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嘘つきな君と空をなぞって  作者: 藤 ゆみ子


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エピローグ

 週末、先輩に一緒に行きたいところがあると言われ、駅で待ち合わせし、電車に乗った。

 一時間ほど揺られついたのは、県境の静かな街。

 

 ここの駅の名前には見覚えがある。

 おばさんから渡された住所のメモに書かれた地名。


 駅を出て、どこに行くかはもうわかった。少し緊張する。だから、先輩に気を遣わさないように、あえてどこに行くのかは聞かなかった。

 

 十分ほど歩いてついたのは、瓦屋根の小さな古民家。

 表札には原田とある。

 南側には縁側があり、庭にはコスモスが咲く花壇がちらりと見えた。


 先輩はインターホンを押すこともなく、ガラガラと扉を開ける。


「母さん」


 廊下をスリッパでパタパタと歩く音が聞こえ出てきたのは、夏美と、先輩のお母さん。


「柊也、いらっしゃ…………茜ちゃん」


 先輩の後ろにいる私を見つけ驚いた顔をするおばさん。けれどすぐにくしゃりと笑い、あがって、と中へ招かれた。


「おじゃまします」


 廊下を進み、和室に通される。部屋の隅には、仏壇があった。

 夏美と、おばあさんらしき人の写真が立てかけられている。


 おばさんはお茶を入れてくると言い、部屋を出る。

 私は仏壇の前に座り、手を合わせた。

 三年越しになってしまったけど、ちゃんと会いにくることができてよかった。


 目を瞑り、彼女を想う。


 夏美、あの日私に誕生日プレゼントを渡してくれようとしてたんだね。ありがとう。

 それなのに私は、夏美が自ら命を断ってしまったのだと思っていた。そんなに弱い人間じゃないこと、よく考えればわかることなのに。


 私は、自分の罪悪感にばかり目を向けて、夏美のことを見ていなかった。ごめんね。

 いじめのことも、本当に申し訳ないと思ってる。

 私がもっと強かったら、自分がやったんだって言えてたら、夏美に何もつらい思いさせずにすんだのに。


 この気持ちも全部、ちゃんと伝えていればよかった。後悔がたくさん浮かぶけど、これだけは言える。

 私は夏美のことが大好きで、夏美がいてくれたから、楽しいことがたくさんあったし、いっぱい笑うことができていた。

 あの頃を思い出すと今でも幸せな気持ちになる。そんな思い出をたくさんくれてありがとう。


 それと、夏美のおかげで先輩と出会うことができた。

 夏美が私の親友でいてくれたから、夏美が先輩の妹だったから、生まれた出会いだと思う。


 最近、二人はよく似ているなと思う。

 いつも前向きで笑顔を絶やさないところ、優しいところ、私に甘いところ。

 そんな二人が私は大好きです。


 本当はもっと夏美と一緒に過ごしたかった。

 三人で笑い合っているところを想像しては寂しくなるけれど、でも私はちゃんと前を向いていくと決めた。


 だから、安心して見守っていてね――。


 顔を上げる。横を見ると先輩も手を合わせていた。でも、先輩の視線は私に向いている。


「黙って、連れてきてごめんね」

「いえ、おばさんに住所を教えてもらってから来たいなと思っていたんです。でも、一人ではなかなか勇気がでなくて。連れてきていただいてありがとうございました」


 もし、先輩と出会わずにおばさんに会って本当のことを知っていたら、私はどうしていたんだろうと考える。


 ずっと抱えていた後ろめたい感情と、事実との狭間で戸惑い、しっかりと向き合うことができなかったのではないだろうか。


 きっと、こんなに穏やかな気持ちでここに来ることはできなかっただろう。


 すると先輩は立ち上がり、仏壇の隣にあるタンスの引き出しから一冊の手帳を取り出した。

 両手ではい、と渡され、なんだろうと思いながらも両手で受け取る。


「それ、夏美の日記なんだ」

「日記……」

「茜に、読んでほしくて」

「私が、読んでもいいのでしょうか」

「もちろん。夏美もそう思ってるはずだから」


 私はゆっくりとページを開く。

 その日記は、中学に入学した時から始まっていた。


 四月七日 

 今日は入学式だった。二年前にお母さんとこの街に引っ越してきて、小学校ではほとんど友達ができなかった。だから、中学では絶対に友達を作るんだと決めている。初日はやっぱりみんなよそよそしくてなんだか私も緊張したけど、帰り際、隣の席の子が『原田さん、またね』と声をかけてくれた。嬉しかったし、入学初日で名前を覚えてくれるなんて絶対にいい子だ。彼女となら、仲良くなれる気がする。


 初めて夏美と会った入学式の日、この、声をかけたというのは私だろう。

 なんだか隣の子が緊張してるなと思っていた。

 帰り際ふと目があったから挨拶して帰ったんだけど、そんなふうに思ってくれてたなんて。


 その後も学校でのことがたくさん書かれていた。

 私が体育の授業で足を怪我したときのことも。

 怪我を隠そうとする私のことをすごく心配してくれていたそう。申し訳なさそうにする私のことを、もっと頼ってもらえる関係になりたいと書かれていた。


 一緒にクレープを食べに行って、私がブルーベリーのクレープを頼んで少し驚いたこと、運動会で肉巻きおにぎりだけのお弁当を持っていって引かれるかなと思ったら、すごく褒めてくれて嬉しかったこと、たくさんの思い出が綴られていた。


 時々、先輩のことも書かれている。

 やたら私のことを聞いてくるとか、迎えにくるとか言って来たのに、声もかけずにずっと遠くからついてきててうっとうしい、なんてことも。


 思わずくすりと笑ってしまう。


 それに気づいたのか、先輩は恥ずかしそうに手を伸ばしページを捲った。


 そして、二年生になってすぐのころ、あの出来事のことが書かれてあった。翌日から天野さんたちによる嫌がらせが始まったことも。


 五月二十日

 朝学校に行ったら上履きがびしょびしょになってたから私も天野たち全員の上履きを濡らした。びしょびしょにするんじゃなくて中敷きのところだけに水をかけて後からじわじわと靴下が濡れるように。私って腹黒い! なんて話を茜にしたら困ったように笑った。

 茜はすごく責任を感じているみたい。私が自分でしたことだし、どんな嫌がらせを受けても全然平気だけど、優しい彼女は日に日に落ち込んでいっている。天野、早く嫌がらせやめてくれないかな。そしたらまた茜が笑ってくれるのに。


 六月三十日

 茜が学校を休むようになって数日が経った。やっぱり寂しい。嫌がらせより、茜がそばにいないほうがつらい。でも、余計に負担になるといけないから言わない。無理に学校に来て、心をすり減らすより、ちゃんと茜が心から笑える環境になって学校に来た方がいいと思う。だから私は早く天野が諦めるように今日も反撃した。お兄ちゃんからは逆効果じゃない、って言われたけど。てか、お兄ちゃんってば心配しすぎ。まあ、茜のことを心配する気持ちはよくわかる。私もお兄ちゃんも茜のことが大好きだからね。


 八月二日

 明日は茜の誕生日。茜には内緒でプレゼントを渡しにいく計画をしている。プレゼントとケーキを買って、そのまま家に突撃する予定だ。プレゼントはアクセサリーにすると決めている。可愛らしい顔立ちの茜にはアクセサリーがよく映えると思うんだよね。ネックレスにしようか。バレッタとかも可愛いかも。イヤリングも似合うだろうな。

 突然家に行ったら驚くだろうな。誕生日のお祝い喜んでくれるかな。笑ってくれるかな。

 早く、茜の笑った顔がみたい。明日が楽しみだ。


 日記は、私の誕生日の前日で終わっていた。

 次の日に亡くなったんだから当たり前か。でも、もっと続きが読みたかった。

 夏美から誕生日をお祝いされた私は、笑っていただろうか。

 私はまた学校に行って、一緒に楽しい時間を過ごしていただろうか。


 今更こんなことを思うなんて遅すぎる。

 もっと早くに夏美の気持ちに気づけていたらなにか違ったかもしれないのに。


 どうしてこんなに私のことばかり書いてるんだろう。

 私のことを想って、私のために行動してくれてる。


 夏美が、どれだけ私のことを好きでいてくれたかこの日記を見てよくわかる――。


「茜、はい」


 先輩に声をかけられ顔をあげると、ティッシュを渡された。

 無意識に涙が流れていたみたいだ。


 自分でも、この涙の意味ははっきりとわからない。


 寂しさなのか、悲しさなのか、悔しさなのか、夏美の想いを知ることができた嬉しさなのか。

 きっと、全ての感情が溢れた涙なんだろう。


 私は受け取ったティッシュで涙を拭った。


 先輩がいてくれて、本当によかった。先輩がいたから自分の気持ちに向き合うことも、夏美の本当の想いも知ることができた。


「お待たせー。さあ、こっちに座って」

「……ありがとうございます」


 おばさんがお茶とお菓子を持って戻ってきた。

 差し出された菓子鉢を覗くと、お饅頭の横に、いちごみるくの飴と、アルファベットが刻印されたチョコレートも入っている。


 私はチョコレートを一つつまみ、食べることはせず、じっと見つめた。


「それね、夏美がよく食べてたのよ。今でもつい買っちゃうの」

「私も、このチョコレート好きです。この飴も」


 包装をクルクルと外し、チョコレートを口にいれた。

 先輩にもらったときは、夏美を思い出してつらくなった。でも今は、一緒に食べた楽しい思い出が甦ってくる。


「二人は、最近知り合ったのかしら?」


 おばさんが、私たちの顔を交互に見ながら聞いてくる。

 そういえば、先輩のことは知らないと言ったんだった。


 今は気持ちを伝え合って、ちゃんと付き合っている。


 本当は前から知っていました。私は先輩の彼女です。

 なんて言ったら驚かせてしまうだろうか。


 なんと答えたらいいか分からず、先輩を見る。


「母さんも、僕が茜を好きなこと知ってたでしょ。今は大切な彼女だよ」


 まあまあ! と嬉しそうな表情になるおばさん。

 

 先輩が私のことを好きだって知っていたってどういうことだろう。

 

「夏美が母さんにバラしたんだよ」


 私の考えていたことがわかったのか、先輩は呆れたように説明してくれる。

 中学のとき、私にストーカーまがいなことをしていると、夏美がおばさんに話していたそうだ。

 

 橋で会ったとき、私が先輩のことを知らないと言ったので、困惑させてはいけないとおばさんもその話はしなかったらしい。


「夏美もきっと喜んでるわね」

「そうだといいですね」

「あいつのことだから、茜を泣かせたら許さないとか言ってそう」


 それから中学のときのことや、先輩と夏美の小さい頃の話をおばさんから聞いて、私たちは家を後にした。


 また、二人で遊びに行く約束もした。


 先輩は進路のことも報告に来ると言っていた。

 そういえば、先輩は受験生だ。

 あっという間に冬休みがきて、冬休みが終わればすぐに受験になる。


「先輩、私が心配するようなことではないですけど、受験勉強は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。医学部から教育学部になったしね」

「えっ、じゃあ、教師になることにしたんですね」

「うん。怪我したおかげかも」

「それ、けっこう責任感じてるんですよ」

「ごめんね。でも、茜のことを守れて、父親が向き合ってくれるきっかけにもなって、役得だったと思ってるから気にしないで」


 先輩は退院する前、お父さんと進路について話し合ったそうだ。

 医者になって病院を継いで欲しいと念押しされたが、最終的には先輩の気持ちを尊重してくれた。


 でも、怪我が大丈夫だったのは奇跡で、打ちどころが悪かったら、先輩は亡くなっていたかもしれない。

 そうなれば、進路の話どころではなかった。


「私、守られてばかりは嫌です。私も先輩を守れるようになりたいです」

「なんだか、頼もしいね」

「私を置いて死なないっていう約束も守ってもらわないといけないですしね」

「それはそうだけど、どちらかが、じゃなくて、できるだけ長くずっと一緒にいようね」

「もちろんそのつもりですよ、柊也さん」

「え、名前……」


 初めて、名前を呼んでみた。

 先輩はすごく驚いているようだ。

 でも、それ以上に嬉しそう。

 

「でも、先輩は先輩って呼ばれるのが好きですもんね」

「そろそろ名前呼びに変えてくれてもいいんだけど」

「気が向いたら呼びますよ」

「ええー」


 拗ねたように口を尖らせる先輩。


 こんなやり取りも自然にできるようになった。


 自然に笑えるようになった。


 先輩は、私の笑顔を取り戻してくれた。


 きっとこれから、もっとたくさんの笑顔を贈り合っていく。


 生きていれば、苦しいことやつらいことがあるかもしれない。


 それでも、そばには大切な人がいてくれる。


 だからきっと、乗り越えていける。


 私は、大切な人たちに、ちゃんと笑顔を返していきたい。


 ちゃんと気持ちを伝えていきたい。


 柊也さん、ありがとう――。

 

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