第六章:観測者、再び
神を望んだのは、人か、彼女自身か。
否応なく崇められる存在となったミナは、もう「普通の少女」ではいられない。
第6章では、ミナがついに“神の器”として立たされる瞬間が描かれます。
それは祝福ではなく、呪いにも似た運命の始まり――。
彼女の周囲には、信徒たちの信仰が積み重なり、教団という枠組みが形を成してゆきます。
けれど、その渦中にいるミナは、ただ静かに思うのです。
「兄さまがいたら、なんて言っただろう」と。
この章は、彼女が“選ばれてしまった者”として歩み始める物語の転機です。
その先にあるものを知っている読者も、まだ知らぬ読者も、
どうか、彼女の孤独と小さな祈りに、耳を傾けてください。
時間も、歴史も、感情さえも届かない場所に、ひとつの意識が存在していた。
名を、優斗という。
それは「死んだはずの兄」の魂。
だが今、彼は“観測者”――この世界のあらゆる時、あらゆる人間を“見るだけ”の存在だった。
それは罰だった。
妹を救えず、世界を狂わせ、神とした罪。
その果てに、彼は“観測者”という罰を受けた。
すべての世界線、すべてのミナを――見届ける役割。
干渉はできない。ただ、見るだけ。
助けたくても、手を伸ばせば“記録”が乱れ、罰が重くなる。
ミナが泣いていたときも、
ミナが神になったときも、
ミナが人に拒絶され、神殿の頂から消えたときも――
優斗は、ただ見ているしかなかった。
「……もう、いいだろ。罰は……十分すぎる」
彼の言葉に、答えるものはない。
この無の空間には、彼と沈黙しかいない。
だが、彼はある“異変”に気づく。
――ミナという存在の記録が完全に抹消されている。
神殿から。信仰から。人々の記憶から。歴史からすら。
「……まさか。監督者……?」
観測者に罰を与えた上位存在、“監督者”。
その力が、記録ごと妹の存在を――消した。
それはただの死ではなかった。
存在の否定。
愛した者の、完全な喪失。
「……もう、無理だ。俺は……俺だけでも、もう助かればいい。もう、ミナなんて……どうでもいい……」
崩れる感情。壊れる論理。
観測者という存在の枠がひび割れていく。
「もういい……もう……疲れたんだ……」
彼は、観測者の力を自ら捨て、何もない空間へと沈んでいく。
誰もいない、記録もない、全ての記憶すら届かない“真の無”へ。
そこで、かつて妹だったもの――歪み、穢れ、憎しみに満ちた“残骸”が現れる。
笑っていた。泣いていた。壊れていた。
それは幸せを願っていた。
「……ああ、もう。もう十分だ」
優斗は残像を抱きしめ――そして、静かに“殺した”。
その瞬間、彼は本当に「一人」になった。
この先、誰もいない。何もない。永遠の、孤独。
だが、それこそが彼の望んだ“救い”だったのかもしれない。
ミナは“神”として人々に祀られ、その祈りの中で孤独を深めていきます。
それは救いであり、同時に逃れられない運命でもありました。
けれど――彼女が見上げた空の向こうには、
まだ観測されぬ世界を見つめる「監督者」の気配が静かに潜んでいます。
すべてを見届ける者と、すべてを背負わされた者。
二人の兄妹の物語は、ここでいったん幕を下ろします。