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嘘つきな君と空をなぞって  作者: 藤 ゆみ子


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第22話 柊也side 中学生編

 その表情がぱあっと明るくなった瞬間、僕はもう彼女に心奪われていた。

 空を見上げる彼女の視線の先には飛行機雲。


 つられて空を見上げる。


 空を駆ける白い線は、僕と彼女を繋いでくれた。


 ◇


 父さんと母さんが離婚して二年。女二人で暮らしている母さんと夏美が心配でよく会いに行っていた。

 というのは建前で寂しいというのが本音だけれど。

 でも、そんなことを言うと二人が心配するかもしれないから、僕が心配だから様子を見に来ているということにしている。


 中学二年になってしばらくしたころ、夏美を学校まで迎えに行くことにした。中学生になった夏美の様子を見たかったから。


 校門から少し離れた横断歩道の前で夏美が出てくるのを待つ。

 数分が経ったとき、一人の女子生徒が校門の前で立ち止まった。

 他の生徒たちはみんな流れるように帰り道を急いでいる。まるで、彼女の時間だけが止まっているみたいだった。


 そして、彼女は空を見上げると、まるで朝日を浴びた花がぱあっと開くように笑った。


 綺麗だ。漠然とそう思った。


 しばらく見入っていると、後ろから彼女のポンポンと肩を叩く女子。夏美だ。

 二人は笑顔で会話を交わし、並んで歩いていく。


 夏美、そっちは家の方向じゃないぞ。中学一年生の分際で寄り道なんて兄ちゃん許さないぞ。


 なんて心の中で注意をしながら後をついていく。

 

 二人が向かったのは駅前に来ているクレープ屋。

 お互い買ったクレープを分け合いながら、終始楽しそうにしている。


 きっとあの子が夏美がよく話している、茜という子だ。


『昨日休んでた分のノート、茜が取ってくれてたんだ! 見やすいし、字がすごく綺麗なんだよね』

『ささくれほっといたら茜が絆創膏貼ってくれたの。引っ掛けると痛いよって』

『茜がいちごみるくのアメたくさんくれたからお兄ちゃんにもひとつあげるー』


 口角があがり、くしゃりと目を細める笑顔が可愛いんだと言っていた。まさにそうだと思った。


 それから僕は、陽だまりのような柔らかい彼女の笑顔が目に焼き付いて離れなくなった。



 ◇


「夏美お帰り。今日も茜とクレープ屋行ってたでしょ」

「ちょっと、なんでお兄ちゃんが茜のこと呼び捨てしてるの!」

「だって苗字知らないし」

「緒方だよ。知らなかったとしても茜ちゃんとかでいいじゃん」

「へえ、緒方茜ちゃんっていうんだ」


 夏美には怒られたけど、呼び方を変えるつもりはない。本人を呼ぶわけではないし、いいだろう。


「てかなんでクレープ食べに行ったこと知ってるの?! またストーカーしたの?」

「夏美が茜といるときは話しかけるなって言ったんでしょ」

「だってお兄ちゃんが迎えにきたとか恥ずかしいじゃん。てかついて来ないで家で待ってればいいでしょ。また呼び捨てしてるし!」

 

 家に帰って待っていたら茜のことを見られない。夏美には言ってないけれど、付いて行っているのは茜のことを見ていたいから。茜が笑っているところを見たいから。

 

「茜のこと、家に呼んだりしてないの?」

「お兄ちゃんがいない時は遊びに来たりしてるよ」

「はあ!? 聞いてないんだけど!」

「言ってないからね」


 意地悪気に笑う夏美。

 知らなかった。わざと僕に会わせないようにしてるな。


「なんで言わないの?」

「お兄ちゃんてさ、茜のこと好きなの?」

「そうだけど」


 ニヤニヤしている夏美は、きっと僕がうろたえるのを待っている。だから冷静なふりをしてあっさり肯定した。本当は少し打ち明けるのは不安だ。夏美に、茜には僕なんか釣り合わないと否定されたら自信をなくすだろうから。


「はあ!? 聞いてないんだけど!」

「言ってないからね」


 夏美は薄々気付いていたように思う。でも、確信はなかっただろう。なにせ、僕と茜は話したことも顔を合わせたこともないのだから。

 でも、茜の笑顔を見るたびに、夏美から話を聞くたびにどんどん想いは募っていった。

 自分でもこんな感情は初めてだ。話したこともない人のことを好きになるなんて。


 だからこそ、慎重にならなければいけない。

 いきなり知らないやつが現れて、好きだなんて言われたら茜は警戒するはずだ。警戒どころか引かれて、嫌われてしまうかも。

 

「茜には言わないでよ」

「言うわけないでしょ。お兄ちゃんがストーカーしてるとか私まで嫌われかねないわ」

「ちゃんとタイミングを見計らわないと」

「タイミングっていつよ。茜は高校生になってから彼氏が欲しいって言ってたからそれまではだめだからね」

「え、まだ二年以上ある……」


 そんなに先になるとは考えていなかった。

 もう少ししたら、夏美の兄だと言って自然と仲良くなって、少しずつ距離を縮めていけたらなんて思っていたのに。

 あと二年も見ているだけなんて耐えられるだろうか。


「それに中学生のうちは茜のことお兄ちゃんにとられたくないし」

「とられると思ってるの?」

「まあ、なんやかんやお兄ちゃん格好いいし、面倒見いいし優しいからね。茜が好きになってもおかしくはない……」


 それに変な男に引っかかるよりお兄ちゃんの方がまだましだ、とかお兄ちゃんと付き合ったら家に遊びにくる機会が増えるかも、なんてぶつぶつ言っている。あげくには、結婚したら義理の姉妹になれるじゃん! とどんどん妄想を膨らませテンションが上がっていた。


 そんなやり取りが当たり前になって、一年が経った。


 二年生になった夏美は、学校で嫌がらせを受けはじめた。


「夏美、体操服泥だらけじゃん。沼地でスライディングレシーブでもしたの?」

「なんで沼地なのよ。でもまあそういうことにしとくわ」


 はっきりとなにがあったのかは言わなかった。でも、体操服が汚れていたり、びしょびしょの上靴を持って帰ってきたり、筆箱をなくしたと言っていたり、あきらかにおかしかった。


 それでも気にしていない様子の夏美に深くは聞かなかった。


 少しして、追求せざるを得なくなったのは、茜の姿を全く見なくなったから。

 一人で帰る夏美の背中もどこか寂し気だ。


「最近茜と帰ってないの?」

「うん。まあね」

「喧嘩でもした?」

「してないよ」

「じゃあなにがあったの」


 夏美は口を噤んでなにも言わない。嫌がらせを受けていることと関係あるのだろうか。

 もしかして、茜も同じようなことをされている? だとしたら、僕はどうすればいい?


「ねえお兄ちゃん」

「え? なに?」

「お兄ちゃんなら、茜を笑わせること、できる?」


 今の私には無理なんだ、と悲し気に笑う夏美。もう限界だったのか、今なにが起きているのかを話してくれた。


「茜は優しい子だね」

「優し過ぎて抱え込んじゃうんだよね。私は平気なのに」

「夏美もね。よく頑張ってる。つらかったらちゃんと言ってよ」

「お兄ちゃん……」


 茜のことが大好きで、心配しているのはよくわかる。でも、僕は夏美のことも心配だ。言わないだけでいろいろと抱えているはず。それに、気が強いところがあるから無茶をしなければいいけど。


「できることならなんでもするから」

「ありがと。なんか話聞いてもらってちょっとすっきりした。茜のことは自分で頑張ってみる。とりあえず夏休みが終わるまでの三ヶ月、やれるだけのことはやる。茜の誕生日もあるしね。サプライズでお祝いなんかしたら喜ぶかな? もし夏休み明けてもだめだったら、お兄ちゃん手を貸してね――」


 どこかやる気に満ちた表情で、本当にどうにかやってのけるのだと思っていた。


 それなのに夏美は、突然亡くなった。


 亡くなる前日、明日は茜にサプライズのお祝いをするんだと楽しそうに話していたのに。


 僕はなかなか現実を受け入れることが出来ずにいた。

 生意気で口が達者な妹。友達思いで優しい妹。口にはしないけれど、大切な妹だった。


 すぐに葬儀が行われ、あっという間に時間が過ぎていく。

 ばあちゃんの体調が悪くなったこともあり、母さんは引っ越した。


 心にぽっかり穴があき、虚無感に駆られ、僕はあの街に行くこともなくなっていた。


 それから少しして、高校受験の時期になった。

 父さんに言われるがまま勉強して、成績は常にトップを維持している。高校も、父さんがいくつか選択肢をだしてきて、このどれかに行けと言われた。


 その中の一つを見て、夏美との会話を思い出す。


『茜と、あの丘の上の高校に行こうって約束したんだ。ちょっと偏差値高いけど、制服がすっごく可愛いから頑張って入学しようねって』


 茜は今、どうしているのだろう。

 学校には行っているのだろうか。夏美が亡くなって、ひどくつらい思いをしているはず。


 僕は、彼女を見るのが怖かった。

 会いに行こうと思えば、会いに行くこともできた。でも、何もできない自分が彼女の前に現れたって、お互いに虚しいだけだ。

 

 でももし、これから先彼女と同じ時間を過ごすことがあれば、何か変わるだろうか。

 

『お兄ちゃんなら、茜を笑わせること、できる?』


 彼女は今、笑っているのだろうか。

 もし笑うことができていないなら、僕は彼女を笑わせることができるだろうか――。

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