15
婚約の正式発表は私の両親への挨拶を終えてから。
そのため、彼の来日は非公式なものとして進められることになった。
とはいえ、一国の皇帝が動くとなるとそれこそ一大事。
そもそ彼のスケジュールは通常二年前から細かく決められているそうで……それら全てをリスケするだけでもめちゃくちゃ大変なことなんだと、ことあるごとにハロルドさんにチクチク嫌味を言われ続けている。
皇帝としての仕事も前倒しできるものは全部前倒しにしたせいで、今までにない過密スケジュールだとも言っていた。
にもかかわらず、彼は少しも私の前で疲れている素振りも見せなければ、一言も「忙しい」と口にしないし、極力私と過ごすよう配慮してくれている。
全ては一重に私を気遣ってくれてのこと。
彼を知れば知るほど、すごい人だと思わずにはいられない。
敬愛の念は日増しに深まっていく一方で、本当に私なんかが彼に釣り合うのだろうか?
という疑問の念もまたどこまでも深まっていく。
それでも、立ち止まっている暇なんてあるはずもなく、ついに来日当日がやってきてしまった。
私は彼と一緒に王室専用のプライベートジェットで日本へと発った。
行きはマイルを使ってのエコノミー席だったのに、まさか帰りはビジネス、ファーストクラスをすっ飛ばしてのプライベートジェットだなんて。
分不相応にも程がある。
しかも、このプライベートジェット、まるで空飛ぶスイートルーム。
通常三百席以上はあるジェットをホテル仕様の内装で豪華に仕上げてあり、ホントに度肝を抜かれた。
二階はプライベートシアターと寝室があり、一階は居間やダイニング。
二つの階は緩やかな蝶旋階段でつながっている。
全てがシックなデザイナーズ家具で統一されていて、きっと有名デザイナーが手掛けたに違いない。
そもそも飛行機の中に階段って?
ディランはかなり裕福な国らしいとは感じていたけれど、まさかここまでとは……と幾度となく度肝を抜かれまくっている。
それも一重に皇帝の手腕の賜物だとか。
若くして皇帝の座についた彼は、改革に非常に積極的で、自国の価値を高めると判断した企業の誘致に次々成功し、それらの利益を国民に惜しみなく還元しているのだそう。
ハロルドさんが自分のことのように誇らしげに何度も語り聞かせてくれたその辺の難しい話は私の頭では理解しきれないところも多かったけれど、とにかく彼が自国のために献身的にその人生を捧げてきて、その結果多くの国民に慕われていることだけは確かで。
それをブラック企業と同じと勘違いしてしまうなんて……申し訳ないにも程がある。
彼は私とはまったく違う世界で生きてきた。
そんな世界にひょんなことから飛び込んでしまった私。
これから一体どうなってしまうのだろう?
まるで想像もつかない。
彼の広い背中を見つめながら途方に暮れ、急に心細さを覚えて彼を背後からそっと抱きしめて頬を擦り寄せた。
「眠れないのかね?」
「……っ!?
起こしてしまいましたか?
すみません」
寝ているものだとばかり思っていたのに、不意に彼に声をかけられ、私は慌てふためいて彼から手を放して背中を向ける。
すると、背後から今度は彼が私を抱きしめてきた。
「私のことなら構わない。
だが、君のことが心配だ」
背中にキスをすると、私の頭を慈しむような手つきでゆっくり撫でてくれる。
それだけのことなのに、ついさっきまでの心細さは吹き飛び、代わりに甘やかな心地が胸を満たしていく。
「なんだかいろいろ考え始めると止まらなくなって緊張で目が冴えてしまっただけなので……」
「私がついているのだから、何も怖がる必要はないのだよ」
「……はい」
「とはいえ、さすがに無理もないか。
私も時折考えずにはいられない。
本当にこのまま君の日常を奪ってしまってよいものかと」
「え?」
思ってもいなかったことを 懊悩を滲ませた声で告げられて私は戸惑う。
「それがいかに貴重なものか、留学時代の限られた期間ではあったが、私も身を以て知っている。
それでも君を欲しいと願う気持ちには抗えなかった」
いつもの自信に満ちた彼らしくない言葉に動揺を隠せない。
でも、その一方で彼が垣間見せてくれた別な一面に、胸がきゅっと締め付けられる。
「君が安っぽいシンデレラストーリーに憧れるような軽薄な女性でないことも重々分かっている。
だからこそ、君がいつ考えを改めてプロポーズの受け入れを撤回するか、実のところ気が気ではなかったのだよ」
「っ!?
そんな……それは私のセリフですからっ!」
まさかの彼の言葉に飾らない言葉が口をついて出てきてしまう。
「私のほうこそ!
陛下とあまりにも釣り合わなすぎるってやっぱりプロポーズはなかったことにされてしまうんじゃってそれでもダメ元でやるだけやってみようって思い直してなんとかここまで」
本音をこれでもかというほどダダ漏らしてしまい胸が熱くなる。
彼にとっての私は大和なでしこでなくてはならないはずなのに。
本当はこんなに情けない人間だったと知られたら幻滅されてしまうかもしれない。
しかし、そんな私の心配とは裏腹に、私を見つめてきた彼の目はどこまでも穏やかで静かな喜びに満たされていた。
「君のそんな気持ちがうれしくてならない」
「っ!?」
彼の低くあたたかな声が胸にじんと染みわたる。
鼻の奥がツンと痛くなり、彼の微笑みが涙で滲んでしまう。
「王妃の座などそういいものではない。
華やかな世界を夢見る女性もいるだろうが、プライベートをその代償に差し出さなければならないのだからな。
賢明な女性ならばまず逃げ出してしまうだろう」
「私は賢くないですから」
本当は何度も逃げ出したいと思ってきたけれど、という言葉は呑み込んで、なけなしの虚勢を張ってみせる。
彼の緑灰色の瞳にはそれすら見透かされていそうだけれど。
「ならばよかった」
「もう……そこは少しくらい否定してください……」
目をしばたたかせながら口を尖らせて彼を甘く睨んでみせると、彼は黙ったまま口端をあげて肩を竦めてみせた。
彼がよく見せるその癖に胸が高鳴る。
彼の期待にできる限り応えたくて、精一杯背伸びしていた肩の力がようやく今になって少しだけ抜けたような気がする。
ダメ元で頑張ってみて本当によかった。
心の底からそう思えてならない。
それにいつも自信に満ちた彼も、ひそかに悩んでいてくれたということがついうれしくて、涙腺だけでなく顔も緩んでしまう。
「早く君を名実共に私だけのものにしてしまいたい」
彼は私の額に口づけてから、次に私の目頭に唇を重ね、そしてだんだんとキスを下へと移動していった。
鎖骨から胸、胸からみぞおち、それから下腹部へと。
「あっ、あぁ……あああ……」
「あれこれ悩む暇がないくらい愛してあげよう」
全身にキスされつつ、その合間に嗜虐心をむき出しにした獣のような目で見据えられてぞくっとする。
淫靡な予感が否応なしに高まっていく。
やがて、膝にキスをされ、そのまま太ももへと彼の舌が這っていった。
柔らかな内腿を伝わって足の付け根をなぞられる。
「っ……あぁ……あ、ン……んぅっ」
くすぐったさと羞恥に身悶えながら、私は彼の頭を両手で押さえて遠ざけようとする。
しかし、そういったささやかな抵抗すら愉しみながら、彼は私のショーツを脱がし、再び秘所に顔を近づけてきたかと思うと、媚肉と溝を舌で搔き分けるようにまさぐり、端にひっそりと息づく肉芽を探し当てた。
「きゃっ!
あぁああっ!」




