに眩いた。


「私などに認められて何になるというのですか?

 陛下がお認めになっていればそれで十分でしょうに」


「っ!?」


 あれ?


 それってもしかして……ものすごく遠まわしに認めてくれているような?


 気のせいかもしれないけれど、とんでもなくうれしい発見をしたような気がしてニヤけてしまう。


 と、そのときだった。


 執務机に置かれたスマホが振動するや否や、彼は素早く手にとって画面を確認して……なんと口元を綻ばせたのだった。


 今度は私が彼に怪訝なまなざしを向ける番だった。


 ハロルドさんも笑うことってあるんだと、ついしげしげと見入つてしまう。


 すると、その視線に気づいたらしく、彼は顔をあげると途端にいつもどおりのクールな表情を取り戻して私に尋ねてきた。


「私も一つ質問をしてよいですか?」


「は、はいっ!

 わ、私に答えられることならなんなりと……いつも質問しっぱなしですし……」


 正直、優秀かつ敏腕な陛下の世話役兼秘書の彼に私なんかが教えられることがあるのだろうか?


 と、疑問には思うけれど、彼には余計な口は狭まないほうがいいというのが経験上分かってきたので、敢えて口には出さずにおいた。


「……首だけ長い変な生き物が後ろを振り返って、いやらしい笑顔を浮かべているイラストの意味するところを知りたいのですが」


「え、ええ?

 イラストですか?

 変な生き物って?

 ちょっとスマホを見せてもらえますか?」


「いえ、別に心当たりがないようならいいのです。

 こちらで調べてみますし」


 私が手を差し出すも、彼は首を横に振ってスマホを渡そうとはしない。


 なんだろう?


 怪しすぎる。


 何か見せられない理由でもあるのだろうか?


 首の長い変な生き物って……なぞなぞみたい。


「それってモフモフしていますか?」


「ええ、しています」


「……アルパカ……ですかね?」


「ああ、なるほど。

 確かにそう言われればそうかもしれませんね。

 しかし、このいやらしい笑顔は一体何を意味しているのか?

 少し調べてみる余地がありそうですね」


 ハロルドさんは真剣な表情でスマホを見つめて顎を触って考え込み始めた。


 彼がこうなるともはや何を言っても耳に届かない。


 私はいつもと違う彼を不審がりながらも、優秀な彼が謎のアルパカのイラストについて真剣にあれこれ調べている様子を想像して……笑いがこみあげてきた。


 とりあえず質問しようと思っていたことは、朝改めて尋ねよう。


 そう思い直してパソコンを操作し始めた彼の邪魔をしないように、そうっと執務室を後にした。

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