第17話 学校
夏休みが明け、学校が始まった。
あれから先輩とは会っていない。
メッセージが送られてくることも、送ることもなかった。
所詮、その程度の関係だったんだ。本当のことを知ってしまえばあっさり終わる関係。
先輩は私を好きだなんて言っていたけど、きっと恋愛としてのしての好きではないのだろう。
私だって、自分の好きがよくわからなかったのだから。
だから、会わなければ、なくなっていくと思っていた。すぐにこんな気持ち忘れると思っていた。
なのに一ヶ月たって夏休みが明けても、忘れるどころか余計に先輩のことを考えてしまっている。
会いたいと思ってしまう。自分から終わりにしたのに――。
「茜ー! おはよう。久しぶり!」
「香耶ちゃんおはよう」
久しぶりに会う香耶ちゃんは一段と日に焼けていて、なんだか爽やかさが増しているような気がする。
「じゃーん! 見て!」
そう言って鞄から取り出したのは、透明なケースに入った金メダル。
インターハイが終わったあと、写真と共に報告の連絡をもらっていた。優勝したと。
表彰台の真ん中に立ち、満面の笑みを浮かべる香耶ちゃんは本当にキラキラしていた。
「おめでとう。すごいね。本物の金メダル初めてみたよ」
「大会前にメッセージくれてありがとね。すっごい励みになった」
香耶ちゃんはケースからメダルを取り出すと、私の首にそっとかける。
その重みは想像以上で、どれほどこのメダルを取ることがすごいことか、ひしひしと伝わってくる。
「茜、なんか似合ってる」
「似合う?!」
運動なんて全然しないし、ひ弱そうでインターハイで優勝するようなアスリートとは程遠い見た目をしてるのに。
「茜は潜在的ななにかを秘めてると思うね」
「えぇ? なにそれ」
「ということで、体育祭頑張ろうね」
「気が早いよ」
「三週間後だよ? あっという間だよ。練習だってはじまるしね――」
香耶ちゃんの言う通り、翌日の五限目、体育祭の出場競技を決めることになった。
私は夏休み前に話をしていた障害物競走と、クラス全員参加の綱引き、香耶ちゃんは障害物競走と綱引き、徒競走とリレーの四種目出ることが決まった。
陸上部っていっても専門は走高跳なのに、と呟いていたが、一年の時の体育祭でも徒競走で一番だったことを覚えている。
そして、その日の放課後から練習がはじまった。といっても障害物競走に練習なんてない。綱引きも相手がいなければできないため、ぶっつけ本番だ。
なので、練習があるのはリレーだけ。
私は香耶ちゃんに頼まれて、リレーの練習の手伝いをすることになった。
スタートの合図を出し、タイムを計り、動画を撮る。
香耶ちゃんは動画を確認して、走り方やバトンの渡し方を見ながらメンバーと話し合っている。
体育祭にしては本格的な練習だ。専門は走高跳だと言っていたけど、陸上のことをよくわかっている。
「茜、今度は横からじゃなくて後ろから動画とってくれない?」
「わかった。三走の辺りからでいい?」
「うん。あとさ、バトンを渡したあと少し横を並走して撮ってくれないかな?」
「ええ?! それは無理だよ。香耶ちゃんむちゃぶりはやめてよ」
「やっぱり? 無理かぁ」
動画を撮りながら香耶ちゃんの走りについていくなんて無茶すぎる。
でも、そんなやりとりがおかしかったのか、他のメンバー三人がくすりと笑う。
「緒方さんってけっこう面白いんだね」
「最近香耶と仲良いなって思ってたけどなんか息合ってるよね」
「息合ってるかな?!」
「私も茜って呼んでいい?」
「それはいいけど」
「じゃあ私もー」
香耶ちゃんに頼まれてなんとなく手伝っていたけれど、練習を通して私も他のメンバーの子たちと仲良くなっていった。
自分が走るわけでもないのに、チームの一員になったような気がしていた。
少しずつ、私の印象も変わっているみたいだ。
香耶ちゃんから始まり、友達と呼べる人たちが増えてきている。
そんな今の自分に、もう後ろめたさはほとんどなかった。
純粋に学校生活が楽しいと思えるようになった。
それはきっと、先輩との出会いがあったからなのだと思う。
順番は違ったのかもしれないけど、夏美の本当のことを知って、私は前を向いて歩いてもいいんだとわかったから。
今、私の周りにいる人たちを大切にしなければいけないと気づけたから。
学校が始まっても先輩とは顔を合わせていない。前はあんなに一緒にいたのに。
私は今でも屋上へ行くが、先輩はいない。
これは予想に過ぎないけれど、きっと先輩は私に会うために屋上に来ていたんだと思う。
夏美の願いを叶えるために、私に声をかけた。
私たちの関係が終わった今、先輩が屋上に来る理由もない。
お互いに会おうとしなければ会えなくなる。そんなの当たり前のことなのに。
先輩と会うことが怖い。でも、先輩の姿を見たい。
早く忘れたい。でも、忘れたくない。
恋という感情は、たくさんの矛盾が入り混じっていることを知った。
屋上で一人、街の景色を眺めた。遠くにはあの橋が見える。
夏美が子猫を助けるところを想像する。
子猫が川に流されているのを見つけて、見て見ぬふりはできなかったんだろう。
とっさに動いてしまうところも、彼女らしいと思う。
でも、私は夏美に生きていて欲しかった。
謝りたいこと、伝えたいことがたくさんある。
逃げたまま、会わないまま、夏美がいなくなってしまって後悔している。
この後悔は一生消えることはないと思う。
だけど、私はちゃんと顔を上げる。前を向いて歩いていく。
笑って欲しい、それが彼女の願いなら。