第9話 友達
先輩と勉強を始めて数日が経った昼休み。
お弁当を食べ終えすることも特にないので、英語の単語帳を眺めていた。
すると、急に廊下が騒がしくなる。
なんだろうと視線を廊下に向けると、女子生徒に囲まれた先輩がいた。
「東堂先輩どうされたんですかぁ」
「なにかご用なら私が聞きますよ!」
「よかったら今日遊びに行きませんか?」
クラスの女の子たちが口々に声をかけている。
他のクラスの子たちも廊下に出てきては、先輩を見てざわついている。
本当にどうしたんだろう。二年の教室にくるなんて珍しい。
まさか私に会いにきたわけじゃないよね? なにかあったらいつもメッセージくれるし。
そう思い、単語帳に視線を戻した。
「茜」
どきりとした。名前を呼ばれ、顔を向けると私に手を振る先輩がいた。
私に、会いにきたのか……。
今まで教室まで来たことはなかったから油断していた。
こうなる前に教室には来ないでくださいって言っておくべきだったな。
クラスメイトたちは驚いたように私を見ている。
それもそうだ。クラスでもほとんど話さず、地味でひっそり過ごしている私が、学校の中でも一番有名で人気があると言っても過言ではない先輩と知り合いだなんて、誰も思っていなかっただろう。
あまり目立つようなことはしたくなかったのに。でも、先輩を無視することなんてできない。
手招きされ、俯きながら先輩のところに行った。
「メッセージ送ろうと思ったんだけどさ、スマホ家に忘れたんだよね」
「そうだったんですね……」
「放課後、今日は図書館に行って勉強しない? 下駄箱のところで待ってるから」
「わかりました」
あれから、平日も毎日のように一緒に勉強をしている。
図書館だったりファミレスだったり先輩の家だったり。
今日はここで勉強しようと約束して、毎回下駄箱で落ち合うので連絡がとれなくてもいつも通り待っていたのに。
そんなことを思いながらも、きっと放課後まで連絡がとれなければ、どうしたんだろうと不安になっていただろう。
「わざわざありがとうございます」
先輩は少し驚いた表情をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「教室までくるのは迷惑かなって思ったんだけど、よかった」
「まあ、今後はちょっと……控えてもらえるとありがたいです」
「善処するよ」
じゃあ放課後に、と先輩が戻ろうとするが、待ってましたと言わんばかりにまた女子生徒たちに囲まれてしまった。
「東堂先輩、緒方さんとどういう関係なんですか?」
クラスでも一番の中心人物である女子生徒が先輩に声をかけた。
私もまだ隣にいるのに、クラスメイトの私に聞かずに先輩に聞くところがあざといな、なんて思ってしまう。
「茜の友達?」
彼女に答えず、私に聞いてくる先輩。でもなんと答えればいいかわからなかった
ほとんど話したこともないクラスメイトは、友達と言えるのだろうか。
でも、ここで友達ではないなんて言えない。そんなの空気を悪くするだけだ。
私が黙っていると、隣にいる彼女がすかさず答える。なぜか私と異様に距離が近い。
「そうです。緒方さんとは友達なんですっ」
「そうなんだ。いつも茜と仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてね」
「はいっ」
よろしくね、と満面の笑みを向ける先輩にうっとりしている。周りにいる女子たちも先輩を見てキャーキャー言っていた。
そんな周りを気にすることもなく、私に小さく手を振ると先輩は戻っていった。
先輩の背中を見つめる女子たちを横目に、私は自分の席に戻った。
入学してから一番騒々しかったなと思いながら、私はまた単語帳を開く。
「ねえ、緒方さんて東堂先輩と付き合ってるの?」
「へっ……?」
前の席の水沢香耶さんが、突然声をかけてきた。横向きに座り、私の机に腕を置く。
背が高く、ショートカットが良く似合う彼女は、明るくてしっかり者だ。
たしか陸上部だったはず。よく話すわけではないけれど、席が前後ということもあり、授業でペアになったときなどに会話をすることはある。
「仲良さそうだったし、付き合ってるのかなって」
仮の彼女って、付き合ってるというのだろうか。先輩も、さっきどういう関係か聞かれたときに誤魔化していたし、肯定するのも違うよね。
「付き合っては……ないかもしれない」
「なにそれ面白いな。どっちよ」
「どっちなんだろう?」
水沢さんは、ははっと大きく笑い私の顔を覗き込む。
「でも、東堂先輩は緒方さんのことが好きなんだろうな」
「なんで、そう思うの?」
「東堂先輩と中学が同じだったんだけどさ、今みたいに女子から人気だったし、告白もすごいされてたけど、一回も受けたことないんじゃないかな? いつもニコニコしてるけど、それが逆に誰も近寄らせない感じ。でもさっきの緒方さんに対する表情はすごく大切にしてるんだなって感じだった」
「そう、なのかな?」
出会う前の先輩のことは全然知らないし、出会ったときからずっと先輩は優しい笑顔を向けてくれていたからわからなかった。
「でも付き合ってはないのかー。緒方さんを彼女にするなんて東堂先輩見る目あるなって思ったんだけどな」
「えっ? なんで……?」
東堂先輩が? どちらかというと、先輩のような人を彼氏にできる私のほうがすごいってならないだろうか。
「緒方さんて大人しいけど、すごく真面目で頑張り屋さんだし、周りのことちゃんと見てるよね。気配りもできるし、私が男なら緒方さんを彼女にしたかったな」
「私って、水沢さんにそんなふうに見えてる?」
「私だけじゃなくて、他にもそう思ってる人いると思うよ。緒方さん可愛いし」
こんな無愛想で無口で地味な私が可愛い?
まさか。そんなわけないでしょ。
いやでも、先輩にも一目惚れしたって言われたし。
そういえば夏美にも可愛い可愛いって言われてた。
でもそれは親友という贔屓目があったからだろうし、他の人には言われたことなかったし。
うん、そうだ。なにかの間違いだ。
「緒方さんて面白いね」
「面白い?!」
可愛いの次は面白い? 私っていったいどんなふうに見られてるの?
「表情がころころ変わって見てて楽しい。思ってたより話しやすいし」
「えっと……ありがとう?」
そういう水沢さんも話しやすいと思う。なんで、とか、そうかな、とか相槌しかうてない私に嫌な顔せずニコニコと話をしてくれる。
私自身、クラスでこんなふうに会話をしたこともなかったし、しようとも思わなかった。
今こうして水沢さんと普通に話しているのは、先輩といる時間が増えて、たくさん話をするようになったからだろうか。
誰かと会話をすることが当たり前になってきている。
「ねえ、茜って呼んでいい?」
「いいけど……」
「私のことも香耶って呼んでね」
「じゃあ、香耶ちゃんで」
「おお! ちゃん付けなんて久しぶりだ。それはそれでいいかも」
香耶ちゃんはニカっと笑うとちょうどチャイムが鳴り、前を向いた。
気づけば先輩がきていた騒がしさが嘘のように、いつも通りの教室の雰囲気に戻っている。
でも、前に座る香耶ちゃんの背中を見て、いつもとは違う教室のように感じた。
これが、友達ってやつなのだろうか。久しぶりの感覚に、少しのむずがゆさがあった。