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獣化


 偉大な雷の竜は、私の想像の通りにベッドの上で目を閉じて丸くなっていた。ノックをしてもドアが開いても素知らぬ振りでぴくりとも動かない。

「…起きてる?」


声を掛けるとようやく目を開け、顔を上げた。


「待ちましたよ。何かありましたか。」


ちょっと不満そうに聞こえる。悪いけどめっちゃ癒される。不満気なイケボは最高の好物です。

 はぁ〜〜〜〜部屋に帰ったら、

 美ボイスが待ってる……これだけは天国…。

自分が変態なのは間違っていないかもしれない。感情が込められて聞こえるのは耳が鍛えられたんだろうか。いや心の声だから感覚とか感性……妄想かもしれないな。

とにかく早く横になって寝転がりたくて靴をポイポイ捨てて竜のすぐ横に倒れ込んだ。深く息を吐いてから、やっとで身体を回転させ仰向けになる。しばしの放心の後にゆっくりと報告事項を思い出していった。

「ん〜〜〜〜とぉ〜〜………。あの彫刻家の子、

 ナクタくんが一緒についてくるってさ。

 …あ、そういやウィノくんて子に見せるって、

 言ってたのに……後で聞いとこ……。」


「ファルーの子達ですね。」


「そうそう。とりあえず会わないと。

 …あと、凄く大事なお願いがあるんだけど。」


「どうぞ。」


「吸血族が一人、呪いにかかってて、

 解いてあげて欲しい。…出来れば今から。」


「ええ。」


「!よかった!」

起き上がる元気はないから、手指の背で軽くぽんぽんとベッドを叩いて喜びを表現してみた。讃えたつもりなんだけど、竜に解ってもらえたかはわからない。

あれだけ強気で言ったのに、出来なかったらどうしようかと思っていたのだ。雷の竜様本気でありがたい。単純に信じるだけでなんとかなることあるんだな。成程、神だ。この竜は。

「……あ。階段降りて地下まで行かないと。

 お店の人驚くかな……。いっか。

 私が抱えてく。なら大丈夫でしょ。」


「魔女の良いように。」


「…………やっぱり、"魔女"って変じゃない?

 ピンとこないし紛らわしいしさぁ。

 ちゃんとユイマって名前があるのに。」


「魔女の名前はユイマではないでしょう。」


「………………。」

そうだ。そうだけど、この世界でその事実を知るのは、この竜だけだ。

「なんかさ、名前付けてよ。」


「その名が好きになれるように願っています。」


「は?何で?」


「その前提であれば貴方はユイマでいる方が、

 分かり易くて便利でしょう。」


「………じゃ、それで。」

 面倒くさッ。

さっきまで堅苦しいところに居た反動のせいか、な〜〜ンにも考えたくない。拒む為に目を閉じて、結果的に変に甘えた態度になってしまうのが、さすがにちょっと恥ずかしいなとは思う。

 けどもう限界……疲っっかれたぁ〜〜〜。

 眠い…さっきまで寝てたけどもう眠い……。

 今だけちょっとだけ寝たいぃ〜〜〜。

 はぁ〜〜〜駄目かなぁ〜〜。

 放っといたらイド氏死んじゃうかなぁ〜?

 …………………。

腹筋をフルに使って飛び起きた。チカチカする視界の中で真顔のまま竜を見、あ、竜は知らないか、と思い直して記憶をたどる。

 お爺ちゃん、弱ってるんだった…!

 狸寝入り…あれ、しんどかったんじゃない…?

無言のまま靴を拾い集めて足を入れ、丸いままの竜をひっ掴んで風呂敷を巻くと、さっさと部屋から出て急な階段をコケないようにゆっくり降りた。



 地下には一匹のでっかい狼がいた。呪いで戻れないという状態のようだった。ヤバイ。マズイ。本来は奥の部屋から魔法陣を使って呼んで貰うところを、反応がないから焦って無理やり竜の力で飛び越えたのだ。見られたいものではないとしたら、酷く傲慢で無礼な事をしでかしてしまった。

狼は魔法陣だらけの例の部屋で鷹揚に伏して長い尻尾をサラリと揺らしただけで私達の来訪に驚きも怒りもしなかった。何もしてこない。ただ床に寝そべっている。

ローブを着ていたので尻尾が見えなかったイド氏の毛並みは意外にも滑らかで美しい。正直、中身がお爺ちゃんかオッサンとは知らない方がよかった。白からベージュに近い毛色の軟かい見た目では、ほとんど巨大な白い犬に見える。

「勝手にごめんなさい。入れなくて。

 イドさん、ですよね。話せますか?」


尻尾が揺れた。話せないようだ。

「呪い、解いて貰います。

 そっち近づきます。いいですか?」


狼はようやく頭を擡げて一声、掠れ声で吠えた。私の顔の横に浮いている竜を視界に捉えて、じっと見つめている。その二つの澄み切った眼光は見るものに恐れを抱かせる、確かに狼のものだった。


「獣は嘘をつかないとは言えませんよ。」


竜の言葉はイド氏に向けたものだろうか?心の声は本当に便利なんだけど、広く聞こえてしまうから対象がわかりにくいのが欠点だ。

イマイチその意味は不明だが、狼はそろりと起き上がると目を閉じて頭を垂れ、礼儀正しく俯いているように見える。


「あ、待って。服着てなくて大丈夫?」

お爺ちゃん…オッサンの裸なんか絶対見たくない。どっちだろうが駄目だ。断固御免被る。


「事前の状態はわかりませんが、

 獣化を解かなければいいでしょう。」


「それは病気の症状だって…。だから、

 呪いでしょ?それを解くんだから…。」


「いいえ。それは間違っています。」


「え?ナクタくんが言ってたのに?」


「事情は知りませんが、虚偽は虚偽です。

 …おそらく少年に関わる何者かが、

 獣化を忌むべきと考えたのでしょう。

 未熟なガーディードの完全獣化は危険です。

 制御も必要ですから社会の中では難しく、

 幼体は避けた方がいいのは本当です。

 魔力を操る事が上手く出来ないと、

 人のかたちに戻れなくなります。」


「……え、これ、魔力でこうなってるの!?」


「ガーディードは、

 獣化という魔の現象を特徴とする、

 元々は野生の魔的生物です。

 幻獣ほど唯一無二の存在ではありませんが、

 獣人ほど無害でもない。

 この世界の魔法使いの間では、

 人格を有する魔獣と捉えられています。」


「…はぁ!?!?

 え、ちょっと待って。領主もそうなの!?」


「ジャシルシャルーンは全く別の人種です。

 小型の獣のような見た目が特徴の獣人です。」


 うん。知ってるけど。…………そうか。

 知らないはずだ。カテゴリが違うんだ。

 彼等は…魔法生物学の範疇のひとなんだ…。

 勿論、人だけど……同じじゃなくて……。

 魔獣………、モフモフに近いヒト………。

 …………………。やって行けるかもしれない。

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