13
どうしよう……この夢どうにも醒める気配がない。
それどころか、「顔合わせもどき=結婚の挨拶」もとい「ディラン皇帝来日」の準備は着々と進行中。
ディランの宮殿の一室で、晩餐会を控えた私は、やたら重たいドレスを身にまとってソファに腰かけたまま、自分のスマホをじーっと睨んでいた。
ディスプレイには母の電話番号が表示されている。
そう、実はまだことの次第を家族にすら伝えることができていない。
本当は家族だけじゃなくて親友の友美にも伝えておかなくちゃならないことなのに。
放心状態のまま宮殿へと連れてこられて、さまざまな豪奢なドレスやアクセサリーをあつらえたり、結婚に際してのマナーやらしきたりやらもろもろをハロルドさん……スイートルームに呼ばれたときにお茶を淹れてくれた人で、陛下曰く非常に有能な秘書らしいから叩き込まれたりでバタバタしているうちにあれよあれよと早くも二週間が経とうとしていた。
この部屋は私のために彼が特別に用意してくれた一室で、彼が宿泊していたホテルのスイートに広さこそ及ばないものの、さらに豪華なつくりになっている。
淡いピンクとミントのカラーを基調とした部屋で、重厚な織物を使った天蓋つきのべッドや細かい浮彫が施されたかわいらしい家具たち。
いかにも「ザ・プリンセス」という部屋で、正直落ち着かない。
基本、シンプルを極めたブランドの家具で統一しているうちのワンルームとは何から何まで違いすぎる。
しかも、ドレッサーには大最のドレス。
毎日のようにドレッサーの上に置かれた宝石箱の中には新しいアクセサリーが追加されていく始末もう十分ですからと何度伝えても謙虚の一言で流されてしまう。
こんな日常、誰が想像しただろう?
シンデレラストーリーの渦中にいざ巻き込まれてみると、こんなにも大事になるとは思いもよらなかった。
逐一プリンセスの現実というものを目の前に突き付けられ、イメージとのギャップに驚かされる。
例えば、このドレス。
淡いミントグリーンのドレスの裾には宝石がちりばめられた繊細なレース飾りが潤沢にあしらわれ、そのせいで鉛のように重い。
遠目には優雅に見えるプリンセスたちもみんなこんな鎧のようなドレスを身にまとって軽やかにダンスをしているのだと思うと、結構マッチョなのね……と感心してしまう。
ドレスの件に限らず、陛下との会話でも最初に少し触れたけど、「この仕事(?)、相当ブラックなんじゃ?」という疑惑もおそらく間違ってはいない。
何せプライベートというものはほとんどないと言っていい。
部屋の外に一歩出れば、身辺警護のSPはもとよりさまざまな人々の目に哂されるため気が抜けない。
メイクもせずにすっぴんのままマスクでごまかして、夜食をコンビニに買いにいっていた頃が早くも懐かしい。
それでも、こうして逃げずにここにまだいるのは……やはり一重に彼にどうしようもなく惹かれてしまっているからだと思う。
彼は私以上に多忙にもかかわらず、公務の合間を縫って足しげく私の元へと訪れてくれ気遣ってくれる。
直接会えないときだって、ハロルドさんを通して贈り物などを届けてくれる。
今までこんなに誰かに丁重に扱われたことなんてなくて、落ち着かないやら申し訳ないやらと思う反面……やはりうれしくて。
たとえ、もろもろ誤解があってこういうことになってしまったのだとしても、とりあえずやれるだけやってみようという気に今はなっている。
誰だって自分のことを認めてくれている人には応えたいと思うのだろう。
私の場合は特に、認められるという経験がきっと他の人たちに比べて少ないということもあってなおさらそう。
自分に務まるのかどうかは分からないし、正直ものすごく不安だらけだけど、それでも彼に愛されるたび、不思議とやれるだけやってみようという気持ちが新たになる。
だからいい加減腹を括って実家にことの次第を連絡しなければ。
そう思って通話ボタンを押そうとしたちょうどそのとき、突如ドアがノックされて心臓が跳ねあがる。
返事をするとドアが開き、ハロルドさんと思いきや彼が中へと入ってきた。
「ナゴミ、そろそろ時間だが、用意はできたかね?」
「っ!?」
タキシードを着た彼の姿に目が釘付けになる。
しっとりとした光沢を放つ布地はどこか艶めいて見えて、いつものスーツ姿とはまた異なった印象を受ける。
ダンディズムの化身と言っても過言ではない大人の渋さを感じさせる彼の凛々しいいでたちに感嘆のため息を漏らさずにはいられない。
毎日のように彼と顔を合わせているのに、いまだにちっとも慣れない。
むしろ、胸の動悸が、彼を知れば知るほど乱れる頻度が増えている気がしてならない。
「どうしたのかね?」
「……いえ」
彼のタキシード姿がいつにも増してまぶしすぎるなんて言えるはずがない。
私は言葉を濁すと、つと彼から目を逸らしてスマホを机の上に置いた。
「何か用事があったのならば、私に構わず続けたまえ」
「いえ、後からで大丈夫です。
急ぎの用事ではありませんし」
「まだ、躊躇っているのかね?」
「っ!?」
まだ両親に婚約の話を報告できていないことを見抜かれていた!?
ハッと息を呑んでその場に固まってしまった私を見つめる彼のまなざしには憂いの色が垣間見えていた。
それを目にした私は、自分でも驚くほど動転してしまい口から弁明の言葉が言い訳がましく飛び出してきた。
「す、すみ……ません。
でも、違うんです!
ただ単にどう説明したらいいか分からないってだけで。
たぶん突拍子もないことすぎて……すぐには信じてもらえないと思いますし、私ってただでさえ不器用ですし!」
なぜこんなにも必死に弁解しているのだろう?
そう不思議に思い、やがて彼に誤解されるのをひどく恐れている自分に気が付いた。
「なるほど。
ならば、今電話したらいい。
君が説明に窮したら、私が君に代わってご両親に説明してあげよう」
そう言うと、彼は私が腰かけているソファの横に座って長い足を組み、ローテーブルからスマホを手にとると私に差し出してきた。
彼のいつも身につけている香水が爽やかに香って胸がひどくざわめく。
しかし……そう来ますか。
ここまで言われてしまえば逃げ場はなくなったに等しい。
私は観念すると、スマホを彼から受け取って母にではなく父の携帯にかけた。
本当はまずお母さんに説明してからそれとなくお父さんに伝えてほしいと言う予定だったけれど、こうなってしまった以上、直球のほうが早い。
そう考えプランを変更したのだ。
「……」
緊張のあまり心臓の音が全身に反響している。
頼むから出て!
いや、やっぱり出ないでほしい!
相反する願いが交互に浮かんでは消えていく。
時差を考えると今こちらが夜だからあっちは朝……まだ寝ている可能性のほうが高いなんてことをつらつら考えるも、数回のコールの後に電話はつながってしまう。




