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「君を独占したいと願ってしまう。
たとえ、それが不可能だと思い知らされたとしても」
「そんな」
渋みある色っぽい声色で、そんな風に甘く耳元で囁かれるだけで全身が骨抜きにされてしまったかのように力が入らなくなる。
彼の膝の上に向かい合わせに座らされた状態で、私は熱い吐息交じりにその逞しい胸元に顔をうずめた。
爽やかな柑橘系にムスクを合わせた彼の香水が香って眩暈を覚える。
心臓が壊れてしまうのではないかというほど早鐘を打っている。
彼の胸の奥底からもいつもより早い鼓動が伝わってくることがうれしくて、気恥ずかしくて、つい顔が綻んでしまう。
と、不意に顎に長い指が添えられ、上向かされた。
すぐそこに彼の端正な、しかし、憂いを帯びた表情が迫り、思わずハッと息を吞む。
彫りの深い顔立ちに陰影を帯びた緑灰色の瞳は、いつものようにミステリアスな光を宿していて吸い込まれそうになる。
常に気高く、ときに怜悧とすら受け取られる鋭いまなざしを他の人たちには向けるのに、二人きりのときだけは、どうしてこんなにもひたむきでまっすぐでどこか脆くすら見える目で私を見つめてくるのだろう。
わけもなく胸がきゅっと締め付けられて、私は彼の背中に回した手に力を込めると抱きしめた。
すると、それ以上の強い力できつく抱きしめ返される。
息が詰まってしまうほどに。
「せめて今だけは私だけのものに」
髪に顔を埋め、彼は低い声を震わせた。
ポーカーフェイスの彼が不意に垣間見せた情熱に全身が熱を帯びる。
熱い息が首筋に触れたかと思うと、滑らかで柔らかな感触が触れてきた。
「あ……っ」
首筋に何度も唇を押し当てられて優しく吸われていく。
時折、つつっと舌でなぞられるたびに全身がわなないてしまう。
どこまでも紳士的な愛撫。
しかし、執拗に弱いところを責め立ててくる。
そう、彼はいつも紳士的に振る舞う。
しかし、その本性は獰猛な獣。
その本性を垣間見せながら、じっくりと私の反応を確かめながら焦らすかのように愛撫を続ける。
「やっ……み、耳はっ……く、すぐ……た……んんっ」
「耳をもっとかわいがってほしいというおねだりかね?」
「ちっ、ち、違ぁ……あぁあ……」
耳の形を舌先でなぞられるかのように舐められる。
かと思えば、いきなり耳たぶを甘噛みされ、びくんっと肩を跳ねあげてしまう。
そんな私の反応を楽しむかのように、彼は緩急をつけて耳を責めながら、慣れた手つきでワンピースの胸元をはだけさせていく。
暗がりの中、まろび出てきた柔らかな胸を彼の大きな手がブラジャーもろともゆっくりと揉みしだき、形を変え続けている様がものすごくいやらしく見えてならない。
「あ……ん、んん……」
唇から悩ましい声が出てきてしまい、慌てて口元を押さえる。
何度しても、やっぱり恥ずかしすぎて顔が熱く火照ってしまう。
いや顔だけじゃない。
身体の奥深くも熱をもってじんじんと疼き始めている。
生理のときとよく似た感触。
慌てて下腹部に力を込め抗おうとするも、ブラジャーの中から胸を掬い出され、すでにつんと勃ってしまった乳首を親指でいじめられるだけで、とめどなく恥蜜が溢れ出てきて下着を濡らしていく。
触れるか触れないかの絶妙な愛撫。
かと思いきや、不意に甘くつねられ、そのたびに電流のような快感が下腹部から頭のてっぺんに向けて駆け抜ける。
欲望に任せた性急な愛撫ではなく、大人の余裕を感じさせるそれに焦らされ、よりいっそう疼いてしまう。
しかも、彼は確実に私の弱いところをじりじりと攻めてくるのだからたまらない。
もうすぐそこに悦楽の頂きが見えているというのに、その一歩手前で愛撫の手を緩めてくる。
「あ……あぁ……も、もう……そんな……いじわる……しな、いで……くださ、い」
「ああ、いじめているつもりはないのだがね。
ただ、私は君のその切ない表情が何よりも好きなものでね」
「う、うぅううぅ……」
たしなめられるように頬に軽くキスをされ、私は唇を尖らせて彼を甘く噛むも、彼は薄い微笑みを浮かべて肩を竦めるだけ。
この余裕が年の差、経験の差を思い知らされているような気がして悔しい。
無論、一回りも年上の紳士に張り合えるはずなんてないってことは、これまでいやというほど思い知らされてきたのだけれど。
「私ばかり……こん、な……恥ずかしい目にばかり……なんだかずる、いです……」
「ほう?」
しまった。
今の言葉は失言だったかもしれない。
彼の切れ長の目が細められ、剣吞な雰囲気を濃し出す。
時折、彼が見せるもう一つの表情にぞくぞくする。
「ならば、君も反撃してみるかね?」
不敵な微笑みを浮かべてみせると、彼の大きな手が私の手を恭しくとって導いた。
「……っ!?」
上質の布地越しに雄々しい硬さを感じて、ハッと身構える。
もうこんなに……畏怖の混じった驚きに息を呑む。
戸惑う私を見つめながら、彼は私の手に添えた手をゆるゆると動かしていく。
「……」
頭がぼうっとなって何も考えていられなくなる。
気がつけば、私は彼の手が離れたことにすら気づかず、手を動かし続けていた。
熱い吐息が唇から漏れでて、腰のあたりが落ち着かなく揺れてしまう。
なんて恥ずかしいことをしているんだろう。
これではまったく反撃になっていない。
むしろ余計羞恥心が煽られてしまっていたたまれない思いに駆られる。
「ああ……もう……」
いてもたってもいられなくなり、ついに手を止めると、彼が耳元で意地悪に囁いた。
「もう反撃はおしまいかね?」
「っ!?」
嗜虐を滲ませた艶めいた声色に全身の血が沸騰する。
その大人の色香が滲み出た低い囁きに、一瞬眩暈がした。
重低音のハスキーがかった彼の声は、私にとっての一番の弱点。
こうやって耳元で囁かれるだけでどうにかなってしまいそうだ。
そして、彼はそのことを知っている。
知った上で敢えてこうしてことあるごとに私の耳に囁きかけてくる。
全部彼の思うがまま。
敵いっこない。




