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第11話 香耶ちゃん

「茜は夏休みなにするの?」


 お昼休み、お弁当を食べていると香耶ちゃんが尋ねてくる。

 もともとお互い自分の席で食べていた私たちは、自然と向かい合って食べるようになっていた。

 

「東堂先輩と遊びに行く約束はしてるけど」

「ええ! ついに付き合いはじめたの?」

「いや、まだ付き合ってない」

「まだってことはそろそろなんだ?」


 前のめりになって興味津々に聞いてくる。こういうのを恋バナというのだろうか。全然嫌な気はしないし、香耶ちゃんと話すのは楽しいけれど、先輩とのこれからのことを聞かれると少し困る。


 先輩のことは人として好きだ。今の関係ならずっと続いて欲しいと思うほどに。

 でも、この賭けは正式に付き合うか、きっぱりお断りするかの賭けだ。

 一般的なカップルのようにいちゃいちゃラブラブしている想像はつかないし、かといって全く関係がなくなるのは寂しい。


 先輩は私が賭けに勝っても、変わらず仲良くしてくれるだろうか。

 男女の友情は成り立たないっていうし、付き合うつもりがないなら一緒にはいられないと言われるのかな。


 はじめは秘密を聞いたらきっぱり終わりにしようなんて思っていたのにな。

 つくづく私は自分勝手な人間だ。


「付き合うとか付き合わないは別にしてさ、大切な人っていなくなってから気づくって言うし。後悔しないようにね」

「香耶ちゃん……」


 すごく、はっとした。


 夏美の顔がすぐに浮かんだ。大切だった。でも、そばにいるのが当たり前で、いなくなるなんて思ってもいなかった。今は後悔ばかりだ。いくら悔やんでも夏美はもう戻ってこない。


 でも、先輩は今そばにいる。いてくれている。私を、大切にしてくれている。

 私は先輩を大切にできているだろうか。


 好きだとか嫌いだとか、彼氏彼女だとかそんなんじゃなくて、ただただ大切なんだと伝えてもいいかな。


「あ、まんざらでもないって顔してる」

「えっ? そんな顔してる?!」


 どんなを顔していたんだろう。

 先輩のことを考えていたのは間違いないけれど、そんなに表情に出てたのだろうか。


「まあ、友達以上恋人未満の関係が一番楽しいからね~。夏休み楽しんで!」

「香耶ちゃんは夏休みどうするの?」

「私は部活ばっかりだな」

「そういえば大会もあるって言ってたね」

 

 彼女は陸上部で走高跳をしている。先月の県予選大会で優勝していて、インターハイに出場する。

 昨年も一年生ながらインターハイに出場したそうだ。

 惜しくも予選敗退だったらしいけれど、今年は絶対に決勝に進むんだと先日話していた。


 こんなにすごい人がずっと目の前にいたのに、知らなかったなんて本当に私は何も見ていなかったんだなと思う。

 

「金メダル持って帰って茜の首にかけるから」

「ええ? 私に? 恐れ多いよ」

「メダルってさ、貰っても棚に眠ってるだけで持ち腐れになっちゃうんだよね。だから私は大切な人たちの首にかけて回るって決めてるんだ。あなたのおかげで私は頑張れましたってね」

「でも私、香耶ちゃんになにもしてないよ……」


 一年生のときから同じクラスだったのにちゃんと話をし始めたのは最近だし、陸上部ってことを知っていたくらいだ。走高跳をしていることも、こんなにすごい実力があることも教えてもらうまで知らなかった。

 私がメダルを首にかけてもらえるようなことはなにもしていない。


「気づいてなかったと思うけど、私、一年のころからずっと茜と友達になりたかったんだよね」

「そうだったの?!」

「茜は人が苦手なのかなって遠慮してたけど、この前東堂先輩と話してるとこを見て大丈夫かもって思って声かけたんだ」


 香耶ちゃんは明るくて誰とでも分け隔てなく接しているけれど、どこかのグループにいるというわけでもなかった。

 放課後はすぐに部活に行って、クラスの子たちと遊びに行っているところも見たことはなかったけれど、そんなに前から私と友達になりたいと思ってくれてたなんて。


「でもなんで私みたいな無愛想な人間と友達に?」

「茜を見てるとさ、なんか落ち着くんだよね。この子は人と関わるのが苦手なのかもしれないけど、なんにでも一生懸命で、丁寧で、ちゃんと周りに気を配ってる。絶対いい子だよなって思ってた」

「過大評価し過ぎじゃない?」

「仲良くなってからもっといいとことたくさん見つけたけど? 全部言おうか?」

「恥ずかしいからいいです……」


 香耶ちゃんはくすりと笑うと、食べ終えたお弁当を片付ける。

 そして鞄からおにぎりを取り出しラップを剥いて頬張りはじめた。

 彼女は細身だがよく食べる。やっぱり運動をしているとお腹がすくそうだ。


「そうだ、去年の体育祭のときにカレーパンくれたこと覚えてる?」

「覚えてるよ。私がパン食い競争で取ったカレーパンだよね」


 体育祭のとき、私は障害物競走に出た。運動が苦手というわけではないけれど、リレーとか、騎馬戦とか誰かと組んで出る競技は避けたかったから障害物競走を選んだけど、思っていた以上に大変だったんだよね。


 ネットをほふく前進してくぐり抜けて、跳び箱をとんで、平均台を歩いて、グルグルバットをして、最後にパン食い競争だった。

 目が回った後のパン食いは本当に過酷で、さらに背の低い私はひたすらジャンプしてパンをくわえようとしてもふらふらで全く届かず、おまけに着地も上手くいかずに何度も転んだ。

 やっとパンを取ってゴールできたときには土まみれで髪もぼさぼさ。

 そんなとき、香耶ちゃんが駆け寄ってきて、すごく褒めてくれたんだ。

 体操服についた土を払ってくれて、かっこよかった、最高だった、なんて言って。

 体育祭でテンション上がってるのかなって勝手に思ってたけど。


 その時に持っていたカレーパンをあげたんだよね。香耶ちゃんがよく購買で買って食べてたカレーパンだったから、よく覚えている。


「あの時『カレーパン好きだよね。よかったらあげる』って言ったよね? ほとんど話したこともなかったのになんで私がカレーパン好きなこと知ってるんだってびっくりしたんだよ。でも、気づいたんだよね。この子は周りをよく見てるんだなって」

「そうなのかな? 別に普通にしてるだけなんだけどな」

「その後も騎馬戦から帰ってきた四人グループの子たちが、みんな並んで座れるようにさっと場所移動してたよね。見てたよ」

「あれは……私なんかが邪魔になるといけないと思って」


 クラスのテントに並べられた椅子に、競技に出ていない人が入れ替わりで座っていた。ちょうど私が座っていた隣が三つ空いていて、私がいるせいで四人が座れなくなるのは申し訳なかったし、気付かずにもやっとされるのも、空けて欲しいとやり取りするのも面倒だなという気持ちで黙って場所を移動した。

 けっして親切心からというわけではない。


「ちゃんと状況を見て動けるってすごいことだと思うよ」

「ありがとう。香耶ちゃんもよく見てるね」

「茜のこと知りたいと思って見てただけだよ。私だったら絶対に移動なんてしてないしね」


 おにぎりを豪快に頬張りながら、カレーパンも食べたくなってきたなと呟く香耶ちゃんに、あの時パンをあげてよかったと思った。

 実はあげたあとに私がくわえたパンをあげるのは失礼だったかなって少し気にしてたんだよね。


「夏休み明けたら体育祭だね」

「茜、今年も障害物競走出ようよ。私もでるからさ」

「今年はいいよ。思ったより大変だったから……」

「先輩から聞いたんだけどさ、あれって毎年その時の実行委員がなにするか決めてるんだって。パン食い競争のパンが駅前のシャインのパンだったこともあるらしいよ」


 シャインといえば、開店前からすごい行列ができていて、午前中で全てのパンが売り切れてしまうという人気のパン屋さんだ。

 私はここのクロワッサンが好きで、以前はよく休みの日に並んで買っていた。

 最近はもう、わざわざ並んでまで買いに行こうという気にはなれていないけれど。


 そんな人気のパン屋さんで、体育祭の日の朝に誰が並んで買ったんだろう。

 気合い入ってるな。去年は購買で売っているパンだったのに。


「でも、今年が何になるかわからないよ。パン食い競争があるのかもわからないし」

「それが面白いんだよ! 縄跳びしながらグラウンド一周するだけの年もあったみたいだしね」

「すごい手抜きだね」

「ね、面白そうでしょ? 一緒に出ようよ」

「うん。わかった」


 気の早い話だけれど、先の楽しみがあるっていいことだなと感じた。

 

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