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とりあえず無事顔合わせという大仕事を成し遂げることができて、ようやく一息つけたと思っていたのに、翌朝、スマホに届いたおびただしいメッセージと着信履歴によって、むしろとんでもないことになってしまったことを知ることになった。
『和!
まだバカンス中と思ったら戻ってきてたわけ!?
連絡ちゃんとよこしなさいよ!
いろいろ思うところもあるだろうし、のんびりしたいだろうと思って心配してたけど敢えて連絡してなかったのに。
っていうか、ディラン皇帝とお忍び来日とかって何?
なんかすごい騒ぎになってるんだけど!』
メッセージのうち、親友の友美からのものをまっさきにチェックするや否や言葉を失う。
な、なんで友美がもう知ってるわけ!?
顔合わせを済ませてから一番に連絡をしなくちょって思っていた矢先に……。
なんて返信していいかも分からず激しく混乱していると、いつものように私より先に起きて軽めの仕事をしていたらしい彼が書斎から寝室へとやってきた。
「おはよう。
よく眠れたかね?
すぐに朝食を用意させよう」
「っ!?
いえっ!
ちょっと……そ、それどころではなくて……」
「どうしたのかね?」
「……なぜか友達に婚約のことが知られていて……まだ話してもいないのに」
さては口の軽いお母さんか、記憶能力が激しく欠如した弟たちの仕業か。
でも、それにしたってこんなに早くにバレてしまうのはおかしい。
「ああ、そのことならハロルドからすでに連絡は受けている。
どうやらパパラッチの仕業らしい。
どこから情報を嗅ぎつけたのか、ずっと我々に張り付いていたようだ」
「えええっ!?」
「君は現代のシンデレラと絶賛されているらしいな。
間違いではないし、近いうちに婚約を正式なものとして会見も開くのだから何も問題はない。
勝手に騒がせておけばいい」
なんてことはないという風に言ってのけられ、私は言葉を失う。
彼にとってはもしかしたら日常茶飯事なのかもしれないけれど、一般人にとっては大事にも程がある。
「くれぐれもテレビや新聞、雑誌などは見ないように。
いいね?」
「……は、はあ」
やっぱり、ゴシップ記事や芸能ニュースなどでおもしろおかしく騒ぎ立てられるとか?
そういうことにはまったく興味なかったし、当然自分が騒がれる側に回るなんて思いもよらなかったのに。
ただでさえ昔から悪目立ちするのは苦手な性質だったこともあり、黒々とした不安が胸を渦巻き始めて頭を抱え込む。
「気になるかね?」
「……はい、さすがに」
「いいかね?
他人の目にどう映るか気にすることは大事だが、気にしすぎることは毒にしかならない。
自分でどうすることもできない問題は考えるだけ時間の無駄だ。
あれこれよからぬことばかり考えて負の連鎖にしかならない」
「確かに……」
経験に基づくだろう彼の言葉に少し気が紛れはするものの、改めて自分の日常が凄まじい勢いで変化しつつあることを実感せざるを得なくてなんだか怖くなる。
光には影があるように華々しい世界にはこういった負の一面がどうしてもつきまとうものなのだろう。
私が俯いたままため息をつくと、彼が私の頭をくしゃっと撫でてきて腰をかがめ、こめかみにキスをしてくれた。
キスされたところがあたたかく心地よくて私の表情も緩む。
「とりあえず自分にできることだけ考えて動くといい」
「はい……友美にはきちんと説明しないと」
「ユミ?
友達かね?」
彼が片眉だけあげて、訝しげに目を眇めた。
「高校時代からの親友で面倒見がすごくよくて。
会社も彼女の紹介で入れたようなものだったりして……」
それなのに仕事についていけず休職してしまい、逃げるように旅立ってしまった。
にもかかわらず、そのときだって友美は何も言わずに私を見送ってくれた。
本当は文句の一つや二つぶつけたかったはずなのに。
そんな彼女に報告するより早くこんな形で婚約について知られてしまうなんて。
恩を仇で返すにも程がある。
正直切られてしまっても文句は言えないけれどそれだけはなんとか避けたい。
いつもしてもらってばかりで、私はまだ何も彼女に返せていないし。
「彼女にきちんと会って説明したいです。
でも、一体どうしたら……騒ぎをいたずらに大きくしたくはないですし……さすがに今はあまり動かないほうがいいですよね……」
「私に任せたまえ。
パパラッチの目を欺くことなどさして難しいことでもない」
「お願いしますっ!」
すがる思いで彼を見上げると、彼は少し驚いたように目を瞠る。
「それほど大切な友達なのかね?」
「はい!」
間髪入れずに大きく頷いてみせた私に、一瞬彼は押し黙ると顎を大きな手で撫でながら「……ほう」とだけ相槌を打った。
なんだろう?
ポーカーフェイスなのでものすごく分かりづらいけど、なんだか嫉妬されているような気が。
「って、相手は女ですから!」
「性別は関係ない。
彼女が君にとって大切な存在だということに変わりはない」
「……」
やっぱり、ひそかに嫉妬しているみたい。
言葉の端々に友美への対抗意識が滲み出ているし。
彼が時折見せる意外な一面に私はつい笑いを誘われる。
と、いつものようにそれを彼に見咎められてしまった。
「何かおかしいことでもあるかね?」
「いえ……すみません。
なんでもないです」
隙のないダンディな紳士でありながらこんな意外な一面もあるなんて。
もしかしたらハロルドさんですら知らないのでは?
私だけ知っている彼の秘密。
そう思うとなんだかうれしくなる。
「君がそれほどお世話になってきたのならば、私からも挨拶をしなければな」
「っ!?
ええええ?
そ、そこまではしなくても……」
「私も彼女に会ってみたいのだよ。
何か不都合でもあるかね?」
「……な、ないです……けど……」
何かとてもよからぬ予感がしてならない。
友美も相手が誰であっても自分を貫く気丈なタイプだし。
衝突しないといいけれど。
不安や焦りが顔に出ていたのかもしれない。
彼は大きな手で私の手を包み込むように握り締めると、私をまっすぐ見て言った。
「ハロルドにアポイントメントをとらせよう。
それに、他にも済ませておいたはうがいい用事ももろもろあるだろう?」
「……っ」
彼の意味深な言葉にどきりとする。
確かに彼の一言うとおり、すべきことは山積みで顔合わせを無事済ませるまでは極力考えないようにしてたけれど、友美の一件だけではない。
口にはしなくとも、彼は先回りしてそれらの問題についてどう対処していくか、考えていてくれたに違いない。
いつも目の前の仕事をこなすだけで精一杯で見通しが甘いって叱られてきたしなあと、地味にへこむ。
年の差、身分の差、国籍の差だけでも乗り越えるのは大変なことだと思うのに、そもそものスキルの差までもが彼とは圧倒的にかけはなれていて、なんとかしていかなければと気が引き締まる。
「……そうですね。
頑張らないと」
「だいぶ元気が出てきたようで何よりだ」
「え?」
「つい最近までそういう言葉はあまり出てこなかっただろう?
だいぶ心身共に立ち直っている証拠だ」
「あ……」
自分ではまったく気づいていなかったけれど、言われてみればそうかもしれない。
私以上に彼は私のことを見てくれている。
理解してくれている。
改めて彼への尊敬の念が強まると共に、胸があたたまっていく。
「しかし、せっかく快方に向かっているときに無理は禁物だ。
この件については私に任せてはもらえないだろうか?」
「ええっ!?
い、いえ、でもこれは自分でなんとかすべきことですから気持ちだけそのありがたくいただいておきます……」
「遠慮しなくてもいい」
そう言って、彼はニヤリと意味深かつ不穏な微笑みを浮かべてみせた。
な、何か企んでいる?
目で問い詰めるも、彼はいつものようにさらりと流す。
思わぬ申し出はものすごくありがたいことだけど、さすがに甘やかしすぎ。
やはり、自分のしりぬぐいは自分ですべきだと思う。
こんな風に考えられるようになったのも、全ては彼のおかげに違いない。
もうそれだけで十分すぎる。
「君にパパラッチをどうこうできるとは思えないが?」
そこを突かれると正直反論の余地もない。
勝手を知っている彼に守ってもらうのが一番いいに違いないことは明白だった。
「私が君を守るナイトとなろう」
そう言うと、彼は私の前に恭しく跪くと、中世の騎士を思わせる所作で私の手をとって甲に口づけた。
しかし、その目は忠実な騎士とは程遠く、やはり不穏な色が見え隠れしている。
「く、くれぐれもほどほどに」
あまり効果はないだろう釘をさすことくらいしか私にはできなかった。




