少女
……手伝って貰ったのかな、コレ。
これからの経路にも関わるかもしれない。イド氏の忠告について考えを纏めておかないといけないということか…。
私の、決めていいこと……なんだ、よね?
自信がなくてライトニングさんの方を伺ってしまう。ついさっき自分から離れて行ったのに気まずい、と言うか情けない。私というヤツは…。
「少年が戻るのは夜になるかもしれません。
これ以上遅いと出発は明日がいいのでは?」
竜がもっともな提案をしてくる。ナンダカンダ話しているうちに、もう日も傾いてきていた。
「…でも、この部屋使わせてくれるかな?」
ナクタ少年が来ない事よりウズラ亭に迷惑をかけていないかが気がかりだ。
「聞いてこようか。そろそろ酒場の方もさ、
仕込みとかで人がいると思うし。」
「一人で大丈夫ですか?」
「ナクタくんの知り合いって言えば、
わかるんじゃない?……多分。」
「わかりました。気を付けて。」
バタンと扉を閉めるのと竜の気遣いの言葉は同時だった。今はあまり竜と話しをしたくない。
私は結局、自分自身のことを何も考えていなかった。他人に合わせて立場を決めていただけで、自分のことを自身で背負うという当たり前の事をしてこなかったのだ。私に言わせれば、それは結果なのだけど、やってきていないことに変わりはない。せめてもの救いがあるとすれば、それが心から恥ずかしいと思えることだと思う。
決められないとイド氏にからかわれていたナクタ少年の気持ちが分かる。私は何も知らないのだ。それでもこうして、何も知らない事は知ることになった。こんなことを繰り返したら、自分で何かを決める事が怖くなるのは自然なことだと思う。また言い訳にしかならないけれど。
ウズラ亭の酒場には、やはり人が居た。そろそろ色付いてくる夕刻の陽を浴びてカウンター席に腰掛けていたのは、リッカ少女だ。
絵になるなぁ……。
思わず見惚れる程に着こなしたシワのないクラシックなブラウスの上に深碧色のワンピースを身に付けた姿で、やはりママさんの貫禄を漂わす虎のガーディードの少女は、芋のような野菜?の皮むきの仕事をしながら折り畳まれた薄い本をテーブルに置いてチラチラと横目で見ている。酒場に続く通路で既に私に気付き、暫くまじまじと観察されてしまったが、なんでもないようにまた作業に戻った。
「こっちに来ないで下さい。」
近寄ろうとして、突然、制止された。
嫌われてる!?
いや、当たり前か。リッカ少女はマイヤールさんの娘であり、マイヤールさんの認識として私はド変態ド外道の自称大魔女なわけだから話を聞いているのなら何の不思議もない。
牽制されて当然だ…。悲しいけど、当然だ…。
「今、片付けますから。
ナイフとか、危ないから来ないで下さい。」
「あ、いいですよ。そのままで。」
「……?不用心じゃないですか。
刃物が怖くないんですか?……あ、そうか。
私、虎のガーディードなんですよ。」
ん?…ああ、そういうことか。
「虎の人って、怖がられるんですか?
私まだこの地域に慣れてなくて。」
リッカ少女は私の言葉に軽く驚いたようだった。
「………本当に、大魔女様、なんですか?」
「雷の竜と雷光の大魔女と呼ばれるもの、
だと聞いてます。その、雷の竜から。」
正確にはちょっと違うけれど、まぁだいたい合ってるし、グラ家の話なんか出来ないから省略させて貰う。
「……雷光の大魔女様。恐れ多いことですが、
虎のガーディードは、はしゃぐことがあって。
たまに、ですけど。
周りに気に入らないものがあると、
投げ付けたり跳ね除けたりしてしまうんです。」
「…ああ……それで、ナイフが危ないって…。」
「基本は、武器になる物を持っていると、
手をそこから離してって言われちゃうんです。
こっちも怖いから、言われる前にそうします。」
結構クセがあるんだな、ガーディードって。
「ええと…、そのままでいいです。
聞きたい事があるだけだから。ここから、
少し会話するだけでいいですから。」
「なんですか?」
「今、使わせて貰ってる部屋を、
もう一晩使いたいんですけど、駄目ですか?」
一瞬動きが止まった少女は、今度は思い切り驚いて、急に"本当に?"とタメ口の呟きを放った。
「え…あの…大魔女様ですよね?
そんなのいつまででも。どうぞ、どうぞ。
その…買いに来た方かと思ってたから、
遠ざけてしまって、ごめんなさい。」
……やっぱり誤解されとるて。
ナクタ少年、すげー大人な世界にいるな。
けど、急に態度が変わったのはなんでだろ?
イド氏が監視しているわけだから少年自身は安心しているのかもしれないが、リッカ少女は知らないのだろう。子供を買いに来た方と同じ部屋で寝泊まりしているからには、ここはハッキリ否定しないと少年の名誉に関わる。
私も何も考え無かったわけじゃない。それでもド変態ド外道なんてそうそうリアルで見るものではないし、他人はすぐにそういう思考に走ると決めつけるものでもないよね、とか無理やりに考えを逸らしていた。自分が買いに来た方にしか見えない現実から逃避する為に再び私の顔には必死の似非アルカイックスマイルが貼り付けられる。
「断じてそういう方では、ありません。
あの…さっきの話は嘘なんですか?」
「いえ。本当ですけど、古い作法だから、
皆ほとんど気にしてないです。
そんな原始的な衝動を抑えられないのは、
昔の人だけですよ。
なんだ。本当に……失礼しちゃいましたね。」
わ…かわい〜〜〜〜!
何を隠そう私はギャップに弱い。凛としてカッコイイ女子が少し低音の温かく太く響く声でもって"失礼しちゃいましたね"ときたら、うっ、と呻いて胸に手を当て、その場に倒れ込むしかない。
どんな娘なんだろう。こっちは話せることなんか禄にないのに話しかけて良いものか。上手く話してくれるだろうか…。大魔女様の肩書に甘えるのは良くないけれど…とりあえずもう少し近くに寄ってみてもよろしいでしょうかね。




