{ウィザード王国編}その9 『頑張れゼイア、スーパーモテ男になれ』
アスタに新装備が与えられてから数日が経ち、皆は日課である仕事に勤しんでいた。
特にゼイアは会長として認められたこともあり、その多忙さは極まって行く一方だった。
「ふぅ……少し休憩するか、アスタ。一段落着いた」
「近頃、更に仕事が増えた様であるな」
「後回しにしていた分があったからな。仕事が落ち着いたらバカンスにでも行くか?」
「なんとっ! ゼイアからそんな言葉が聞けるとは……」
「何か行きたい場所の案はあるか?」
「ここより南東にある国で、全身に植物油を塗りたくって相撲をする催しがあるらしいぞ」
「何故、よりによってその案を出したんだ……」
「失礼します、ゼイア様」
ゼイア達が談笑していると、ラキヤタが扉を開けて書斎に入って来る。
そして、そんな彼の手には一通の手紙が収まっていた。
「ゼイア様、そろそろ“パーティ”の準備をしましょう。今年は会長としての参加ですから」
「そうか……もうそんな時期か……」
「むぅ? 何の話だ、ラキヤタ。我輩にも教えぬか」
「近々、{ウィザード王国建国記念日パーティ}が開かれるのですよ、アスタ。アドレグループは国内最大級の企業ですから、当然毎年呼ばれているのです」
「ほー? なるほど、なるほど、理解したぞー。つまり、ゼイアが“嫌い”な仕事だな? ラキヤタ」
「ええ、そうです。ゼイア様が“お嫌い”な仕事ですね」
「くっ、態々言うな。はぁー……どうも苦手なんだ、ああいう空気感。世辞なんてどう言えば良いのか」
露骨に嫌そうな態度を見せるゼイア。
彼は社交性というものを捨てて来た人間なのだ。
しかし、アドレグループの会長として権力者の開く社交場への参加は仕事に繋がる。
彼とて嫌でも行かざるを得ないのだ。
「ゼイア、世辞は上流階級の嗜みだろう? いつかは覚えねばならんだろう。どれ、我輩で試してみるか? さぁ、言えいっ! 我輩を褒めちぎれ!」
「うーん、雰囲気はアレですが……折角ならアスタを使って練習をしてみてはどうです? ゼイア様」
「わかった……えーと、簡単なのは容姿を褒めることか? よし。そこのキミ、良い尻と脚だな。足が速そうだ」
「えっ、えっ、えっ? ゼイア様? まさか、女性相手に嘘ですよね??? 何を言っておられるのですか??」
「そうだぞ、ゼイア。我輩は脚の速さ以外も速い」
「アスタ、そういう話ではないのですよ」
「ええい、出会ったばかりで相手の人物像など分かる訳がない! これだから世辞と言うのは……」
「いや、ゼイアよ。内面が分かれば世辞の意味が無いだろう。どれ、我輩が手本を見せよう。ラキヤタ手伝え」
「えぇ……私もですか? んー、ゴホン。あら、アスタさん。私の薔薇の香水はどうですか?」
「ほう、野草の香りか! 大自然だな!」
「アスタでは、まるで参考になりませんね」
「困った……まさか私にここまで社交性が無いとは……」
「それもお主の愛らしさというものであろう、ゼイア」
「今の! 中々良い褒め方ですよ、アスタ」
こうして暫く三人が雑談を交えていると、突然部屋の扉をノックする音が響いた。
どうやらゼイアへ来客が来たらしく、ラキヤタは会話を中断してそれを確認しに行く。
しかし、ラキヤタは扉の先に立っていた予想外の人物に驚くこととなった。
「え、“ダオン様”!?」
「ダオンだと!? 何故ここに……」
なんと来訪して来たのはゼイアの弟、ダオンであった。
彼の来訪に驚きを示す一同、会うのは会議以来である。
するとダオンは軽く皆に挨拶をしつつ、ゼイアの書斎へ入ると静かに話し始めた。
「報告に立ち寄っただけだ。少し話をさせろ、ゼイア」
「ああ、構わないが……」
「先ずはもう一度謝らせてくれ……罪はこれから精算して行く。だが取り敢えず、俺は親父の最期に立ち合おうと思う。病気は良くならないが、どこか憑き物は落ちた感じだった……本当に全部、俺のせいだったんだな」
「変わったな、ダオン。父さんのことはお前に頼む。私は会社を守ることが恩返しだ」
「……お前は変わらないな。俺はその凛としたお前の姿に憧れ、結局悔しかったんだろう」
「だが、今のお前なら父さんも死んだ母さんも喜ぶさ」
ダオンの言葉には前までの棘が無い。
会社を追放され、逆に何かが吹っ切れたのだろう。
二人が兄弟として会話するのは、実に十数年ぶりのことだった。
「で、それともう一つ話があるんだ、ゼイア。お前、今度の建国記念日パーティに出るんだろ?」
「ああ、アドレグループ会長だから仕方あるまい」
建国記念日パーティの会場は、国の中心地とされるウィザード城である。
また、王族が主催するぱだけあって来る人は軒並み著名人だろう。
だが、建国記念日パーティが他のパーティより一線を画する催しとされる理由がある。
「ゼイア、{エドリガム・サザーザウィザー}との顔合わせは勿論するんだろう?」
「ああ。それが狙いだ」
ゼイアとダオンの会話に出て来た名前が気になり、アスタは小声でラキヤタへと質問をする。
「ラキヤタよ……エドリガムとは誰だ?」
「この国の“女王様”ですよ、アスタ……」
するとアスタは、なるほどと言わんばかりに頷いた。
「で……ダオン。彼女がなんだ?」
「商人のお前が王族と関わるチャンスは少ない。この国で会社を大きくして行くのなら、彼女と知り合いになるのは重要な事だ。このパーティはそのキッカケに丁度良い」
「経営者としては……パーティを挨拶だけで終わらすのは惜しいということか」
「勿論、会社経営も大切だ。でもお前、ちゃんと“嫁探し”はしているのか?」
「な、なにっ!?」
ダオンの発言に、ゼイアは驚き顔を赤くする。
「会長だろ? 嫁を持ち、子を作るのも大切な仕事だ。早すぎることはないだろー」
「私は……まぁ……もう少し吟味したいというか……」
「今回のパーティはうってつけだぞ。会長のネームバリューで、そりゃ引く手数多だろう」
「私が“ソレ”を好まないと知っているだろう、ダオン」
「勿論。でなければこんな話をする為にここまで来ない。ただ、一族の為にも乗り遅れたら困る。そこで朗報だ、エドリガム女王が“未婚”なのは知っているだろう?」
「ああ……は!? まさか、お前!」
「女王は十八歳だ。結婚されるには良い歳……当然、多くの権力者が狙っている。ならゼイアも立候補するべきじゃないか? 商人とは言え、アドレメナク家の財力は並の貴族を遥かに凌駕する」
「馬鹿な! 私は歳下で脚も無い。答えは明白だ!」
「それがあながち、間抜けな話ではないんだ」
「何?」
「女王が伴侶を探し始めたのは、二年前の成人から。しかし、この二年間大勢の男が立候補したのに、彼女のお眼鏡にはかなわなかった」
「そんな話を聞いたら私にはより無理だぞ? ダオン」
「違う、女王は人物像を優先する人なんだ。容姿に関しては二の次さ。会長で地位は十分、珍しい考えを持つお前なら女王の興味を引く可能性だってあるぞ?」
「し、しかし……」
「色恋に疎いお前が、適当な貴族と結婚しないのは重々承知している。ならば、記念日パーティを機会にいっそ自分より地位の高い女性を狙ってみてはどうだ?」
「ううん……まぁ、念頭には置いておく……」
「決して突拍子のない話ではないだろ? さぁて、伝えたい事は伝えたし、俺は帰るぞ」
「あっ! お前! 好き放題言って……はぁ……」
話を終えたダオンは早々に部屋から去って行く。
するとダオンの話で悩み、沈黙するゼイアの顔をアスタとラキヤタが覗き見た。
どうも仕事以外で考える彼の姿が珍しい様だ。
「で、結婚するのか? ゼイア」
「アスタ、お前っ! ま、まだ誰とも会ってもいないのに決められるか! 私はこう……もっと淑やかに話し合って、互いを知って、急がず結婚したいんだ! 文通の訓練から初めるのが丁度良い」
「んー……ゼイア様はダオン様と違い、かなり奥手ですからねぇ。実は私も、予々ゼイア様のご結婚を心配しておりました。まだ若いからいいですが……」
「ゼイアは見た目が幼いからなぁ。中々、恋愛対象にされにくいのではないか? ラキヤタ」
「いえいえ、アスタ。ゼイア様は意外にも人気があるのですよ? 脚の件があるとは言え、その見た目の幼さが逆に母性をくすぐるとかなんとか」
「ソレは一体、何処から出て来た話なのだ?」
「え? ほほほほほ……ま、使用人の世間話からですよ」
ラキヤタは目を泳がせる。
今の会話で屋敷の使用人が、主の噂を好き放題していた事がゼイアに伝わる。
当人のゼイアもプリプリと怒っていた。
「全く……自由にさせたら好き放題言ってからに……」
「ゼイアは仕事以外、基本寛容であるからな。使用人は素の状態になれるのだ」
「兎にも角にも、このラキヤタ。ゼイア様のご子息が見とう御座いますー」
「ええい、ここぞとばかり馬鹿にして! もういい、風呂に入る! 行くぞ、アスタ!」
ゼイアは車椅子に踏ん反り返る。
するとアスタは呆れた笑みを浮かべ、言われるがまま車椅子を押して部屋を出た。
こうしてラキヤタの言葉から逃げる様に二人が屋敷の大浴場に着くと、アスタは早速ゼイアの身の回りの世話を手伝い始めた。
一人では風呂に入ることすら困難なゼイアには仕方が無く、これも立派な付き人の仕事である。
「ホレ。持ち上げるぞ、ゼイア」
「助かるアスタ。入浴も随分手慣れて来たな」
「お主は風呂に浸かるも大変であるな。背中を流すぞ」
服を脱いだ二人は屋敷に作られた荘厳な浴場へと入って行く。
アスタはゼイアを椅子に座らせ、背中から丁寧に洗い始めた。
主人の警護をするアスタにとって、危険が潜む入浴の手助けは重要な仕事。
屋敷へ来て早数ヶ月、初めはもたついていた彼女にも慣れが見えていた。
「ゼイアの肌はきめ細かいな。まるで幼子の様だ……うむ。お主、男らしさが足りんのかもな?」
「フン、私が豪快に飯を食い散らかし、髭を伸ばしても不恰好なだけだろう」
「うーむ。ならいっそ、あざとく生きれば良いのでは?」
「ええい! そんなことまでして、私は女性に気に入られなくとも構わん!」
アスタの感想にも皮肉めいて答えるゼイア。するとアスタの脳裏にとある考えが浮かんだ。
「……そう言えばお主、我輩の裸に思うところはないのか? ほら男として」
「んー? 衣食住を共にし、命の危機には救って貰うアスタに、今からどう感じろと?」
「ラキヤタが言っていたが、人によっては奴隷を愛人として買う者もいるらしい。ダオンは容姿の優れた、高級女奴隷を買ったそうだ。権力者の間では割と普通な話だろ?」
「舐めるな、私は節度を弁えている。お前は私の手足であり部下だぞ? 女性的魅力を求めて買ったつもりは毛頭無い。そもそも私は、性欲になんか負けたりしない」
(何だ、この男。ウブなクセに気に食わんなぁ。こういうヤツほど内面にドデカい性欲を隠しているのだ……よーし、ムカツクから少し遊んでやるか)
ゼイアの発言がカンに触ったアスタは、彼の耳元に口を近づけて囁く様に告げた。
「嫁がどうしても見つからぬのなら、我輩がゼイアの子を産んでやろうか?」
ゼイアは彼女の発言に露骨な反応を見せ、風呂桶に入った湯を頭から被った。
「頼もしい限りだ。碌に話したことのない女性より、アスタの方がよっぽど魅力的だ」
ゼイアの返しにアスタの顔も赤くなる。
悔しさと恥ずかしさが入り混じる中、ゼイアの耳が真っ赤になっているのを見て、彼女は一旦息を落ち着かせる。
「言ったな? お主がモテないのは、焦りが足りないからだ。故に制限時間を設けてやろう。お主が十八になるまでに恋人の一人でも出来なければ、我輩が夜這いする」
「ああ、構わんぞ? その時は貞操でも何でもくれてやるさ。まぁ私が本気を出せば? 色恋など取るに足らんし? その制限は無意味だな。あぁ、残念。残念だぁー」
「よーし、覚悟しておけ。間に合わなかったら腹上死一歩手前まで追い込んでやる」
お互いに顔を真っ赤にしながら声色と表情は一切変えず、入浴を終えて服を着替え、そのまま自室への帰路につく二人。
するとそんな無言が続くゼイア達は、屋敷の道中でたまたま歩いていたラキヤタと出くわした。
「お二人共、長湯ですか? お顔が真っ赤です。心臓に悪いですから、無理はなさらないで下さいね?」
「問題無い、ラキヤタ。アスタとまっっっっったく意味の無い話をしていただけだ!」
「はぁー、ゼイアの今後が楽しみであるなぁ!」
(……また何かやらかしたな、この人達……)
ラキヤタは怪訝な顔で二人を見つめるが、ゼイア達はすぐにその場を去ってしまう。
ラキヤタはそんな二人の後ろ姿を見て、呆れた様に笑うのであった。