第21話 一目惚れ
先輩が退院して、数日が経っていた。学校にも問題なく通えている。
今日は放課後、先輩と屋上で会う約束をしている。
私は屋上に出て、真っ先に塔屋を覗く。先輩はまだ来ていないみたいだ。
そのままパイプの梯子に足をかけ、塔屋に登る。
スカートを整えて一旦膝を抱えて座り、そしてゆっくりと寝転んだ。
視界いっぱいに広がる青空は、眩しいくらいに澄んでいて、まるで、空に包まれているような感覚になる。
すると、真っ青な空に一本の白い線が、ゆっくりと引かれ始めた。
私は手をかざし、線に沿ってゆっくりと指でなぞる。
「飛行機雲が出てきてるね」
その時、先輩が梯子から顔を覗かせた。
よいしょ、と登ってくると私の隣に寝転ぶ。
そして、同じように空に手をかざし、飛行機雲をなぞった。
「そういえば先輩、どうして私が飛行機雲が好きだって知ってたんですか? 夏美とも飛行機雲が好きだって話はしたことないんですけど」
初めて会った日、先輩は私に飛行機雲好きでしょと言った。
他のことは、夏美から聞いていたのだとしても、これだけは説明がつかない。本当にエスパーだったりするのだろうか。
「僕のとっておきの秘密、知りたい?」
「え? それって、夏美の兄だってことじゃないんですか?」
「そのことは、賭けに勝っても負けても言うつもりだったよ。とっておきの秘密っていうのは、僕が茜に一目惚れしたっていうこと」
「一目惚れ? でもそれって、噓なんじゃ……」
「泣き顔に惹かれたっていうのは嘘だけど、一目惚れしたっていうのは噓じゃないよ」
いったい、どういうことだろう。
この高校に入る前から先輩は私のことを知っていて、知ったうえで私に声をかけてきた。
私のことを好きになってくれたタイミングはなにかあるのかもしれないけど、それは一目惚れではないような……。
「中学生のとき、夏美を迎えに行こうと思って、学校まで行ったことがあったんだ。その時、初めて茜を見つけた。校門で立ってた茜はふと空をみあげて、そしたらぱあっと表情が明るくなって、空に手をかざして笑ったんだよ。その視線の先には飛行機雲があった。それを見て、この子は飛行機雲が好きなんだなってわかった。それと同時に、すごく好きだなって思ったんだ。この子の笑った顔が」
「一目惚れって、中学のときだったんですか?!」
「そうだよ。びっくりした?」
「はい。すごく」
まさか、一目惚れしたことが本当だったなんて。しかも、中学のときだったなんて。
私は先輩のこと、全然知らなかった。
それに、先輩は私の笑った顔を見ていたんだ。
笑った顔が好きだって言葉、本当だったんだ。
だから、あんなに笑って欲しいと言っていたのかな。
「そのあとすぐ夏美がきて一緒にいるところを見たから、ああこの子が茜なんだなってすぐわかったよ。それから何度も夏美を迎えにいくふりをして茜のことを見てたんだ。夏美には私を口実に茜をストーカーするなって怒られたけどね。あと、高校生になるまでは近づくなって言われたよね」
ふと、夏美との会話を思い出す。
『高校生になったら彼氏欲しいよね』
『私、先輩がいいなぁ』
『確かに茜は年上の引っ張っていってくれる人がよさそう。かっこよくて、優しくて、頭良くて、勉強教えてくれるような人とか』
『そんな完璧な人はいないよ』
『それがいたりするんだよなぁ』
『ええ? 本当に?』
あれはもしかして、先輩のことだったのかもしれない。
まだ出会っていない先輩と私の恋を、夏美は想像していたのだろうか。
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
「だって恥ずかしいでしょ。四年以上も前から茜のことが好きで、しかもストーカーしてたなんて」
「でも、私はもっと早くに知りたかったです」
「ごめんね。これからちゃんとなんでも話すよ。だから茜もちゃんと自分の気持ち伝えてね」
先輩がずっと前から私のことを好きでいてくれたことがすごく嬉しい。
でも、夏美が亡くなった後の私を見て、どう思っていたのだろう。
自分を卑下する、ひねくれた私に幻滅しなかったのだろうか。
私が同じ高校にいることを知っていて、一年以上声をかけなかった理由はなんだろう。
「先輩、あの時、初めて屋上で会ったとき、どうして声をかけてきたんですか?」
「それは、茜が消えてしまいそうだったから」
「私、本当に飛び降りそうに見えました?」
「ううん。飛び降りるというよりも、茜の心が消えてしまいそうだった――」
先輩は、私が入学したころから、屋上で私のことを見ていたらしい。
だけど声をかけるかどうか迷っていた。自分の存在が私にどう影響するかわからなかったから。
これ以上、私がつらい思いをするといけないから。
でも、一年が過ぎ、ずっと私のことを見ていて思ったそうだ。
私が心を殺してしまっては、意味がないと。
生きている私が前を向かなければ、夏美も報われない。
だから、夏美の兄ということを隠して、私に生きる意味を与えようとしてくれた。
楽しいこと、幸せだと思えることをたくさんしてくれた。
また、私が心から笑えるように。
つらいことも乗り越えられる強さをもてるように。
「卑屈な私のこと、嫌になったりしませんでした?」
「ならないよ。たとえ落ち込んでいたとしても、茜はすごく優しいし、突然現れた僕のこと、無下にはしなかった。楽しいと思えることがなくても、一生懸命毎日を過ごしてる茜のこと見ていて、やっぱり好きだなって思ったよ」
「先輩……ありがとうございます」
先輩はたくさんのものを私にくれた。
いろいろなことに気づかせてくれた。
感謝してもしきれないほどに。
だから今度は私が返していく番だ。
これから先、一緒にたくさん楽しいことをして、たくさん笑い合って、たくさん話をしよう。
先輩のことが大切だと、好きだと、たくさん伝えよう。
それが、今の私の生きる意味だから。
いつも本作品をお読みいただきありがとうございます。
次回、柊也視点になります。
まだ夏美が生きていたころの中学生編、亡くなってから茜と出会うまでの高校生編と二話あります。
茜の知らない過去が明らかになりますのでお楽しみください。




