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第19話 想い

 翌日、私は病院へ向かった。


 受付で名前を言うと、あっさり先輩の病室を教えてもらえた。

 ノックをした後、そっと扉を開ける。


 点滴が繋がれ、眠っている先輩。昨日からずっと、意識は戻っていないそうだ。


 ベッド横の椅子に座り、両手を握りしめる。


「先輩……ごめんなさい」


 先輩は私をかばって、倒れてくるパイプの下敷きになった。

 私がいなければ、こんなことにはならなかったんだ。


 つくづく、自分の存在が嫌になる。

 このまま意識が戻らなかったらどうしよう。先輩が死んでしまったら……。

 嫌だ。そんなの嫌だ。


 私はまだ、本当の気持ちを伝えていない。私の笑った顔、見せていない。


 先輩にまた茜って呼んで欲しい。


 もう関わらないつもりでいた。忘れようとしていた。

 

 何度同じことを繰り返すのだろう。

 いなくなってからでは遅いのに。

 大切な人はすぐそばにいたのに。

 どうして、ちゃんと向き合うことができなかったんだろう。

 結局私は逃げてばかりだ。

 自分が傷つくのが怖くて、見ないようにしていた。


 伝えなければいけなかったのに。


 先輩が好きだって。


 先輩の好きが嘘だったとしても、それでも私は先輩が好きだって。


 こんなことになって気づくなんて、私はバカだ。


「うぅ……ひっく、うぅ……」


 先輩、目を開けてください。


 心の中で叫んでも、先輩は穏やかな表情で眠っているだけだ。

 涙が止まらない。目の前にいるのに、なにも伝えられないことが苦しい。


「先輩……先輩……うぅ……」


 その時、ノックの音もせず、ドアが開いた。


 入ってきたのは、一人の男性医師。よく見ると、胸元の名札には東堂と書かれている。

 先輩の、お父さん……。

 この病院の医院長であり、先輩のお父さんでもあるその人は私を見て顔をしかめた。

 

 ああ、そうか。私のせいで先輩がこんなことになったこと知っているんだ。

 お父さんからすれば、息子をこんな目に合わせたやつ、顔も見たくないよね。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……」


 私はひたすら頭を下げた。

 謝ったって許されることではないかもしれないけど、謝ることしかできなかった。


 お父さんは何も言わず、ベッドに近づいてくると、横にある引き出しを開け、ティッシュの箱を取り出し渡してくる。


「え……」

「そんなに泣かなくても、命に別状はない。じきに意識も戻るだろう」

「そう、なんですか……良かった」


 いや、大怪我をさせてしまったのだから、良くはない。けれど、じきに意識が戻ると聞いて安心した。


 受け取ったティッシュで涙を拭く。

 お父さんは私を責めるような様子はなく、私が座る反対側に座る。

 

「きみは、柊也の彼女かい?」

「違い、ます」

「そうか。前に柊也が家に女の子を連れてきていると家政婦が言っていたから、きみのことかと」

「それは、たぶん私です」


 きっと、テスト勉強をしていたときのことだろう。

 平日の放課後は家政婦さんと顔を合わせ、挨拶をしたことが何度かあった。


「柊也が、すごく楽しそうに笑っていたと聞いてね。私はもう、何年も息子の笑った顔は見ていないんだ」

「そう、なんですね……」


 妙に緊張して相槌しか打てないけど、寂しそうに話すお父さんは、先輩のことを心配していることがよくわかる。

 以前先輩の頬が腫れていたときはひどい人なのかと思ったりもしたけれど、そういうわけでもなさそうだ。


「きみは、息子の将来の夢を知っているかい?」

「はい……教師になりたいと聞いています」

「息子は、教師に向いているだろうか」

「とても、素敵な教師になると思います」

「昨日、この子の母親とも話をしたんだ。好きなことをやらせてあげたいと。このまま柊也が亡くなっていれば、絶対に後悔していた。どうして、自分の思うようにさせてあげなかったのだと」


 きっと、お父さんは後を継いでほしいと思っているのだろう。それでも、ちゃんと先輩の話に耳を傾け、教師になりたいという思いを理解しようとしているんだ。


 そのきっかけは、この怪我だったのかもしれない。だって、手を出してしまうほどに反対していた。

 あってはならないことだったけれど、あの時、先輩がちゃんと思いをぶつけたから、今こうして認められようとしている。


 お父さんは「柊也をよろしく」とだけ言い病室を後にした。


 医者としてではなく、父親として、様子を見にきたのだろう。

 私も先輩のお父さんと話ができて良かった。夏美のお父さんに会えて良かった。

 関係を名乗ることはできなかったけれど、今は必要ないだろう。


 先輩、早く目を覚ましてください。伝えたいことがたくさんあるんです。


 その後もしばらく先輩のそばにいた。

 何をするわけでもないし、何もできないけれど、そばにいたかった。


 眠っている顔を眺めて、出会ったときからのことを思い返す。


 先輩は突然私の前に現れて、そして私の全てを見透かしていた。

 変な人だと思った。でも、知りたいと思った。


 この出会いは偶然とか、運命とか、そんな綺麗なものではないのかもしれない。

 それでも、私は先輩の存在に救われた。


 今になってわかる。先輩の言っていた言葉の意味が。先輩の思いが。

 

『たとえ夏美が、いじめのせいで自ら命を落とすようなことがあったとしても、それでも前を向いて生きていく意味をみつけて欲しかった』


 夏美の兄だと言わなかったのは、夏美の亡くなった理由を言わなかったのは、私のことを思ってくれていたからだったんだ。

 弱い私が、強くなれるように、どんなことがあっても、起き上がれる強さを持てるように。


 私、ちゃんと自分で気づけましたよ。先輩の思い、私の生きていく意味。


 全部、先輩のおかげです。


「先輩、ありがとうございます……」


 呟いたとき、先輩の手が少し動いた。


 ゆっくりと、瞳が開く。


 目が合った瞬間、目頭が熱くなる。


「あ……先輩…………先輩っ……うぅ」


 さっき、たくさん泣いたはずなのに、また次から次へと涙が溢れる。

 先輩の瞳に私が映っている。それだけで、胸が苦しい。


「目が覚めた瞬間目の前に茜がいるなんて、ここは天国なのかな」

「そういう冗談、やめてください」

「ごめんね。そんなに泣かないでよ。僕は茜の笑ってる顔が好きなんだ」

「先輩、私の笑った顔見たことないじゃないですか」

「そうだったね」


 いつものように冗談を言いながら優しく笑う先輩。

 嬉しいのか、安心したのか、私の涙はなかなか止まらなかった。


 その後すぐに看護師さんが来て、私は病室を出ることにした。

 また、会いに来る約束をして。

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