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〜暗闇で見つけた出会い〜

「台風の影響で、修学旅行が予定から二週間後の9月中旬に先延ばしになりました。保護者の方へのプリントを回すので、きちんと親に回してください」

緑川先生の知らせを皮切りに、教室中に大ブーイングが巻き起こる。

「えー!?なんかショック‥」

「夏休み終わってすぐに行けると思ってたのに‥」

「まあ台風で天気悪い中行くのもアレだしね‥」

美琴と仲直りした翌日。いつも通りお昼ご飯を一緒に食べる私たちを見て、クラスの人たちは拍子抜けしていた。

横畠くんたちがいる隣のクラスが今どんな雰囲気なのか、彼らは学校に来ているのか、私は知らない。

あとは、先生たちに任せることしかできない。

「もう今週には夏休みだね、花鈴ちゃん。海とか行く?」

後ろの席の美琴が、ついっと背中を押してきた。

「海‥‥」

凪を引き留めたあの夜のことを思い出して、思わずブルッと体が震える。

当分は、海はいいかな。

「来週夏祭りがあるよね。それはどう?」

「わ、いいね!楽しみー」

凪と同じ班になれないって悲しんでた二ヶ月前の自分が、羨ましい。

だって同じ班どころか、一緒にすら行けないんだもん。

凪、今日はご飯食べてくれるかな‥‥。

どこにいたって、どんな時だって、考えるのはあなたのことばかりだ。


「美琴、なにそれ?」

「ん、これ?」

昼休み、美琴が飲んでいる紙パックを指差す。

「飲むヨーグルトってやつだよ。昨日花鈴ちゃんと別れた後に買ったの。いちごとかブルーベリーとかアロエとか、いろんな味あって美味しいよ!勉強集中できなくて、なんか軽く食べたいなーって時によく飲んでるんだ」

「へえー‥それってどこで買ったの?」

「海岸線の前のコンビニだよ」

そこなら、帰り道の途中のところだ。海岸線は、前に凪を引き留めたあの海のところなんだ。

これなら、食欲ない人でも飲めるかもしれない。


「おかえり、花鈴ちゃん」

「ただいまですおばさん。あの、これ‥」

不思議そうな顔をするおばさんに、コンビニ袋を手渡す。

「友達が飲んでるやつらしくて、飲むヨーグルトってやつなんですけど、これくらいなら栄養補給できるんじゃないかなと思って‥」

「そう‥わざわざありがとうね。今日も凪なにも食べてなくて‥‥」

とりあえず全種類買ってきたから、それを丸テーブルの上に並べて、あとは凪が起きるのを待つ。

おばさんが作った晩御飯を並べる頃にはおじさんも帰ってきて、私までお邪魔して3人で夕ご飯を食べさせてもらっていた。

「‥‥‥」

突如むくりと起き上がった凪の姿を、3人して凝視する。

凪は目の前のヨーグルトや料理を見つめーー

ヨーグルトにてを伸ばした。

「「「っ!」」」

思わず笑顔で顔を見合わせる私たちだけど、凪がストローを外せずモタモタしているのを見て、慌てて代わりにやってあげる。

「はい、凪」

触れた手が熱くて、ちゃんと生きているのだと、嬉しくなる。

喉が渇いていたのか、すごい勢いで飲んでいる。

そして喉が潤ったらお腹が空いたのか、今度はおばさんが作った夕飯に手を伸ばした。

誰も喋らないけど、みんな泣きそうな顔だ。

ご飯を食べるのって、今まで当たり前にしてきたことだけど、本来はすごく、力を使うことなんだ。

心に余裕がないだけで、ご飯もお風呂も、トイレもしようとしなくなるんだ。

「食べれたね、凪。お疲れ様」

そういって笑うと、凪は不思議そうな顔で私を見つめた後に、また横になってしまった。

だけど今度は、顔色もいい。

涙をこぼすおばさんの肩を、おじさんが抱き寄せる。

「凪、せっかく起きたんだから風呂に入ろう。着替え用意してるから」

そういっておじさんが、凪の体を起こす。

ゆっくりとだけど、凪が脱衣所へと入っていった。

食べかけの夕飯を食べ終わって、お皿洗いをする頃にはすっかり夜になっていた。

そろそろ帰らなきゃな。

「じゃあ、おばさん、そろそろ帰ります。明日も、凪が食べたプレーン味のヨーグルト、買ってきます」

「まあ、いいのに‥‥ありがとうね。気をつけてね」

リビングの扉をあけると、すぐそこにお風呂上がりの凪が立っていた。

「あ、凪‥‥!お風呂入れたんだね!」

「‥‥もう帰るの」

すっごく久しぶりな、凪の低い声が響く。

「うん、明日も来るよ」

ぽたりと、凪の髪から雫が滴る。

下から見上げる凪の顔は、生気がない。

「‥‥髪、伸びたね」

そういって髪に触れると、またしても、凪は不思議そうな顔をする。

「また明日」

そう微笑んでから、凪の横をすり抜け帰路へとついたのだった。


そんなこんなで、一ヶ月間ある夏休みに突入した。

凪が、ほんの少しずつ、食欲を取り戻しつつある中、美琴と約束していた夏祭りへときていた。

「わあ、美琴浴衣かわいい!」

「花鈴ちゃんこそ!」

長い黒髪を横にお団子にしていて、とても大人っぽい。

私はといえば、いつもはハーフツインの髪型を一つの三つ編みにしている。

いつもお世話になっているからと、おばさんが着付けをしてくれたんだ。

「ポテトに唐揚げにフルーツ飴!どれから食べよう〜」

「美琴って案外食いしん坊だよね」

わかりやすくすねる美琴の反応に、思わず声を出して笑う。

ああ、今日はちょっと気が楽だなあ。

望んで一緒にいるとはいえ、ずっと学校と凪の家と実家の行き来だけしていると、少し息が詰まる。

こういう、明るい雰囲気のところには、定期的にきた方が精神的にも休息になるかもしれない。

だけど‥‥

すれ違う人みんな、笑ってる。提灯や店の明かりに照らされて本当に、楽しそうに。

何でだろ。なんか、モヤモヤする。

今まで感じたことのない、言いようのない感じが、気持ち悪い。

思わぎゅっと浴衣を掴む。

「やっばいひと多いな〜‥‥花鈴ちゃん、あそこの木の下集合ね!私はかき氷買うから、花鈴ちゃんはフルーツ飴買ってきて!」

「りょーかい」

バビュンッと駆け抜けていく美琴の後ろ姿を微笑ましく見つめる。

さて自分も買いに行くかと振り返った時、誰かとドンッとぶつかった。

「あ、すみませ‥‥!」

「あ、すみません。ごめんなさいね」

私より少し目線の高い、綺麗なお姉さん。

ふわっと包み込むように微笑まれ、思わず見惚れてしまう。

彼女の帯についた星の形のキーチャームが、キラリと光った。

「あ、いえ‥‥」

「姉さん!」

遠くから、大学生くらいの若い男性がこちらへと走ってきた。

ピアスがどれだけ空いてるんだってくらいバチバチに空いてる。背もすごく高いし、ちょっと怖い。

「俺が焼きそば買ってる間すぐそばにいてっていったのに‥!なんも言わないでいかないでよ‥!」

「ごめんね翼。気をつける」

お礼を言いながら焼きそばを受け取る女の人を見つめる私の視線に、翼と言われた人がこちらを一瞥する。

「何」

「あ、いえ、すみません‥‥お二人が、羨ましくて‥」

「は?」

少しきつく聞こえる会話の中にも、お互いを大切に思っているのが、言葉や顔の節々から伝わってくる。

カップルなのかな。私と同じ、幼馴染同士なのかも。

今も家で死んだように眠っている凪の姿が、いつまで経っても、離れない。

ああそっか。さっき感じたのって、もしかしてーー嫉妬?

「悩みなさそうで、いいなってーー」

その言葉を口にした瞬間、死ぬほど後悔した。

なぜなら目の前の二人が、鈍器で頭を殴られたかのような、衝撃を受けた顔をしていたから。

「‥‥あ‥ご、めなさ」

「お前に何がわかんの?」

今まで聞いたことないような重低音に、思わず肩が震える。

周りの人たちは、不思議そうな顔をしては見ないふりをして去っていく。

まるで、私たち3人をのぞいて渦が発生しているみたい。

「なんも知らないガキのくせによくそんなこと言えたなあ?お前名前はーー」

「翼」

女の人の声が、凛と響いた。

「もういい。もういいよ。いちいちつっかかることない。慣れてるでしょ」

それを聞いたお兄さんは悲しそうな顔をした後で、ギンッと私を睨んだ。

そして二人は、気づいたらいなくなっていた。

後に残された私は、人ごみの中、たった一人、立ち尽くしていたーー。


姉さんの手を引っ張って、人通りの少ないところまできた。

「ねえ翼、焼きそば食べたら他にもなんか買うよね?あんまり屋台から離れない方がいいんじゃない?」

「姉さん‥‥さっきの何とも思わなかったの?」

ようやく手を離して、姉さんに向き直る。

「他人の意見なんてとっくに気にしなくなったよ。考えるだけ無駄。せっかく今日はお父さんとお母さんからお駄賃もらったんだから、食べまくらないと損じゃん」

姉さんは気づいていない。

気にしないようにしたって、傷ついていないわけではないということを。

「?」

ほぼ同じ目線の瞳と目があう。

こうやって微笑んでくれるようになるまで、一体どれだけの年月を費やしたか、わからない。

「‥‥そうだね、食べよっか、春陽姉さん」

昔の自分と似た瞳をした先ほどの少女のことが気になったけれど、そんなことはもう頭になかった。


「ただいまです‥‥」

「おかえり花鈴ちゃん。夏祭り楽しかった?」

リビングの光が眩しく感じる。凪はまた、リビングに寝ていた。

「あ、はい。‥‥‥」

不思議そうな顔をするおばさんの横をすり抜け、脱衣所を借りて浴衣を脱ぐ。

「‥‥あんなこと、いうんじゃなかったっ‥‥」

脱いだ浴衣に顔を埋めて吐き出した言葉は、苦しげにひしゃげていた。


夏祭りから一週間後。夏休みが終わるまであと二週間、8月の中旬。

いつも通り凪の家から帰ろうとすると。

ふと海岸線に目を走らせた時、気になるものが見えたから、堤防のところまで近寄って目を凝らしてみる。

なんと黒い人影が二つ、波打ち際に浮かんでいたのだ。

「えっ!?」

こんな時間に?あれってほんとに人だよね?

少し前のトラウマが蘇ってきて、悪寒が身体中を駆け巡る。

気づいたら、人影に向かって走っていた。

「あのー!こんな時間に危ないですよー!って、わあっ!?」

靴も服もお構いないしで走ったから、足が砂にのめり込んで、盛大に転んでしまった。

「いたた‥」

「あらあら‥‥大丈夫?」

聞き覚えのある声に、顔を上げる。

ポシェットについた、銀色の星形キーチェーンが、月光に照らされる。

後を追ってきた男の人の方を見ると、やっぱり、あの時の。

「!お前」

「夏祭りの時はごめんなさい!!」

急いで立ち上がって、がばっと腰を曲げる。

その勢いに、二人はびくっと体を固めた。

「ほんとに、言われた通りでした。あなたたちのこと、何も知らないのに、勝手なこと言ってすみませんでした。言い訳になるけど、ここのところ自分のことで手一杯で、余裕がなくて。周りの人が羨ましいなんて、思うようになって‥‥」

「‥‥なんでここにきた?」

「な‥‥私の幼馴染と、同じことをしようとしたのかと思って‥」

「同じこと‥‥?」

それ以上は言えなかったけど、私の様子を見て、何となく察したらしい。

「‥‥ふふ。こんなふうに謝られたのなんて、初めて。びっくりしちゃった。その幼馴染さんも、あなたにとって、大切な人なんでしょ?だからあんなにも必死で、走ってきた」

靴も服もびしょ濡れで砂がついている自分の体を見ると、改めて羞恥心が襲う。

「す、すみませ、こんな格好で‥‥」

「ううん。誰かのために一生懸命になるのって、すごいことだよ」

今日の夜は特段月が明るくて。

波の音は一際静かで。

そんな夜に出会った二人ぐみが、春陽さんと翼さんだった。




こんにちは!

今回から出てきた春陽ハルヒと翼なんですが、花鈴と凪を合わせた四人ぐみの名前には意味というか一応イメージがありまして。

凪→海       春陽→太陽

花鈴→花      翼→空

と言ったように、左側は地上、右側は空から上をイメージしています。

花鈴が春陽たちと出会った当初の心の距離だったり見てきた世界がそれぞれ違うというのを、隔離した空間で表現しました。

けれど結局は地球という丸い惑星の一つの中に収まるものであり、これが最終的には人間関係の円満さを表してもほしいなと思ったんです。

キャラの名前というのはやっぱり一人の人生と同じくらい重要なものだと思っているので、そこに何か祈りや願い的な何かを込めるというのが、とても楽しいなと思います。

それでは余談でしたが、引き続き次話も読んでくださると嬉しいです!ではまた!

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