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気恥ずかしさよりも動揺が上回り、私はシーツから顔だけ出すと、ぽかんと口を開きっぱなしにして彼を見上げた。
「きゅう、こん?」
求婚ってあの求婚?
球根とかではなく。
そんな記憶まったくない。
そもそも……途中からほとんど意識が飛んでしまって、まともに覚えていないのだけれど。
それにしたって求婚なんてされればさすがに強烈に記憶に焼き付いているはず。
怪訝そうに眉根を寄せる私の額に軽くキスをしてから、彼はとんでもないネタばらしにかかる。
「我が国では男女が結ばれることは求婚を受け入れたことと見なされるのだよ」
「っ!?」
ま、まさかそんな深い意味があったなんて!?
まったく知りもしなかった私の血の気が引く。
「ちょ、ちょっと待ってください!
私はそんなつもりじゃ……」
「私は最初からそのつもりだった」
一切の迷いのない彼の言葉に胸が高鳴るも、さすがにことがことなので手放しで喜ぶわけにはいかない。
「でも、日本ではそんなきまりなんてないってご存じのはずでは?」
「ああ、だがここは日本ではない。
日本には『郷に入れば郷に従え』という諺もある。
ならば、ディラン帝国のルールに従うべきではないかね?」
確かに……彼の言葉には反論の余地もない。
どうしたものかと考えあぐねて私がうなだれると、彼は大きな手で私の頭を包み込むように撫でてきた。
本当に大きな手。
なんだかくすぐったくて心地よくて落ち着く。
って、落ち着いている場合ではない!
「わ、私なんかよりも、もっと素敵でお似合いな人はいるかと」
「いや、私は君がいいのだよ」
「私のこと何もまだご存じないはずなのに」
「恋というのは頭でするものではない」
確かに……彼の言うとおりなのかもしれない。
だけど、それにしたってあんまりにも無謀すぎやしないだろうか!?
確か、お見合いですら、顔合わせからデートを重ねていって、いくつかの段階を踏んでいって改めて婚約につながるって話だって聞くし。
それすら見事なまでに全部すっ飛ばして第一印象で決めるなんて……もはや不安しかない。
にもかかわらずこの圧倒的な自信はどこからくるのだろう?
「そんなにも私の目が曇っているように見えるかね?」
彼は表情を曇らせた私の頬を撫でたかと思うと、不意に目の奥を覗き込んできた。
「……い、いえ」
「今までに世界各国、さまざまな人間を見てきた。
人を見る目だけはあるつもりだ」
「いやその私なんて就職活動でも連戦連敗でしたしそんな大層な人間では」
かろうじて奇跡的に入ることができた会社すら辞めるかどうかの瀬戸際なのに。
声を詰まらせると、彼は私の訴えを笑い飛ばした。
「その担当者たちが見る目がなかったというだけのこと。
鵜呑みにする必要はまったくない。
私を彼らのような人間と比べてもらいたくもない」
彼の言葉に心が不思議とスッと軽くなる。
こんな風に考えたことなんてなかった。
むしろこんな風に考えることができたらどんなにいいか。
羨望のまなざしで彼に見入る。
彼のように自分自身に対する確固たる自信に満ち足りた大人に自分もなりたいと心から願う。
でも、彼を信じてはみたいけれど、その期待に応えられなかったらどうしよう。
相反する思いが胸の内でせめぎ合って黙り込んでいると、彼は私が納得したのだと思ったようで話を先へと進めていく。
「話を元に戻そう。
さっき郷に入れば、とは言ったが、君の意見は最大限尊重したいと考えている。
日本には結婚する際にもろもろの手順というものがあるらしいな」
「え、ええ……」
「確か顔合わせと言ったか?
正式には私の両親と君のご両親を紹介し合うのだろうが、あいにく私の両親は早逝していてね。
とはいえ、君のご両親に私から一度ご挨拶をするのが筋だろう」
「……は、はあ」
って、いきなり両親に挨拶だとか顔合わせだとかって!?
なんかもろもろすっ飛ばしすぎ。
冗談を言っているのではなく真顔なところがまた余計に恐ろしい。
「後でハロルドにスケジュールを調整させて訪日するとしよう。
わりと多忙なものでね。
昨日は三ヶ月ぶりのオフで奇跡的に君と出会うことができたのだが」
「三ヶ月ぶりっ!?」
それって……私以上にハードな職場なんじゃ……ブラックすぎにも程がある。
私ですら確かに休日出勤なんかも多々あったけれど、それでも一ヶ月ぶっ続けで休みがないってことはさすがになかった。
一体どんなハードな仕事をしているのだろう?
心配そうに彼を見つめると、彼は私を安心させるように笑みかけて言葉を続ける。
「そう珍しいことではない。
移動時間なども多いものでね」
海外を飛び回る仕事と言えば外資糸?
しかし、それにしたって三ヶ月休みなしというのはどうなんだろう?
私の会社もひどいと思ってはいたけれど、それすら生ぬるく思えてくる。
「大変なお仕事なんですね。
でも、少しは休まないと壊れてしまいますから」
「ああ、壊れてしまった例もたくさん見てきた。
そして、いったん壊れてしまえば、なかなか元通りにはならないものだ」
「……はい」
彼の言葉が身につまされ、私はしみじみと頷く。
確かに壊れていった人も多かった。
けして他人事ではない。
私も正直ギリギリだったかもしれないのだから。
でなければ、こんな遠い外国まで単身乗り込もうとは思いもよらなかっただろう。
思いつめた人間は何をやらかすか分かったものではない。
「だが、物心ついたときからこれが私の日常だったものでね。
言うほど無理をしているつもりはないのだよ」
「え?
そんなに早く就職されたんですか?
インターンとか?」
「いや、仕事と言うよりは公務と言ったほうが正しい。
いつからという意識はないな。
生まれたときからと言っても過言ではない」
「こうむ?
生まれたときから?」
業務じゃなくて公務?
公の義務?
「あ、あの失礼かもしれませんがご職業は……」
「皇帝だが?」




