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「私の国では、一生に一度の運命の恋を何よりも重視する文化的な背景がある。
離婚は認められないし、不貞は厳しく処罰される。
それは皇帝であっても例外ではない。
君がおそらく心配しているようなことには断じてならない。
その点は安心してもらいたい」
「……」
「とはいえ私もナゴミに出会う前までは、君同様運命の恋など信じてはいなかったのだが」
重々しい口調を少しだけ緩ませると、彼は口端をあげて友美に微笑みかけた。
「ナゴミの長所は君もよく理解しているはずだが違うかね?」
「っ!? もちろん!
トロくて鈍くておっとりしすぎてて本当に目が離せないけれど、何をするにしても本当に一生懸命だし、困っている人がいたらまっさきになりふり構わず助けちゃうし、お人よしで……自分のことはいつだって後回しだし……」
友美が熱弁を振るえば振るうほど地味にへこんでしまう。
いや、まったくもって友美の言うとおりだし、その観察眼はさすが学生の頃から優等生だったことはあるなあと感心するけど……褒められているというよりは……こうけなされているような?
まあ、友美の天邪鬼な毒舌は今に始まったことではないから、久々に友美節が聞けてよかったと思うことにしよう。
彼は友美の言葉に頷きながら真摯に耳を傾けていた。
しばらくして、言いたいことを全部吐き出したらしい友美は、いからせた肩を上下させながら黙ってしまう。
すると、それを待っていたかのように彼が再び口を開く。
「君は本当にナゴミのよき理解者だというこうことが今の話で伝わってきた。
彼女に代わって深く感謝する」
「ベ、別に……感謝されることでもないし……むしろ、短気で毒舌な私とでものんびりじっくり付き合ってくれるのは……和くらいなものだし、私が好きで付き合ってきただけであって……」
友美がしどろもどろになりながら口ごもる。
まさかそんな風に思っていてくれたなんて……知らなかった。
「……え?
そ、そうだったの?」
「っ!? うるさい!
今の最後のはなし!
ちょっと口が滑っただけだしっ!」
耳まで真っ赤になって首を左右に振ってみせる友美がものすごくかわいく見えて……ニヤニヤ笑いが止まらなくなってしまう。
「ちょっと!
和、何変な笑い方してるのよ!」
「ひーみーつー」
「ううう!
和の癖に生意気!」
友美がかみついてくるも、ついダダ漏らしてしまった本音を知ってしまえば、もはや甘噛みにも等しい。
ずっと友美には、昔からことあるごとに面倒を見てもらってばかりでいつもどこか申し訳なく思っていたけれど……。
心の重しがスッと軽くなったような気がして、ようやく私は友美にこれだけは伝えなくてはと思っていた言葉を口にする勇気が出た。
「友美、あのね。
私も最初は確かに驚いたし、いまだに夢を見ているんじゃないかって何度も疑ってしまうんだけど……こういうのって理屈じゃないんだなって……もう諦めることにしたの」
「……和」
「不思議と初めて会ったような気がしなかったし、彼のことを知れば知るほど、その……惹かれてしまうの。
自分でも怖いくらいに……正直、私じゃ彼にふさわしくないんじゃないかって何度も不安になったりもするけれど……それでもやれるとこまでやってみようかなって思ったの。
彼と一緒なら乗り越えていけるような気がして」
「……」
友美は驚いたような表情を浮かべつつも、いつものように話している途中で口を挟んではこずに神妙に私の話を聞いてくれる。
「もちろん、結果失敗したとしても自分の選んだことだから後悔はしないし、友美に泣きついたりもしないから。
ただこんな風に思えた男性は初めてなの。
だから、友美には応援してもらえたらうれしいなって思うのだけど……」
「……」
私の話が終わった後も、友美はしばらくの間、眉根を寄せて黙りこくっていた。
しんと社長室が静まり返る。
ややあって、友美は腕組みをするとうなだれて長いため息をついた。
「……もう……そこまで言われちゃったら……反対できるはずないじゃない……」
「友美!
ありがとう!」
「はいはい、もう本当にごちそうさま……和、アンタノロけすぎだし」
「えっ!?
そ、そう?」
「今のってガッツリノロけだったでしょうが!」
「そのつもりはなかったんだけど……」
「ああっ、もうっ!
なんかすっごく悔しいっ!
和のくせにぇー!」
「ご、ごめん……」
いつもの友美との気の置けないやりとりに、私は心底胸を撫でおろしながら半泣きになって笑み崩れる。
もしかしたら今度の今度こそ友美に愛想を尽かされちゃったかもって、本当は怖くて怖くてどうしようもなかった。
両親の顔合わせが終わってから彼女に話を打ち明けなくちゃとか思いながらも、その不安から内心躊躇ってもいた。
でも、きちんとこうして腹を割って話してみて本当によかった。
「まだ完全に納得したわけじゃないけど……長い付き合いだし……アンタが一度こうと決めたら誰に何を言われようとも曲げないって知ってるから」
「うん」
「おっとりしているようで頑固なとこは頑固なのよね」
呆れたように肩を竦めると、友美は背筋を正して居住まいを改めると、彼へと向き直って頭を深々と下げた。
「……和のこと……どうかよろしくお願いします……」
「ああ、こちらこそ。
これまで同様、彼女のよき友達であり続けてほしい」
彼が手を差し出して、友美も今度に握手に応じてくれた。
二人が握手する光景を目に焼き付けておきたい。
そう思った私は、瞬きをする間も惜しんで二人に見入っていた。
友美に事情を説明し終わって。
全てをやり終えた気になっていた私だったけれど、彼にとってそれはまだまだほんの序の口に過ぎなかった。
社長室に社長を呼びつけたかと思うと、ハロルドさんに命じて会社の業績のもろもろのデータや私の出勤表を机の上に並べさせたのだ。
それに基づいて、あくまでも紳士的な態度を崩しはせずに、しかし友美も到底及ばない毒舌をもって情け容赦なく会社を批判した上で私の退職を勝ち取った。
しかも自己都合ではなく会社都合、かつ余りまくっていた有給は全て消化させるという徹底ぶり。
彼に対するドS疑惑が確信に変わった瞬間だった。
私はともかく、社長ですら一言も彼に口を挟む余地はなかった。
見ているこっちがつい同情してしまうほど小さくなってしまった社長は、ひたすら彼の主張に頷くだけ。
敵には容赦ない彼の一面に驚かされながらも、それも一重に私のためなのだという彼の思いが言葉の端々から伝わってきて、こんなことを言うのはあまり褒められたことではないかもしれないけれど、正直なところうれしかった。
残業の強要や強引すぎる営業方針、法に触れるギリギリのグレーな案件など、前々から気にはなっていたことの全てがやはり会社のありかたとして間違っていたのだと分かって胸のつかえがとれた気分だった。
会社って本当に怖い。
ある意味カルト宗教みたいなものなのかも。
外の人間からすれば明白な間違いであっても、内部にいると「なんとなくこんなものなのかもしれない……」って思えてきたりして。
いつの間にか会社の色に染まって、疑問に感じるべきことすら気づけなくなっていくものなのかもしれない。
それはとても怖いことだと思う。
もしも、あのまま我慢に我慢を重ねて会社勤めを続けていたらどうなっていただろう?
考えるだけでゾッとする。




