歴史
まだ夕方と呼ぶには早い時間に外が騒がしくなってきた。ナクタ少年が戻って来る前に憲兵がウズラ亭の中まで見回りに来たのだ。数は解らないが複数人が鎧や武器を携帯しているらしくてガシャガシャと金属のカチ合う音が二階の部屋まで聞こえてくる。来るなり名乗りの声が大きいから、せっかく良く眠れていたのに驚いて目が覚めてしまった。すぐにそれどころじゃないと察しはついたし、何かの疑いがかかっているのかとハラハラしていたが、ウズラ亭には怪しいところは無いという判断だったらしくて、すぐに隣の建物に移動したようだった。
…看板は呑み屋だからかな?
意味は無いのかもしれないけど、目を覚ましたままの姿勢で息を殺していた私は、その腕に身体を抱えられて翼を伸ばしている雷の竜にヒソヒソ声で訊いてみた。
「ライトニングさんて、バレないの?」
「貴方の持っていた精霊布が近くにあれば、
すぐに所在はわかってしまいます。」
「迷惑かかるよ。」
「自らに結界を張ればいいだけのことです。」
ちゃんと対策してたのか。全然わからなかった。
「あれ?でもなんでイドさんはわかったの?」
「精霊布は魔力が生きています。狼もそうです。
探ろうとすれば結界の反応に気付くものです。」
「あ〜、隠れられるだけか。」
……知ってたな?二度目だぞ?いい加減に、
プライバシーという言葉を覚えようか、
偉大なる雷の竜様。
「正確にはこの世界の結界とは違うものです。
異常な反応になってしまいますから、
気付かれれば驚くでしょうね。」
最初に会った時の精霊布の七色反応を思い出した。アカン。とんでもないのがいるって、即バレる。
「……イドさんに見られてるのは知ってたんだ?」
「羽虫がそうでしょう。
吸血族と相性の良い魔法具です。」
「魔法具!?」
「あれは死体です。ネクロマンサーなどが、
よく使う魔法媒体ですが吸血族も古来より、
虫とは縁があり、身近なものです。」
「死体使って、何処かで情報受け取るの?」
「死者の体を借りるという魔術があるのです。
使い魔や精霊などを宿すのが一般的ですが、
吸血族は自らが魔の凝りですから、
上手く使えば応用が出来るのです。」
「…よく解んないけど、吸血族の自分に合った、
マニアックな使い方をしたってこと?」
「ええ、そういうことです。
自らは眠った状態になり、その間の
意識の一部を乗り移す高度な魔法です。」
駄目だろ。ただの覗きジジイじゃん。
ぶっ叩いてやれば良かったわ。
「その虫潰したら術者はどうなるの?」
「目が覚めます。」
「そんだけ?なんか、ダメージがあるとか、
本人には反映されないの?」
「ありません。借りたものを返す事は、
魔法の理として難しいことではないのです。」
都合いいな、ネクロマンサー系の魔法。
まあ、死体を勝手に使う時点でそうだけど。
「……教えてくれても良かったじゃん。虫。」
「あの場所はそういう処なのでしょう。
少年も知っていると思いますよ。」
「…………酷い。」
そろそろいいかなと思って身体を起こすと、竜も翼を動かして折り目正しく仕舞い込んだ。なんで翼を開いていたのか不思議だったのだけど、窓からの直射日光を遮ってくれていたみたいだ。優しい。これは惚れるわ。腹立つ事が無かったことになる訳では無いけども。
「……イドさんて、やっぱり凄い人なんだね。」
「自分と比較していますね?
世界にはいくらでもいます。ただ、狼は、
扱う魔法が尖っているとは思います。」
素直に感想を述べる竜にジワる。
こういうトコは結構好きかもな…。
勿論男女としてではなく。だってそもそもどっちかわかんないから。どっちでもないから好きなのかもしれない。気兼ねなく近寄れて、遠慮なく振る舞える。いいとこ取りで最高じゃないか。
イケボだからって男とは限らないし!
カッコイイはメンズの特権ではない。そうだ、有りだ。せっかく好きだと言ってくれたヒトなのだから、出来れば仲良くなりたい。我ながら単純、でも良かった。やっていけそうな気がする。
「代わりが居ないと手伝い出来ないって、
ハッキリ言われちゃったけど、どうするの?」
「断られたのですから、それで良いでしょう。」
「え?付いて来て貰うんじゃないの!?」
「手伝いとは同行することだと考えたのですか。
…そうですね。そうとも取れますが、
少年とは違う役割の事も有るのですよ。」
「反応見ないとわかんないの?」
「我々は魂を操れる訳ではありません。
新たな歴史を創ることは出来ないのです。
様々な重なりから生まれる危機を知り、
事象として確かなものとそれ以外に分けて、
少し動かしてみることで変化を望むのみです。」
「……ふ〜ん。そうなんだ…。」
偉そうに語られましても。実際どういう事なんだか。言葉だけならなんとなく理解出来るけど、大事なところが解ってないんだろうなと自分でも思う。
我々は出来ない……。動かしてみる……。
人を納得させられるのは大魔女……。
変化を望むのみ………。
「……ん?………出来ない?
竜には出来ないとしても、私なら出来るの?」
「…そうですね。」
「その為の大魔女?」
「…その通りです。」
「例えばうっかり、竜が歴史を創っちゃったら、
その場合ライトニングさんはどうなるの?
出来ないはずの事をしてしまったら、
……この世界では無かった事になるの?」
「我々は帰還してやり直す事が出来ます。」
「大魔女は違うよね?炎嵐と清流の二人は、
それを知ってた…?……いやでもさ、
竜がいるってかなり効果大きいんじゃない?
それは創ったことにならないの?ナンデ??」
「我らの王の判断です。」
「ええ〜?さじ加減じゃない?そんなの。
………あ、でも、竜の力って普通知らないな。
……てか判定が微妙な時はどうなるの?
魂は操れないって言ったけど、鋼の竜は?
首脳陣を洗脳したとか言われてるよね?」
「…仔細は私にもわかりません。
力を示しただけで翻る可能性もありますが…。」
「火と水の竜は残った…。見張りのため…。
炎嵐と清流の大魔女が歴史を創って……、
やり直す必要がない方向に出来たから?
……あ、そうか、鋼の竜は帰還したのか。
そうすると……歴史からは、
冥闇の大魔女は消えなくてはいけなかった?」
「…そうでしょうね。」
「大魔女は、その時はこの世界の人で……、
鋼の竜がしたことは、やり直す必要があって、
……でも無かった事には出来ないってこと…?」
「その通りです。」
「結局、冥闇の大魔女は……どうなったんだろ。
……あれ?火と水の竜は全部知ってるよね?
竜は繋がってるんだから。………あ。
炎嵐と清流には言えないか。敵だったし。
だから……、知らないんだ。調和とってるって。
……でも、だとすると変だな。鋼もでしょ?
冥闇の大魔女はなんでそこまでしたんだろ?」
「………。どうしてでしょう。」
相変わらず、この辺りの話はとぼけるんだ…。
「…………とりあえず、おそらくだけど、
この世界に残された大魔女は……、
帰還した竜の責任を負わされる…。
炎嵐と清流はそう考えたから……だから、
大魔女は、死ぬまで謎のままってこと?」
「………。なるほど。」
「いや、なるほどじゃなくて。」
もしかして私は長々とアホ推理を語らされてしまったのだろうか。
てか良く考えたら、歴史は創らないけど動かすって、そもそも我儘じゃない?




