長男
「……はぁ〜〜シアワセ。」
うっとりした、多分アホみたいな顔で部屋のドアを静かに閉めて私は独り言た。何もかもが上手くいく予感なんて味わったことは無かった。今が一番だ。人生で最高な時間を異世界で経験してしまった。すべて私の要求通りに周りの人々が動いてくれる。こんなの、小さい頃に親戚のお婆ちゃんちに行った時以来かも。ご飯食べてお風呂使わせて貰って、いやこれくらいは当たり前に現代世界でも与えられていたけれど、ほんの数日が久しぶりに思えてしまう。日本の生活水準て最高に贅沢だ。ウチはド田舎だから不便だと思っていたのに。ナンダカンダやっぱり恵まれていたんだなぁ。
驚いたのは頭から足先までコミコミ3セットも着替えの服を用意してくれたリッカ少女だ。何と防寒着まで付けてくれた。なんていいひと、いい娘!
助かる〜。オシャレ好きなのかな?
お願いした通りの動きやすい洋服。更にデザインが充実している。そういえば社長令嬢だったのだ。なのに家業を手伝っているなんて、"近所で評判の出来た娘さん"とか"初々しい看板娘さん"とか言われるやつやん。
私としては、なんかヨクワカランいい服着てるより清潔な服を着回せる方が断然ありがたい。着ていた服は、なんの未練も無くリッカ少女に手渡した。服も良い物だし紐留めが更に価値があるとか興奮気味に言っていたのだが、この世界の美的センスはよく解らない。他人に渡したものに興味も無いので、ろくに聞いていなかった。
偉大な雷の竜は毛布の上で寛いでいた。私もこうして動きやすい身なりが整えば、思う存分リラックスしてベッドに転がれるというものだ。ナクタ少年の荷物も引き揚げて貰ったから広々と使える。
ただ、ズボンの中で魔石を結ぶのは外見が変になるのでズボンのポケットに入れている。簡単には落ちないくらいには深いから大丈夫だとは思うけれど、竜といる時は常に手をポケットに入れる必要が出来てしまった。
さて……聞くことは山程ある。
「ライトニングさん、いろいろ聞きたい事が、
……結構たくさんあるんだけど、いい?」
「ええ。どうぞ。」
雷の竜は変わらず落ち着いた美ボイスで静かに答えた。私も何もなかったように隣に座る。前の会話を気にしたところで杞憂であるのはわかっていた。友人を疑わず裏切らない知性は自ら上手く計らってくれる。私は何も考えなくていいのだ。
そこがやっぱり恐いところなんだけど。
ライトニングさんと一緒に確認したミズアドラス自治領主の長男、ラダ=リー=グラさんの話は大まかに以下のような内容だった。
まずは私達がグラ家にやって来た日のことを話してくれた。これは特に難しい話でも無かったから良く覚えている。その後、私が実は何も知らないとは知らないラダさんは、おそらく大魔女様の前ということで聖殿や魔術の話をしてくれたのだが、この辺りから記憶があやふやだ。ライトニングさんを頼らないと、きちんと思い出すことは不可能だった。ただ所々で毒を吐いていたことは確かに私も覚えている。
ラダさんは子供の頃から領主様の家系の仕事を手伝ってきた。自分と妹のルビさんには水の竜の祝福が与えられ、聖殿での役職は聖殿長補佐であり、聖職者の魔法(おそらくお呪いのこと)が使える。
三竜大戦の頃から領主の家系に残されている伝統的な魔法の中の一つに鏡を顕現する魔術というものがあり、領主家の秘技として神聖な儀式の際に使われる。奥方様はその魔術と儀式についての考え方に否定的で理解がなく、伝統そのものを軽視しており傲慢であるという意見も出ていて、妹のルビさんにも反発されている。それだけでなく、奥方様は何の職務も与えられていないのに、魔法の実力と民衆の人気を武器に水の竜の聖殿にも影響を及ぼしている。そのためになくても良い対立も生まれており、自分達兄妹には不安材料でしかない。
伝統と信仰の重要さを解らないのではミズアドラス領主の奥方様としては、まだまだ前途多難だろうと考えている。
…そんなこと言ってたな。ユイマの知識のおかげで少しは解る。ここまでなら。
但しここから先は無理だった。なんか昔の話みたいだし出てくる単語も何語か解らないや、と思って、きちんと聞くことすら諦めたのだ。つまりほぼライトニングさんの記憶そのままである。
ジゼル=フロブラという元聖殿長は、?????(リーベウ・ドゥシャウズ:武装集団)の侵入を許して辞職したにも関わらず、聖騎士団員や聖職者との癒着が強固であり、影から実権を握り続けた。現職の聖殿長も彼の息のかかった者の一人であり、聖騎士団長もこれには良い顔をしていない。
現聖殿長は前聖殿長の補佐であった時に大魔女様と魔石が失われていることを公にした人物である。
もう二十年近く前の事で、これについての報告を領主様が認められたことが自分には不信の元となった。
グラ家の一族であるナリナ=ニア=グラ前聖殿長は、次代への変革のひとつとして上位聖職者時代から???(エウローニク:既存の人工結界の呼称)を元とする????(エウロスクハーヴァ:当時の試作結界の呼称)に着手し、完成を目指して創り上げようとしていた。それは事実だ。しかし現聖殿長は元聖殿長と結託し情報を工作して、そのテスト中に大魔女さまが魔石を持ち出されたとして責任を押し付けた。
上位聖職者時代の事であり、水の竜の結界が破られる前の話なのだから????(エウロスクハーヴァ:試作結界)はその中で張られたもののはずである。当時子供だった自分は悔しい思いをした。詳細な記録は残っていないが、水の竜の結界に何らかの影響を与えたなどという因果関係は今の自分の知識を以てしても考えられない。明らかにナリナ=ニア前聖殿長にすべてを背負わせて聖殿を去らせようという企みだ。大魔女様と魔石を失ったとすれば、?????(リーベウ・ドゥシャウズ:武装集団)に侵入された時以外に有り得ない。
ところが事実の公表後にジゼル=フロブラ元聖殿長は、自分の在任期間中に既に大魔女様と魔石は失われていたのだと証言するスキャンダルを巻き起こしたのだ。結界の技術を推し進める為に報告しなかったと、もっともらしい事を言い始めた。
今となっては確たる証拠とはならないが、何処からか技術者の見解とされる情報が持ち出され、証言する者が他にも現れた。元聖殿長の協力者であろう。前聖殿長は自らの失態を隠蔽したとされ、その事の重大さから辞任後は領国内からの退去を余儀なくされた。
前聖殿長には確かに不祥事を公表する機会はあった。しかし自らの思惑で隠蔽出来るほどの力があったのなら、こんな事にはならないはずだ。なぜあのタイミングで突然公表されたのか。
現聖殿長の背後には元聖殿長が在る。例え彼等の主張の通りだとしても、その時の責任者たる聖殿長はフロブラ元聖殿長自身である。辞任して関係がないのを良い事に、現職の人物に働き掛けて事実を曲げ、不祥事を誤魔化し、ついでのように前聖殿長を引きずり落としたのだ。あまりに残酷であり、更には民衆を馬鹿にしている。
領主様はナリナ=ニア前聖殿長を推薦した立場であるし、味方をしたはずだが、最終的には聖殿が極端な変革を行おうとして民衆の信頼を失ったとして、その責任を前聖殿長が背負う事になった。前聖殿長がグラ家の一族であることに根強く反発する民衆の声も決して小さなものではなかった為に、交代は迅速に行われた。
後は、領主様に対してはそれでも尊敬の念があることと奥方様への愚痴みたいな事がつらつらと出て来た。長い話と言っても、最後の方は流石に少し覚えている。
領主様も奥方様も見て見ぬふりをされている。ただ聖殿からの報告を丸呑みにされるばかりだ。
自分はナリナ=ニア前聖殿長の名誉のためにも出来ることをしたいと考えている。雷の竜の君とその大魔女様には、私達に偉大なる力の後押しを授けたまえるよう、お願いしたい。
奥方様は聖竜たる雷の竜の君と大魔女様については自分より詳しく深く理解しているから、大人しく従ったが、この地の魔法のレベルに慣れてきたせいか大胆な事を為されてしまった。しかし私達に敵意はなく、心から御二方の幸運と平安をお祈り申し上げる。
………………ヤバイ話聞いてない?
周知の事実なのだろうか。私は難しい話などほとんど覚えていなかったが、それでも本人の様子がおかしいとか、破滅を望む人の振る舞いではなかったと記憶している。
何よりこれは竜の前で話した事であり、(ラダさんの認識として)嘘ではないのだ。私達は尋ねていない事だから、ここまで詳しく話したのは意図がある。ていうか、これ以上無い告発だろう。
これから何かをやろうとしている事は、
ゴリゴリにわかるな…。ちゃんと聞いてれば…、
いやでも、まさか直後にとは思わんて…。
グラ家でパロマさんが言っていた"子供達がやった"という領主様の言葉が本当なら、巻き込む事になる私達に前もって告知したようにも思える。
どんな理由があろうとテロはテロ。つまり私達は面と向かってテロ予告(匂わせ)とも取れる犯行声明を貰ったようなものだということになる。怖。怖いだけでなく責任も感じてしまうのでパロマさんの聞き違いか領主様の勘違いであって欲しい。
ここまで聞いてしまっている事を、
誰かに話すべきか?……いや無理、怖いし。
ラダさんは多分話して欲しいんだろうな…。
でも、そこまで望むのも変な話じゃないか?
……変な話……だよなぁ?………どうしよう……。
いろいろと思うところはあるけれどとりあえず、内容が共有出来てホッとした。
記憶なんて当てにならない。何より簡単には信じて貰えないものだ。自分の事すら上手く伝えられないのに他人のことなんか正確に話せる気がしない。
ラダさんの目的は何なんだろう……。




