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~あなたが"あなた"じゃなくなっても~

『花鈴ちゃん!早く早く!』

『花鈴!ほら早く学校行くぞ!』

『ったくお前は泣き虫だなー‥‥ほら、俺も謝りに行ってやるから』

幼稚園の頃から腐れ縁で幼馴染の男の子、朝田凪。

仕方ないなって腕を掴んで笑ってくれる。

私、そんな君のことがずっとーー。


「花鈴ちゃん!次美術だから移動しなきゃ」

「あ、うんそうだね、すぐ行く」

私は川岸花鈴。高校2年生。

部活は万年帰宅部で、家のすぐ近くにある、都立蘭華高等学校に通っている。

チャームポイントといえば、みつあみにしているハーフアップかな。

「あ、凪!」

廊下の前方から歩いてきた彼は、私と目があうと歯を見せて笑った。

「よ、花鈴。次美術か」

「そ。林先生の授業だから眠いんだよね」

「けど席が後ろの方なんだろ?ならバレないって」

「お、私が寝て怒られても責任とってくれるのかな?」

「あ、ごめんやっぱ自己責任で怒られろ」

「裏切りが早いなあもう!」

笑いながらバシッと腕を叩くと、凪もいつもの様子で笑った。

「じゃあな」

「うん、バイバイ」

しばらく廊下を歩いていると、一緒に歩いていた美琴が、興奮気味に尋ねてきた。

「本当に花鈴ちゃんと朝田くんって仲良いよね。幼馴染なんだっけ?」

「うんそう。二人とも家が近いからっていう理由でここにしたんだよね。だから幼稚園から高校まで一緒だよ」

「わ〜、そんなに仲良い幼馴染初めてみた。ぶっちゃけ付き合ってないの?」

うりうりとこづいてくる美琴の腕を軽く交わしつつ、軽く笑う。

「んなわけないじゃん!付き合い長すぎてもはや意識しないって!兄弟みたいなもん!」

「そういうもんかな〜‥‥?」

‥‥まあ、ぜんっぜん好きなんですけどね!!

毎日廊下で話しかけてくれる凪の笑顔を思い出すと、胸がきゅうっとうずく。

高校一年生まではずうっと一緒のクラスだったのに、今年になって初めてクラスが分かれてしまったのだ。

まあ、家が隣同士だからあんまり寂しいとかはないんだけど、今年の夏にある修学旅行の班が一緒になれないのは、ちょっと嫌だな。


「凪!学校いこ!」

いつも通り玄関を開けて、おばさんに一言言ってから凪の部屋へと向かう。

がチャッと扉を開けると、ベッドの上に大きな塊が。

「‥‥凪?もしかしてまだ寝てるの?」

昨日夜更かししたのかな?

そーっと毛布に手を伸ばそうとすると、中から低くうめくような凪の声が聞こえた。

「‥‥今日は学校行かない。一人で行って」

「えっ。‥‥わ、かった」

珍しく体調悪いのかな。昨日は元気そうだったけど‥‥。

学校について授業を受けている間も、凪の顔が見れなかったことにモヤモヤとしていた。


「凪!体調大丈夫?」

学校が終わってすぐに凪の家へ向かうと、リビングに寝巻き姿の凪がいた。

「ああ、もう学校終わったのか。朝は頭痛かっただけ。明日は大丈夫だと思う」

「そっか‥‥なーんだ、心配して損した。もうちょっとでテストなんだから、そろそろ休み出したら課題とかめんどくさいよー?」

「ん?俺の方が成績いいの忘れたのかな?」

「くっ…悔しい…!」

おかしそうに笑う凪の笑顔にホッとする。

よかった、いつもの凪だ。ちょっと心配しすぎたかな。

だけど私の安堵とは裏腹に、その日を境にして凪は学校に行かなくなった。

朝は具合が悪そうで寝ている日もあったのに、夕方になるとピンピンしている。

今までこんなことはなかったから、私とおばさん(凪のお母さん)は首を傾げていた。

ーーそしてある日。

「花鈴ちゃん、いらっしゃい」

私が扉をあけるより先に、おばさんが私を待っていた。

「あっ、おばさんこんにちは。今日も凪元気ですかね?明日からテストだって伝えてもらえたら…」

「……中に入ってくれる?」

今まで聞いた声の中で、1番トーンが低い。

さっきからの違和感もあって、嫌な予感が頭をよぎる。

今日は凪の姿が見当たらない。部屋にいるのかも。

リビングに通されて、お茶をいただく。

「あの……」

遠慮がちに尋ねると、おばさんはきゅっと口を引き結んだ後、苦しそうに言葉をもらした。

「今日ね、凪と一緒に病院に行ってきたの。何かの病気なんじゃないかと思って」

病気?

不穏な単語に、思わず眉間にシワがよる。

「統合失調症だって……診断されたの」

統合、失調症…?

テレビかなにかで聞いたことはある。

だけどピンと来ない。頭がはたらかないーー。

「統合失調症って、脳の病気なんですって。過度なストレスを受けるとなるらしいの」

ストレス……?ストレスって、何に……。

「凪、学校でいじめを受けてたんですって。今日話してくれたの」

ドクンッと心臓が震えた。なにそれ……"知らない"……。

「花鈴ちゃんは、知ってた?誰がしたのかとか」

食い気味に聞いてくるおばさんと、至近距離で目があう。

「私……そんな……」

いつから?いつから、そんなことに…?

去年までは同じクラスで、凪がそんなことされてるのなんて見たこと無かった。

今年に入って、クラスが別になってから…?

言われてみれば、心当たりがあるかもしれない。

クラスをのぞいても見当たらない凪の姿。

最近廊下でしかしない会話。

みんなが第二ボタンまで開ける中、珍しく第1まで閉めてた制服ーー。

目を見開いたまま、おばさんとみつめあうことしかできない。

「ごめんなさい……クラスが離れてからは、あまりわからなくて……」

やっと声がでたと思ったら、そんなことしか言えなかった。

「そう……まあ、花鈴ちゃんが凪にそんなことをするような子じゃないっていうのはわかってるの。ただこのまま学校には行けないから、凪には学校をやめて、通信制の高校に行ってもらおうと思ってる」

え……

「今までありがとう、花鈴ちゃん。こんな状態の凪を会わせることはできないから、今日はもう帰って」

1番つらいはずのおばさんが、少し笑った。

私今、どういう顔してるんだろう。

おばさんの目には、どう映ってるんだろう。

なんで気づかなかったのって。なんで知らなかったのって、思われてるのかな。

ほとんど聞こえない声でお邪魔しましたを言って、自分の家へと戻る。

「あっ、花鈴おかえり。ごはんできたよーって、手洗いうがいしなさいよー?また凪くんのとこに行ってきたんでしょ?」

お母さんが1階から話しかけてくるけど、答える気力も、振り向く気力もない。

そのままボスッとベッドに倒れ込む。

制服脱がなきゃしわになっちゃう。

シュルッと外したリボンを見つめる。

『ふーん、馬子にも衣装だな』

『なんですって!?』

高校入学初日、一緒に登校したときの最初の一言。

そのあとにすぐ、うそうそって笑ってごまかす凪の笑顔と背景の桜を、今でも鮮明に覚えてる。

これを言ったら凪は、なんでそんなことまで覚えてんだよって笑うんだろうな。

「ごめん……ごめん、なぎっ……」

私がきづけなかった。大好きな貴方に会えたって、それだけでもう、うれしくって。

凪の笑顔は、もうすっかり本物じゃなくなっていたのに。

もしかして凪は、いじめられていたことを私に隠そうとしていた…?

だって毎日廊下で話していたから、相談しようと思えばできたはずーー。

何か、理由があったのかもしれない。

でも相談されなかった。頼られなかった。

私のことが、好きじゃないからーー?

ボロボロボロボロ、拭っても拭ってもあふれてきてとまらない。

制服もベッドのシーツもグチャグチャになるのなんて、気にしてられなかった。

その日の夜、結局私が晩御飯をたべることはなかった。


次の日。本当なら学校にとても行く気ではなかったけれど、テストとは別の目的で私は学校へと向かった。

テストが終わった、放課後の図書室。

私は司書さんに頼んで、ある本棚のコーナーに連れてきてもらった。

そこには、統合失調症を含む精神障害に関する本がずらり。

まずは凪の今の状態がどういうものなのか、詳しく知らないといけない。

本当は今すぐにでも会いたいけど、なんの知識もなく会いに行ったところで、無意識に傷つけてしまうことだってある。

私は今まで、本当の意味で凪に向き合ってこなかったのかもしれない。

そんな自分を今、変えるんだ。

意気込んで、ページをペラリとめくった。


「ありがとうございました。この本借ります」

「はい、貸出期限は2週間後までね。テスト終わりに図書室に来るなんて、勉強熱心ね~」

「いえ、そんな…」

扉に手をかけて図書室を後にしようとした時、ちょうど入ってきた人とぶつかってしまった。

「あ、すみません!」

「いや、こっちこそごめん、川岸さん」

落ちた本を拾ってくれたのは、担任の緑川先生だった。

20代後半くらいの、儚げな雰囲気の男性。

去年からこの高校に来た人だけど今年から関わりを持ったから、あまりこの人のことは知らない。

「ありがとうございます」

できるだけはやく帰りたくて、逃げるように図書室をでた。

そんな私の後ろ姿を、先生がじっと見ていた気がしたーー。


「あら花鈴ちゃん‥‥今日も来たの?」

少し困惑気味のおばさんに招き入れられて、リビングへと向かう。

こんな役立たずの私が、また凪の家に行っていいのかなって迷った。

だけど、今の私に何ができるのか考えて考えて。

このまま何もしないで、凪から離れていくなんて、できない。

「これ、学校の図書室から借りてきた本です」

今日も凪の姿は見当たらない。

いつもより少し時間が遅いから、部屋が窓から差し込む夕日で真っ赤に染まっている。

おばさんは目を見開いた後に、悲しく微笑んだ。

「一通り読んで、一応ですが、頭の中に入れました。統合失調症には主に四つ症状があることや、四種類の期間があること、薬を使ったら改善できるかもしれないこと。借りてきたのはこれだけですけど、他にもあと何冊か読み込んできました」

「花鈴ちゃん‥‥」

「私、後悔してるんです。なんでもっと早く気づけなかったんだろうって。凪に信頼されてなかったからなんだって。こんなやつがそばにいるべきじゃないって思いもしました。だけど、本当にそうしたら、今度こそダメなやつになる」

鼓動が、耳の奥から聞こえるのかって程、大きく鳴り響いてる。

「‥‥花鈴ちゃんは、凪のこと‥‥」

「好きです」

言ってしまった。友達にも家族にも秘密にしてきた、でも確かに、何年間も心の中で燻っていた気持ち。

「もう一度、凪と向き合いたいです」

おばさんは顔をしかめた後、くしゃっと笑った。

目尻にたまっている液体が、夕日に照らされてキラリと光る。

「花鈴ちゃんが、凪の幼馴染でよかったわ」

そういうと、おばさんが席を立った。

向かっているのは、凪の部屋の方向。

私も後をついていきながら、内心心臓が暴れていた。

待って、よく考えたら、私凪のお母さんに息子さん好きですって言ってしまった‥‥!

本人すらにも言ってないのに‥‥!

「凪。入るわよ」

数日ぶりの凪に会える。

いつもとは違う緊張感に、なんだか吐き気まで感じてきた。

「‥‥‥花鈴」

思わずひゅっと息を呑む。

普段よりもずっと低い、抑揚のない声。

私を見るといつも笑ってくれる顔にはーー感情がなかった。

片付けていないのとはまた違ったレベルで荒らされた部屋。

落ち着く、大好きな凪の匂いが充満している部屋のはずなのに、部屋も、そこにいる凪も、怖いと思ってしまった。

窓から見える空は、真っ赤だ。

それが真っ暗な部屋に差し込んできて、なんだか雰囲気がおどろおどろしい。

「‥‥凪、久しぶり。元気‥」

な訳、ないんだ。

明らかに別人。私に会ったら拒絶するかなとか懐かしがってくれるかなとか思ってたけど、そんなこと一切なかった。

記憶はあるけど、なんとも思ってない。ただぼんやりと、私を見つめている。

「‥‥花鈴ちゃん、そろそろ時間が遅いわ。家に帰ったほうがいい」

呆然としたままの私に、おばさんがそっと声をかける。

「は、い‥‥。凪、また明日、くるね」

精一杯、普段通りの笑顔で、部屋の扉を閉める。

「‥‥おばさん、凪に会わせてくれてありがとうございました。また明日、お邪魔します」

そう言って笑うと、おばさんも同じ笑顔で、待ってるねと言ってくれた。


「やっほー凪!今日はちゃんとご飯食べた?お部屋お邪魔するね」

「‥‥昼ごはん食べてない」

「えっダメだよ!ちゃんと食べないと栄養取れないよ」

こんなやりとりを放課後に凪の家で続ける日々が始まった。

私が凪の部屋にいる間は、おばさんは一階にいる。

私は凪を傷つけないと、信じてくれているのかもしれない。

そんな日が二週間続いていく中で気づいたこと。

時折、私の話は耳に入っていなくて、誰もいない方向を向いてじっと、何かを聞いているような仕草をする。

そしていうんだ。

呼んでるから行かなきゃって。

誰が?って毎回尋ねるんだけど、絶対に教えてくれない。

本に書いてあった。

統合失調症の四つの症状のうちの一つ、陽性症状と呼ばれるものには、幻聴や幻覚、妄想が含まれる。

幻聴に関しては、テレビやラジオとかからの音声が脳内に響くというのが一つの事例なんだそう。

もちろん脳に電波塔があるからという訳ではない。

それは完全に、その人の脳が勝手に妄想しているのだ。

その音声は、過去に言われた悪口やその人自身を操ろうとする言葉が多いらしい。

多分だけど、今まで散々言われた、脳に刻みつけられた言葉を、脳が壊れたラジオみたいに、何回も反芻してしまうみたいなものなんだろう。

「……凪にそんなことしたの、誰だよ」

思わず荒い口調になってしまって、ブルブルと頭を振る。

考えれば考えるほど、イライラする。

いじめの主犯は、凪と同じクラスの人の可能性が高い。

そういえば、凪のクラスに、折野くんと横畠くんいたな。

彼らは、中学から凪と仲がいい男の子だ。

折野くんたちは、凪のこと知ってたのかな。それとも、一緒にいじめを受けてたーー?

「行かなきゃ…」

ある日、いつも通り凪の部屋にいると、突然凪がフラリと立ち上がった。

「え?凪…?」

かと思うと、そのまま小走りで階段を駆け下りていく。

「えっ!?ちょっ、おばさん!凪がっ!」

慌てて追いかけるけど、間に合わない!

おばさんも予想していなかったのか、突然のことで体が追いつけていない。

「凪っ!!」

凪はそのまま、玄関の扉を開けて外へと飛び出していった。










こんにちは!

お久しぶりです!お元気でしたか?

「教室の幽霊」と並行して、新作が始まります!

この物語は、統合失調症になった、私の弟との体験談をもとにしています。

私のエッセイ「本音」を読んでくださった方々になら伝わると思いますが、本作はその続きの体験がもとです。

もちろん全てが実体験というわけではなく、創作も含まれています。

統合失調症患者本人視点ではなく、それを一緒に受け止める側の視点でかいていけたらと思います。

これからも奮闘していく花鈴の姿を応援してくれたら嬉しいです。

これからの話では、凪の現状を受け止めているのはおばさんおじさん花鈴くらいなのですが、少しずつ同じような思いをもった人達との関わりも描いていけたらなと思います。

人を傷つけるのは人だし、人を救うのも人。

そんな複雑ででもかけがえのない世界観を表現していきたいです。

次話てもお会いできたら嬉しいです。

みなさまもお元気で!


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