無駄
これは少しだけ時間を戻した過去。
偉大なる雷の竜が眠るのではなく目を閉じようとする頃、羽虫のひらめくような影を映すランタンの灯りを少年が消そうとした時、ベッドの上の魔女が寝息を立てていると窓の外の闇の何処かから真夜中を告げる柱時計の音が聞こえてきた、その日の終わり。
「…………。」
少年が気遣ってドアに近寄ると動きが通じたかのように急いでノックする音が竜の耳にも届いた。
「…今消すとこだったから、暗いよ。」
灯りが消えてしまう前に部屋のドアが内から開かれた。
「話しがある。来てくれる?」
慎重な、少女の声がする。
少年は言われるままに扉の向こうに出ると後ろ手でドアを閉め、偉大な雷の竜は魔女の隣で丸まったまま目を閉じた。
「話聞いた。旅行者の人がいるんでしょ?
もう寝ちゃった?」
「うん。寝てると思う。」
「気を付けた方がいいかも。」
「何を?」
「領主家の別邸で放火による火事があって、
犯人が逃げてるって報せがあった。」
「………。関係ないと思う。」
「ハッキリしてないけど、領主家の人達と、
政治関係の人が何人か巻き込まれたって。」
「ふぅん。」
「怪しまないの?」
「…怪しい事したら、怪しむ。」
「それじゃ困る。」
「別に俺は困らない。ウズラ亭が困るのなら、
女将さんかフレイミさんが言うだろ?」
「…………。一応聞くけど、
ナンパしたんじゃないよね?」
「は!?」
「…違うならいい。」
「何考えてんの?」
「こんな部屋に泊まりたがるなんて、
よっぽど訳ありにしか思えない…。」
「俺の客じゃない。ニョルズに通すんだよ。」
「…………。」
「何?」
「ミズアドラスで魔法が使えて、
こんなところでウロウロしてるって、
どこのお嬢様…?不審に思わない?」
「観光客なんか珍しくないだろ?」
「観光で来たなら余計にこんなとこ…。」
「ああ…、金持って無いんだって。」
「観光で来たのに?」
「失くしたらしいけど、盗まれたんだろ。
でなきゃ、それこそこんなとこ、
泊まろうとしないよ。女の人だしさ。」
「…………。うん。…珍しいね。人助け。」.
「助けたわけじゃないけど、何?悪かった?」
「……いや、もういい。」
「?」
「忘れて。全部。いいから。」
「…あのさ、お前がどう考えてても、
あの魔法使いの姉さんを追い出す理由は、
俺にはないからな。」
「……まるで一目惚れでもしたみたいだね。」
「はぁ!?」
「疑ったのが馬鹿みたい。」
「……俺が馬鹿ってこと?」
「もう、いいよ。要は気に入ってるんでしょ?
だったら何言っても無駄だもんね?」
「なんて??」
「じゃあね!おやすみ!」
足早に階段を降りる音がウズラ亭に響いた。普段は大きな物音を立てない少女には珍しい事だ。
少年は部屋に戻ると壁にかけたランタンを完全に消した。多少は夜目の効く視力で、どさりと置かれたリュックの中に小袋を捉え、中身の手応えを確かめる。その手でリュックを小突いた。
「……勝手な事ばっか…。」
話は解らないでもない。それでも一方的に決めつけられたと感じていた。こちらの話を聞かない勝手な態度が腹立たしいのと純粋に悲しいのとが混ざってむしゃくしゃする。見知らぬ存在が不安にさせたのだろうとは考えたが、少なくとも今の少年にはすんなりと受け入れて許せるものでは無かった。
しゃがみ込んで床の上に横になる前にドアに鍵を掛けておくべきか迷ったが、少女の話を聞いたからには万が一の緊急時を考えて、念の為やめておくことにした。




