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『もしもし、和か?
旅行中なんだってな?
母さんに聞いたぞ。
楽しんでるか?』
「う、うん……」
『迷子になってたり、騙されたりしてないか?
母さんともども心配しててな。
ほら、和は和みすぎていて、昔から方向音痴な上にぼーっとしているから』
「うぅ……そんなもう子供じゃないんだから……信用ないなあ……」
私がぼやくと、彼がすぐ隣でどこか楽しそうに顎に手を当てて目を細める。
うぅ、こんなやりとりを彼に聞かれるのとか恥ずかしすぎる。
こんなことになるくらいならもっと早くに自分一人でなんとかしておけばよかった。
後悔するけどもう遅い。
『電話とか珍しいな。
どうしたんだ?
ホームシックにでもかかったか?』
「えっと、ちょっと信じられないかもしれないけれど……報告したいことがあって」
珍しく勘のいいお父さんの言葉に驚きながらも、この流れに乗ってしまえば勢いでなんとか婚約や顔合わせのことを伝えることができそうな気がする。
『何!?
彼氏でも紹介したいっていうアレか?』
「……っ!?」
さらなる奇跡的と言っても過言ではないお父さんの察しのよさに内心ガッツポーズを決めるものの、「彼氏」という言葉がくすぐったくてすぐに返答できない。
ふと、目線を感じてそちらをちらりと見ると、彼は渋い表情で肯定を促すように二度頷いてきた。
眉間に皺が刻み込まれているし……どうやら私の対応に不満のようだ。
慌てふためいて私は言葉を続けた。
「彼氏っていうか……それ以上というか」
『おおおおおっ!
なんだなんだ!
それ以上ってもしかしてもしかするのか!?』
うわ、電話越しにお父さんだけでなく、周りのお母さんや弟たちがえらい盛り上がっているのが伝わってくる。
こっぱずかしいこと極まりない。
大げさすぎだし。
「えっと……突然プロポーズされて、彼が挨拶に行きたいって……」
『うお、まさかの外国人か!?
やるなあ!
イケメンかな』
「う、うん……とても素敵な人……私にはもったいないくらい……」
『そうか、いやいやめでたい!
いつでも我が家はうぇるかむだとよろしく伝えてな』
「うぇるかむ」
ちょっとお父さん、外国人ってのを意識しすぎ。
普段そんな言葉使わないくせに。
完全にテンションがおかしくなっちゃってる。
っていうか、娘の結婚に対して、こんなに軽いノリでOKしちゃっていいの!?
思ってた以上にあっさり話がついてしまい、かえって私のほうが困惑する。
「問題ないようだな」
「はい……」
「私からも挨拶したいのだが、構わないかね?」
「う、うぅ、はい」
浮かれまくっているお父さんが恥ずかしくて、スマホを彼に渡すのを躊躇うも、やはり断る理由もなく、渋々渡した。
「お電話替わりました。
カイザーと申します。
お嬢さんにプロポーズをご快諾いただきまして、改めてご挨拶に伺いたくご連絡差し上げました」
よどみない流暢な日本語が彼の唇から紡ぎ出される様子を、私は祈るような思いで見つめる他ない。
「ええ、大学時代、日本に留学をしていたので日本語は話すことができます」
あああ、お父さんのことだから、きっと外国人なのに日本語が上手だなんだと上から目線で褒めたに違いない。
とにかく、いつも飄々として調子がいいお父さんがものすごい失礼な失言をしませんようにと必死に祈る。
「職業ですか?
ええ、僭越ながら皇帝を務めさせていただいています」
「っぶ!」
彼の返答に思わず吹いてしまった。
いや、何も間違っていない。
間違ってはいないのだけれど、いきなりそんなド直球すぎる返答さすがのお父さんも怪しいと思うに違いない。
それこそ詐欺なんじゃないかと疑われてしまいかねない。
「では、ナゴミさんに代わります」
きっとこの後に続くお父さんからの怒涛の質問責めに、どう対応したものか必死に考えながら彼からスマホを受け取った。
「もしもし……さっきのその……びっくりしたと思うんだけど」
『いやあ、和、面白そうな人で本当によかったな!』
「……え、えええ?」
まさかの父さんの言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
ああ……たぶんお父さん、彼の言葉をなんかの冗談だと受け取ったんだろう。
冗談じゃないんだけど……いや、でも冗談と受け取られてもおかしくないか。
まだ結婚詐欺と間違われなかっただけマシかも。
そう極力前向きに考えるようにして、とりあえず娘としての務めは果たしたのだから今はそれで良しとしようと、自分を納得させて電話を切った。
しんと静まり返った部屋に私の深く長いため息が溶けていく。
「物分かりのよいお父上でよかった」
「いや……その物分かりというか……ノリがいいだけなんで……」
「どちらにせよ、これで一歩前進だな。
『案ずるより産むが易し』だっただろう?」
脱力しきった私の頭を撫でながら、彼が労をねぎらってくれた。
確かに、あれこれ思い悩んでいたよりはずっと簡単に報告することができた。
ちゃんと伝わったかどうかはさておき……電話をかけるまで胸に重くのしかかっていたプレッシャーは噓のように消えていた。
私がため息交じりに彼に頷いてみせると、彼は私の肩を抱き寄せて囁いてきた。
「今みたいに今後も一人で悩まず私に相談してくれたまえ。
私のプロポーズを受けてくれた以上、君と私は一心同体なのだからな。
君の喜びは私の喜びであって、君の苦しみは私の苦しみだ。
覚えておいてくれたまえ」
「……はい」
ああ いつもこうだから正直困ってしまう。
こんな風に言われてしまったら、是が非でも彼の期待に応えたいと思ってしまう。
もろもろ前途多難のように見える道のりも、彼と一緒だったらなんとか乗り越えられるような錯覚を覚えてしまう。
彼の言葉に勇気づけられながら、私は彼の差し出した手をとって立ち上がった。
そして、彼のエスコートで晩餐会へと向かっていった。




