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第13話 天使の散歩道

「わあー、気持ちいいですね」

「やっぱり夏は海だね」


 夏休みに入って二日目、さっそく先輩からお誘いの連絡がきた。


 明日デートしようと。


 思っていた以上に早いお誘いに少し寂しい気もした。

 待ち遠しくはあったけれど、こんなに早く楽しみが終わってしまうのかと。

 それでも断ったり、予定を変えて欲しいなんてことは言わない。

 楽しみにしていたなんてことも口には出さない。

 

 先輩との待ち合わせ場所はフェリー乗り場だった。

 すでに切符を買ってくれていた先輩とフェリーに乗り込み、海風に当たりながら甲板に出る。


「まさかフェリーに乗って出かけるとは思ってませんでした」

「旅行っぽいデートがしたいなと思って。県内だけど、船に乗るだけで遠くに行くような気がするよね。行ってみたいところもあるし」


 日程は全て先輩にお任せしている。

 初めて向かう離島に、久しぶりに胸が弾んでいた。


 そして浮かぶのは夏美の顔。


 フェンスに手をつき、遠くに見える島を眺めてからそっと目を閉じる。



『この島、願いが叶う天使の散歩道があるんだって。行ってみたいな』

『夏美は何を願うの?』

『それは秘密だよ』

『そっかぁ。いつか一緒に行こうね』


 なんとなく見ていたスマホ。夏美が見つけた県内のパワースポット。

 中学二年になってすぐのころ、そんな約束をした。


 県内では有名な観光地として知られる島。特段珍しい場所ではないけれど、夏美といつか行こうと約束していた場所に行くことになるなんて。

 私が行きたいと思っていたところ、先輩はわかっていたのかな。

 やっぱりエスパーなんだろうか。それとも本当にたまたまなのかな。


 夏美と見たかった景色。守れなかった約束。


 申し訳ない気持ちよりも、夏美の分もたくさんのことを感じてきたいと思うのはバチ当たりなのだろうか。

 でも、きっと彼女は私の分も楽しんでと言ってくれる気がする――。


「そんな真顔で目つむってたらキスするよ」

「な、なに言ってるんですか!」


 キスする、なんて言葉に驚いて目を開けると、すぐ目の前に先輩の顔がある。

 フェンスに身を乗り出すように私の顔を覗いていた。


「あ、残念」

「仮の彼女の間は変なことしないって言ったじゃないですか」

「仮じゃなくなったらしてもいいんだ?」

「だめです」


 つれないなぁ、と拗ねたように口を尖らせる先輩。

 その表情がなんだか可愛い。でも、その唇に触れることなんて今はまだ考えられない。


 ……今はまだってなんだ。これから先はあるかもしれないみたいな。

 香耶ちゃんが言っていた、まんざらでもないという言葉が頭をよぎる。


 私はなんておこがましいことを考えているんだ。最近、自分でも自分の感情がわからなくなる。


 それもこれも全部先輩のせい。


 先輩の、おかげ。


 きっと、こんなに穏やかな気持ちであの島に向かえるのも、先輩がいてくれるからだ。


 約一時間の船の旅を終え、島についた。


 港に降りると、オリーブの葉を王冠に見立てたオブジェがあった。

 その目の前にレンタルサイクルがあり、先輩はそこで自転車を借りると言う。

 言われるがまま自転車を借り、スマホで位置情報を確認した先輩の後ろについて自転車を走らせる。

 

 風が、気持ちいい。


 もちろん暑さはあるけれど、穏やかな瀬戸内海の風景と、潮の匂いで涼やかに感じる。


「どこに行くんですかー!」

「十分くらいでつくよ!」


 自転車を漕ぎながら声をかける。

 どこにいくのかという質問の答えは返ってこなかったけれど、案外近い場所なんだなと漕ぐ足を速めた。


 そして先輩が自転車を止めたのは、小さな島に繋がる一本の道がある――


「天使の散歩道……」


 やっぱりというか、一番有名な観光地だしこの島に来たならここに来るのは当たり前なのかもしれない。

 だけど、先輩は本当に私のことをなんでもわかっているような気がして、戸惑いもあるけれど、それ以上の安心感みたいなものもある。


 何も言わなくても私のことをわかってくれて、行きたい場所に連れてきてくれる。好きだと思うことを与えてくれる。

 だから私は、こんなに先輩といる時間が心地いいんだ。

 

「行こう」


 駐輪場に自転車を停めると、入り口には売店や案内所があった。

 そして、潮が引いているときだけ現れる不思議な砂の道へと進む。


「思っていたより広い道ですね」

「でも、油断してると潮が満ちて道がなくなっちゃうかも」


 先輩は砂の道に足を踏み入れる。私も横に並んで歩いた。


「この道を歩くと願いが叶うんですよね」


 まるで神社でお参りをしているような気分で、真剣に歩く。

 すると先輩が突然手を握ってくる。驚いて顔を見上げると、クスリと笑う。


「大切な人と手を繋いで渡ると願いが叶うって書かれてたよ」

「え……」


 そうだったんだ。知らなかった。

 夏美が言っていた願いが叶うという話だけ聞いて、自分で調べたりはしていなかった。

 大切な人と手を繋ぐって、まるで恋人みたい。


 そういえば入り口辺りに、恋人の聖地みたいなことを書いていたような気もする。


 これって恋人同士じゃないとだめなの?

 そんなことないよね。家族とか友達でも大切な人には違いないし。

 

「僕の願いは叶うかもしれないけど、茜の願いは難しいかもね」

「どうしてですか?」

「僕は大切な人と手を繋いでるけど、茜はそうじゃないから……」


 だんだんと小さくなっていく声。どこか寂しそうな表情。


 私は何も言わずぎゅっと手を握り返す。先輩の言う大切とは少し違うのかもしれないけど、私にとって先輩は紛れもなく大切な人だ。


 力のこもった手のひらに驚いたのか、目を見開いて私を見る。けれどすぐに顔を綻ばせぎゅっと握り返してくれた。


 私の想いが伝わったようでなんだか恥ずかしくなり、うつむき加減で歩く。

 きっと周りからは私たちが恋人同士だと思われているだろう。

 でも、それでもいいかと思えた。

 

 夏美はいったい、何を願うつもりだったんだろう。

 大切な人と手を繋いで歩くことを知ってたのかな。知ってて、私と行く約束をしてくれたのかな。

 願い事って、手を繋いでる人とのことだけなのかな?

 強欲な私は、そんなことないよね、と自分の都合のいいように捉え、先輩と手を繋いだまま空を見上げる。


 夏美が、お空で笑って私のことを見ていてくれますように。


 そして、今隣にいる大切な人がずっと笑ってくれますように。


「何をお願いしたの?」

「秘密ですよ。先輩は?」

「僕はもちろん茜が笑ってくれますように、だよ」


 私は今、絶対に笑うことなんてしないと思っているわけではない。

 先輩の秘密を知りたいというのもあるけれど、口角の上げ方を忘れてしまっているような感覚だ。


 先輩は宣言通りちゃんと楽しませてくれているし、私は今までの自分とちゃんと向き合うことができている。

 こんなにも素直に空を見上げることができているのは先輩のおかげだ。


 笑わずに夏休みを終え、賭けに勝ったとしても、これからも先輩のそばにいたいと伝えてもいいだろうか。


 でもそれって、正式に付き合うってことになるのかな。彼氏彼女になるってこと?

 ずっとだれかと付き合うなんて想像できなかったけど、先輩とこんな時間を過ごせるのなら悪くないかもしれない。


 あれ、私なに考えてるんだろう。

 付き合うってことはお互い想い合ってるってことだよ。

 私、先輩のこと好きなのかな。

 好きだから付き合ってもいいなんて考えてるのかな。


 そっか……私は、先輩のことが好きなんだ。


 でも、好きってどのくらい? 付き合うってなにするの?

 

 初めての感情に頭と心がグルグル回る。

 こんな感情も先輩に伝えてみてもいいかな。

 先輩ならきっと私の気持ちを尊重して、私の歩幅に合わせてくれるのではないかと勝手に安心してしまっている。


 手を繋いで天使の散歩道を往復し、最後に小さな島と島に繋がる一本の道を写真に収めた。



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