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第12話 決意

 翌週、テストの結果が返ってきた。


 予想通りではあったけれど、随分と順位が上がった。いつもは学年でぎりぎり二桁に入っていればいい方だったけれど、今回はなんと二十三位だ。五十位くらいかなと思っていたので予想以上の結果に驚いた。順位はそこまで気にしてはいなかったけど、やっぱり嬉しいものだな。

 

 その日の夜にテストの結果が返ってきたと先輩に連絡すると、翌日昼休みに屋上で会うことになった。


 先輩、褒めてくれるかな。

 どきどきしながら待っていると、扉の開く音がしてすぐに振り返る。


「先輩っ」


 え……。


 屋上に入ってきた先輩の顔を見て固まってしまった。

 左頬は腫れていて、唇の端が切れている。

 私は先輩に駆け寄った。


「その顔どうしたんですか?!」

「ごめん、見苦しいよね」

「そんなことはありません。でも、なにがあったんですか?」

「これ、見せたら父親が怒ってさ……」


 先輩が鞄から取り出したのは、テストの結果だった。渡された紙を見ると、八位と書かれていた。


「これ……もしかして私に教えてくれてたから……?」


 三年生は昨日結果が返ってきたと言っていた。先輩はまた一位だろうと思っていたから結果を聞くことはしなかったけど、まさか八位だったなんて。

 これでも十分な順位ではあるんだけれど、ずっと一位をキープしていた先輩からすると随分と落ちている。


「違うよ。初めに茜が家に来た時、本当は教師になりたいって話したでしょ? そのことを父親に話そうとしたんだよね。でも、聞こうともしてくれなくて。反抗のつもりで手を抜いたんだ。そしたら昨日めちゃくちゃ怒られたられた」

「そこまでして……」

「今までずっと父親の言いなりになってたんだ。後を継ぐのも、テストで一位をキープするのも全部父親に言われてたから。でも、それじゃいけないと思ったんだ。茜に偉そうなことを言っておいて、自分はなにもしてないじゃないかって」

 

 言われたからといってずっと一位でいるのは相当な努力が必要だっただろうし、プレッシャーもあっただろう。

 今まで築いていたものを壊すことは勇気がいるし、なにより――。


「痛かったですね。今も痛いか……」


 私は先輩の頬にそっと触れた。困ったように笑い私の手に手を重ねた先輩はゆっくり首を振る。


「腫れなんてすぐ引くだろうし、痛いのも今だけだよ。それよりもなにもせずに、やりたいことをやろうともせずに、一生を後悔するほうがきっとつらい」


 テストの順位のことがきっかけで自分の気持ちを言えることはできたそう。

 全然納得はしてもらえてないらしいけれど、根気強く説得していくつもりだそうだ。


 医者が嫌なわけではないと言っていた先輩は、もしかしたら迷っていたのかもしれない。医者になってもいいかなと。だから今までお父さんに言わなかった。

 それでも自分の夢を叶えることに決めた。私はそんな先輩を全力で応援したい。

 

「でも、むちゃはしないでくださいね」

「茜がずっとそばにいてくれたら頑張れるかも」


 なんてね、と笑う先輩は本当はずっと一人で戦ってきたのかもしれない。誰にも言えない思いを抱えてきたのかもしれない。きっと、もっとたくさんの思いがあるだろう。

 そんな先輩の支えに、私はなれるのだろうか。

 なっても、いいのだろうか。

 

「腫れ、早く引くといいですね。せっかく格好いい顔なのに」

「え?! 茜、僕のこと格好いいって思ってるの?」

「先輩はだれがどう見ても格好いいですよ」

「そ、そうかな?」


 自覚なかったのかな。

 今まで格好いいとか、イケメンとかさんざん言われてきているはずだろう。告白だってたくさんされてきたはず。

 そんなに驚かなくてもいいのに。それにすごく照れている。


 格好いいのは本当のことだけど、口にしたのはほんの冗談のつもりだった。

 どんな反応をするんだろうと。まさかこんなに嬉しそうに照れるなんて思っていなかった。

 先輩、可愛いな。いろいろと大変だっただろうけど、平気そうで良かった。


 その後、順位の上がった私を大げさなくらい褒めてくれた。

 一通り褒めてくれたあと、先輩は鞄の中から紙袋を取り出し「はい」と渡してくる。


 中を覗くと、クロワッサンが入っていた。


「え、これ……」


 まさかと思い、紙袋の右下の刻印をみると『シャイン』と書かれてある。


「テスト頑張ったご褒美だよ」

「私がここのクロワッサン好きなこと知ってたんですか?」

「どうだろうね?」


 否定も肯定もしない。でも、きっと知っている。

 だって、わざわざ学校に来る前にパン屋さんに並ぶだろうか。

 ご褒美なら、他のものでもいいはずだ。

 私が喜ぶのをわかっていて、朝早くから並んだんだろうな。


「ありがとうございます。すっごく嬉しいです」

「良かった。食べよう、焼きたてじゃなくなっちゃったけど」


 そう言いながら鞄からもう一つ紙袋を取り出すと、中のクロワッサンを取り出し大きく頬張る。


「先輩も、クロワッサン好きだったんですか?」

「ううん、今初めて食べた。でも、好きになった。これ、冷えても美味しいね」


 もごもごと口を動かしながら美味しそうにクロワッサンを食べる先輩。

 私も紙袋から取り出し、食べ始める。


「美味しい……」


 呟く私に、先輩は満足そうに微笑んだ。


 それからパンを食べながら夏休み楽しみだね、宿題面倒だね、なんて他愛ない話をした。

 先輩は受験生でもある。

 進路どうしようかな、認めてもらえなかったら医師免許と教員免許両方とろうかな、なんて冗談を言う先輩に驚いたけれど、本当にやってのけてしまうのではないかと思う私がいた。


 

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