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第10話 約束

 それからあっという間にテストが始まり、五日間のテスト期間が終わった。


 苦手な教科は毎日先輩と勉強したかいがあって、いつもとは比べ物にならないくらいすらすらと問題が解けた。早く解けた分、見直す時間も十分にあって、小さなミスも減っていると思う。

 きっと、いい結果が返ってくるはず。


 こんなにテストの結果が楽しみなのは初めてだ。改めて先輩にお礼をしないとな。

 

 なんて考えながら久しぶりの屋上で、あの橋を眺める。

 以前は毎日のようにここに来ていたのに、来ないことの方が自然になっていた。

 先輩と下駄箱で落ち合って、場所を移動して一緒に勉強する。そんな日常を当たり前のように過ごしていた。


 夏美のことを忘れたわけではないのに、私の罪がなくなったわけではないのに、なぜか罪悪感が薄くなっているような気がする。


 それでも、屋上に来るとやっぱり自分の中の黒い感情が湧きあがってくる。


 このまま、私の罪が過去のものになってしまうのが怖い。

 夏美を置いてどんどん進んでいく自分が憎い。


 屋上に来てすぐに塔屋を覗いてみたけれど、先輩はいなかった。


 テスト期間も終わり、放課後の勉強も終わった。

 今日は『テストお疲れ様』とメッセージがきただけ。

 それが寂しいと感じてしまう。


 寂しいと感じた瞬間、先輩に会えるのではないかと期待していた自分に気づく。

 なにか約束しているわけでもないのに、ここにいるのではないかと思ってしまう。

 私は今日、どうして屋上に来たんだろう。

 以前とは違う理由があることに戸惑いを覚える。

 自分を戒めたいのに、先輩と一緒にいたいと思ってしまう私は、なんて矛盾しているんだろう。

 

 その時、ギイと重い扉の開く音がした。


「やっぱりここにいた」

「先輩……」

 

 その優しい笑顔を見るだけで安心してしまう。

 戸惑いなんてどこかへいってしまうほど、嬉しいと思ってしまう。


「テスト、どうだった?」

「おかげさまで、よく解けました」

「それはよかった」

「先輩は相変わらず余裕ですか?」

「そんなことないよ。いつもギリギリだから」


 そのギリギリというのは一位をキープするのがギリギリということだろうか。

 元々のレベルが違うよな。

 この前教室に来たときの周りの反応もそうだし、改めて先輩は私には到底届かない場所にいるんだと感じてしまう。

 すごく、遠い存在なんだと。


「もうすぐ夏休みですね」


 賭けは夏休みが終わるまで。

 夏休みになれば学校で顔を合わせることはなくなって、こうやってなんでもない時間を過ごすこともないんだろうな。


 先輩と出会って私は少しずつ変わってきていることは実感している。


 でも、心から笑うことはやっぱりできない。


 夏休みが終わって、賭けも終わったら、もう私たちはなんの関係もなくなるんだろうか。

 話すことも、会うこともなくなってしまうのだろうか。


「もし、テストの順位が上がってたらお礼に夏休みデートしてくれない?」

「絶対に順位は上がってると思いますけど……」

「じゃあ決定ね。約束だよ」

「……はい」


 デートという思わぬお誘いにドキリとした。


 どこに行こうかなぁ、と嬉しそうに呟く姿を見て私も嬉しくなったことは言わないでおく。

 先輩は私と同じようにフェンスを掴み、景色を眺める。


「ところでさ、いつもここでなに考えてるの?」

「前に話した親友のことですよ」

「まだ、自分のせいだって思ってるの?」

「そう簡単に自分を許すことなんてできませんから」

「それでも、茜はちゃんと自分の人生を生きるべきだよ」


 たとえ自分を許せなくても、私はこれから先、生きていかなければいけない。許せないからとなげやりになってしまうのは逃げているのと同じだろうか。私は本当に今のまま大人になっていくのだろうか。夏美は今の私を見てどう思うだろう。私のしたことを怒っているかもしれないけど、だからって、こんなうじうじしている姿は嫌がるだろうか。


 きっと、褒めてはくれないだろうな。


 最近、夏美のことと自分のことに冷静に向き合うことができるようになっている気がする。

 許されてもいいなんて都合のいいことは思わないけど、夏美に褒められる自分でありたいと思う。


「私、どうしたらいいですかね?」

「前向きになってきた?」

「後ろ向きではいけないのかなって」

「たとえ後ろを向いてたって、前にしか進まないんだよ」

「なんか難しいこと言いますね」


 わかっている。過去に戻ることなんてできない。進むのは未来へだけ。

 今の私は過去ばかり見て、先に広がっていく未来を見ていない。

 だから、進む道が見えずに見失ってしまうんだ。


「わからなかったら、僕についてきてよ。後悔はさせないから」

「頼もしいですね」

 

 先輩は指を組んで大きく伸びをすると、楽しみだねと微笑む。

 私は小さく頷いた。


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