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私たちは会議室ならぬ社長室へ通された。
社長曰く会議室代わりにぜひとも使ってほしいとのことで。
ハイブランドのお茶菓子が和洋問わずにこれでもかというほど机の上には並べられ、社長づきの超美人秘書がこれまたいかにも高そうなカップとソーサーにかぐわしい香りの紅茶を淹れてくれる。
あからさまな特別待遇に私は辟易となるのを通り越して呆れてしまう。
やがて、しばらくして社長室のドアがノックされた。
その鋭いノックには怒りがこれでもかというほどありありと滲み出ていて、私は逃げ出したくなる気持ちを必死に堪えながら緊張する。
「どうぞ」
彼が返事をすると、ショートカットにパンツスーツ姿というマニッシュないでたちの友美が中へと入ってきた。
友美は、すらりとした長身かつ凜々しい顔立ちをしているため、パッと見、細身のイケメンに見えなくもない。
高校時代、同性の後輩からラブレターをもらったこともあるのは彼女にとっての黒歴史。
一瞬、友美の姿を見た彼のまなざしが険しくなったように思えて、私は気が気ではない。
昔ハマっていた俳優が細身なイケメンだったということも気にしていたようだし……変に誤解されなければいいのだけれど。
一見キリリとしたイケメン風に見えるけれど、中身はカワイイものや面白いものをこよなく愛するれっきとした女子なの。
と、あれこれ気を揉む私に、友美はノンフレームの眼鏡越しに鋭いのを通り越して殺気じみたまなざしを差し向けてきた。
ああ……やっぱりものすごく怒ってる。
まあ当然と言えば当然だけれど。
私は友美の叱責を覚悟して縮こまる。
「初めまして。
ミス・ユミ。
お目にかかれて光栄です」
椅子から立ち上がって彼が差し伸べた握手に応じるよりも早く、彼女は私を睨んで声を荒らげた。
「和っ!
アンタね!
これって一体どういうこと?」
「……ま、友美、ご、ご、ごめんっ。
あのね!
落ち着いたら一番最初に友美に連絡を入れようと思っていたんだけど、それより早く情報が洩れてしまって……本当にごめん!」
友美を今までになく本気で怒らせてしまったことをひしひしと感じて、言い訳する声すらおかしいくらい震えてしまう。
「ほら、友美が気に入っていた『なめこいぬ』のぬいぐるみ!
あれ何匹でもプレゼントするから許して」
「『なめこいぬ』とかもうとっくにブーム去ってるしっ!
っていうか、話を逸らさない!
そもそもなんでこんなことになっちゃってるわけ?
いきなり婚約とか、しかも皇帝と。
現代のシンデレラだとかテレビや新聞でも大騒ぎだし……昔っからアンタってワケ分からなかったけど、今回だけはさすがにイミフすぎて全然笑えないからっ!」
「……う、うん……そうだよね。
実は私もいまだになんでこうなっちゃったのか分かっていないかも……」
ため息交じりにしおれて、うなだれる私を前に、友美の険しい表情が緩んだ。
「もう何よそれ自分でも分かっていないのに、他人に説明できるはずがないじゃない!」
「うん、そのとおり……トロくてごめん」
「別に和がおっとりマイペースなのはいつものことだし」
「……だよね……ホント」
「本当に相変わらずなんだからどれだけ心配したと思ってるの?」
「……うん、心配かけちゃったよね。
私、ホントに不器用で……友美みたいにいろいろうまくできなくて……」
「別に……うまくやろうとしなくていいのに」
「……」
友美の言葉が胸に染みてきて鼻の奥が絞られるように痛み、私は言葉を失って涙ぐんでしまう。
すると、その涙は友美にまで伝染して、二人して涙目でぎこちなく微笑み合う。
社長室がしんと静まり返り、今まで私たちの様子を見守っていた彼がようやく再び口を開いた。
「ミス・ユミ、驚かせてしまったようで申し訳ない。
だが、ナゴミは何も悪くない。
私が彼女を一目見て心奪われてしまったのが悪いのだから」
「一目惚れなんて私は信じていませんけれど?」
友美がジト目になって彼を見据えると、皮肉めいた言葉を差し向けた。
刹那、彼と友美との間に、目には見えない火花が散ったような気がして……私は青ざめる。
友美の言葉は端々まで刺々しく、社長の猫なで声とはまるで違っていた。
相手が誰であっても態度を変えない友美らしい態度だとは思うものの、まさか皇帝相手にまで!?
とハラハラする。
彼も彼で、やっぱりどことなく友美に対抗心を燃やしている気がしなくもない。
「と、友美……お、落ち着いて……」
「そもそも出会ってまだ間もないはずなのに、いきなり婚約ってどういうことなんでしょう?
何事も段階を踏むことが大切では?
もう少し時間をかけてお互いを知っていって、その上でずっと一緒にいたいと互いに思い合えてから婚約というのならまだしも」
「確かに君の言うことももっともだ」
「一時の感情に任せて突っ走るなんて一国の皇帝ともあろう人のなさりようではないと思います!」
彼に真っ向から果敢に挑む友美の言葉に、彼の傍で控えていたハロルドさんが、
「もっともだ。
よくぞ言ってくれた!」
とばかりに何度も深く頷いて同意を示しているのが視界の端に入る。
いつになく晴れ晴れとした彼の表情。
よっぽど私の一件で相当ストレスをためこんでいたに違いない。
友美が落ち着くのを少し待ってから、彼は膝の上で両手を組むと口を開いた。
「君は恋をしたことはあるかね?」
「っ!?
話を逸らさないでくださいっ!
私のことは今は関係ないはずです!」
「果たしてそうかね?
恋を知らない者に恋を語る権利があるとでも?」
「……っ」
落ち着き払った口調で彼にたしなめられ、友美は言葉に詰まり気色ばむ。
「こ、恋のひ、一つや二つくらい……ありますから!」
「ごっこ遊びは恋愛のうちに入らない。
本気の恋をしたことがあるのかね?」
「……そ、それ、は」
彼のただならぬ気迫に友美はたじろぐ。




