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「いえ、別に……そのたいしたものではないですから」
「ならば、その後ろに隠しているものを見せたまえ」
「は、はい」
後ろ手に隠し持っていた雑誌の切り抜きを彼におずおずと差し出した。
それを見た彼は、眉根を寄せて顎をさすりながらいつも以上に低い声で尋ねてくる。
「昔の男かね?」
「っ!? まさかっ!
違います!
ただの俳優さんですっ!」
「……ほう?
隠す必要はない」
「いえっ!
本当の本当ですからっ!」
彼の目の奥に危険な炎が揺らめいているのに気づいて、私は慌ててスマホで俳優の名前を画像のカテゴリで検索して彼の前に突き付けた。
「確かに。
しかし、君は彼のような男が好みなのかね?」
いつもと変わらないポーカーフェイスで尋ねられるも、その目は笑っていない。
確かに私が一時ハマっていたタレントは、一重で日本顔、ほっそりしたタイプで……彼とは全然違うタイプだけれど、ただ当時はドラマにかぶれていただけで……むしろそのドラマでその俳優が演じていた役に恋していたようなものだし、断然彼のほうが素敵なのに。
それこそ比べようもないくらいに。
「む、昔の話ですからっ!
高校のときに流行ってたドラマに出ていた人で……それ以上でも以下でもないですし!
陛下のほうがよっぽどダンディですし素敵ですし……」
「後学のためになんというドラマか教えてはもらえないかね?」
「えっとなんてタイトルだったか」
「後でハロルドに調べさせておこう。
これは借りておいてもいいかね?」
「……は、はい」
私が渋々頷いてみせると、彼はスーツの上着の内ポケットへとその切り抜きをしまってしまう。
わざわざこんなくだらないこと調べさせるとか、ハロルドさんの無駄遣いにも程がある。
また余計な仕事を増やして!
と、睨まれるのが目に見えている。
それにしても、まさかの彼の反応に驚きを隠せない。
いつもと変わらない淡々とした口調だけど、どこかこう刺々しい印象を受けるし……まさかひそかに嫉妬してくれたとか?
だとしたらちょっと、いや、だいぶうれしい。
思わずにやけてしまう私に彼は甘く咎めるように目を細めてみせた。
あまり大人をからかうんじゃない。
口には出さずともそんな声が聞こえてくる。
「何かおかしいことでもあったかね?」
「いえ、おかしいというか……なんだか少しうれしくて……そんな風に陛下に気にかけてもらえるなんて思わなかったので」
「ほう?」
さらに目を眇めると、彼は私のほうへと歩いてきて隣に腰かけた。
ベッドがぎしりと軋み、その音に心臓がどくんと跳ねあがる。
「私が何も気にしていないように見えるかね?」
「え?」
「君が大切にしてきたものに触れるたびに、君をどうしうもなく独占したくなっているというのに?」
彼の太く低い声が危険な響きを帯びているのに気づくや否や、肩を抱き寄せられた。
「や……ま、待ってくだ、さい。
ここではさすがに」
慌てて顔を背けようとするも、彼に顎に手を添えられ上向かされてしまう。
その強いまなざしに射抜かれては抵抗できるはずもない。
催眠術にかかってしまったかのように唇が半開きになってしまい、彼は悠々と私の唇を奪っていく。
「ン……ンン……」
彼のキスはいつものように葉巻の香りがする。
何度されてもけして慣れることはなく、胸が甘く疼いてときめく。
しかし、今日はいつもと違っていきなり舌が侵入してきて深く貪られる。
妖しい興奮が身体の奥から奮い立ち、たちまち媚薬に酔わされたかのようになる。
「っ……んんんぅ……」
彼の舌が雄々しくうねり、私の舌を捕らえては激しく吸い上げてきた。
深く重ね合わせた唇の隙間から唾液と共に恥ずかしい声まで洩れ出てきそうになって焦る。
ここは実家。
隣は愚弟たちの部屋で、聞き耳を立てていないとも限らない。
絶対に気づかれるわけにはいかない。
必死に太ももをつねりあげて声を我慢する。
でも、彼はむしろそういう抵抗があったほうが燃え上がる性質で、私の頭を抱え込むようにしてよりいっそう深く激しく口中を征服していった。
「ン!? っふ……ぅ、んんんっ!」
息も絶え絶えになってしまうほど唇を獰猛に奪われ、意識が朦朧とする。
その彼らしくない荒々しいキスに彼がどれだけ嫉妬していたかを思い知らされる。
まさかこんなにも嫉妬してくれていたなんて思いもよらなかった。
「ん、っふ……っく……うぅ……んっ、んんんっ!」
エロティックなキスに幾度となく達してしまうも、必死に声だけは我慢する。
しかし、そうすればそうするほど彼のキスはよりいっそう激しさを増していき、同時に彼の大きな手が服越しに胸を撫でてきて、もう片方の手はスカートの下へと忍び込んでいく。
「や……だ、ダメ……です。
陛下、さすがにここでは……」
彼の手を掴んで動きを阻むも、キスだけですでに達してしまった身体はひどく敏感になっていて、つんと硬くなった胸の先端をくすぐられるだけで力が抜けてしまう。
感じやすいところを知り尽くした彼の愛撫に私はなすすべもなく、切羽詰まった状況下で身悶える他ない。
「いつも以上に濡れているようだが?」
「っ!?」
意地悪な囁きと同時に彼の長い指がくちゅりと腔内へと侵入してきて、思わず鋭い声をあげてしまいそうになる。
「う、っく……そ、そんな……ことは……」
「ほう?」
彼はわざと指を大きくくねらせると、いやらしい粘着質な音をたててみせた。
「ひっ……あ、あっ」
羞恥心を煽ってくるような愛撫に私はびくんっと身体を反応させてしまう。
そんな反応が彼の雄としての狩猟本能を刺激することになると分かっていても我慢できない。
「君にも聞こえるだろう?
君の恥ずかしい音が!」
「あっ、や……ああ、そんな……こと言わない、で……や、やめて。
お願い……これ以上はとても」
声を押し殺しながら、必死に彼の手を押さえて抵抗する。
と、不意に彼の手の力が緩んだ。
「え?」
思わぬ彼の反応に拍子抜けした私が戸惑っていると、彼は濡れた指を私に見せつけるように舐めて意地悪な微笑みを浮かべてみせた。
いつも紳士的な彼からは想像もつかないその笑みに、早くも官能の灯が点ってしまった心身が甘く疼く。
「分かった。
続きは部屋に戻ってからにしよう。
しかし、その分激しくなるだろうと事前に忠告しておく。
覚悟しておきたまえ」
そう言うと、彼はスーツの胸ポケットからのぞかせたシルクチーフを手にとって自らの指を拭き、私の足の付け根を拭いてくれた。
「ン……っ、う、うぅ……」
つるりとした感触が敏感な粘膜を撫でてきただけでぞくぞくしてしまう。
優雅な所作で後始末を終えると、彼は何事もなかったかのように涼しい表情を取り戻してベッドから立ち上がった。
そして私へと手を差し伸べてくる。
「さあ、我々の部屋に戻ろう。
私の気の変わらないうちに」
「はっ、はいっ!」
彼の言葉に発破をかけられ、私は慌てて彼の手を握り締めて立ち上がった。
彼の気が変わってしまわないうちにと。
しかし、心のどこかで少しだけ残念に思う自分がいることにも気づいていた。
あのまま、珍しく嫉妬に理性を押し流された彼に無理やり抱かれてしまっていたらどうなっていただろう?
そんなあまりにも危険すぎる誘惑を慌てて打ち消すも、それは消し炭のようにいつまでも私の胸の奥でくすぶり続けていた。




