哀愁
とにかくこれで私はナクタ少年を連れ出す事になったわけだ……けども……未だに良く解っていない事が実は沢山ある。
情けないことに私はお金の流れなんてものは全くと言ってもいいくらいに知らない。
異世界だから用語も感覚も違うだろう、とかではなく、そもそも考えるほどのお金など持った事もないのだから仕方ないではないか。必要なものと欲しかった物を買ったら毎月のお小遣いなんか、すぐになくなる。私にとって、それ以上のお金の知識は噂かファンタジーでしかないのだ。
ユイマは貴族だから、ぶっちゃけこのような下町の金銭感覚や常識は知らなくて良いという考え方のようである。それもどうなの。
さっきの差別的な考えが後を引いて貴族に不信感が生まれてしまった。些細な事も気にしてしまう。
とりあえず理解できた部分を噛み砕くと、どうやら大魔女である私のご要望に、何故か子供であるナクタ少年が付き添う事になるらしい。
これではまるで私がナクタ少年にご執心で付き添い(とは何かというのは一旦置いといて)とやらに指名して要請したみたいに聞こえてしまうのではないか……。子供を指名して付き人?にするとは、かなり変態っぽい人物像に仕上がってしまっている。事情を知らなければ抗議するところだ。
……それにしても解らない事が多過ぎる。
良く考えると、どういう意味なんだ?コレ。
イド氏は最初から一貫してナクタ少年を連れ出して欲しいと言っていた。このシナリオはそのために脚色されたものであり、先程のやり取りから事前にマイヤールさんには、ある程度伝えていたと思われる。
マイヤールさんは辞職の件では初耳の様子だった。そこだけ伏せた理由は解らない。何かしらイド氏の策略だったのだろうか。ご要望に付き添うという説明は自然に流したから意外でもなく、普通にあることなのだろう。
そこから突如ナクタ少年は"立替える"ことで仕事を辞める宣言をした。
どうもそれは、自分の連れて来た大魔女とのコネや将来的に見込める利益と引き換えに自分達を解放しろという事で、そのための最後の仕事が大魔女の付き添いであるということらしい。
かなりオリジナリティを出して来てるな、少年。と思うところなのだろうが、イド氏の入れ知恵である可能性が高いと思う。良く聞いて無かったから知らんけど。
マイヤールさんは、これもおそらくイド氏が話したのだろうが、ご要望というのが領国外へ出ることと認識していて、案内するだけかと思ったら、公に認められるまでと少年は言った。そして通ったのだから、それはアリなわけだ。
…何故少年がその条件を出したのかはわからない。そこでようやく何かが成立するということか。
そして付き添いとは?
言葉通りのイメージより期間が長い…。
公に認められるまでって、おかしいよね?
あまり聞いた事が無いストーリーだ。養子でも、弟子でも、(お金払えないから)雇うでもないし、パーティーを組むとも言わないんだよな……。
大人なら出世払いの利く便利屋さんなのかもしれない。だけど流石に子供だ。親の許可なく長期に連れ出すのは、ユイマの常識ではあり得ない。そんな事が仕事の場で話し合われているなら、ウズラ亭はもう堅気ではないと判断してもいいと思う。
ログラントは魔法が存在するものの、王道ファンタジーの世界とは随分と違う。ずっと現代世界寄りで、今までの感じだと近代的と言っていい。
とはいえ現代世界では完全にアウトだ。間違いない。今更だけど、アカン。
ほぼほぼ身柄を買うとか借りるという話になる。
……あ、異世界だからいいのか?
いや、いいわけがない。子供だぞ。
法が許したとしても、いいものではないだろう。
………ああ、単純に、そういうことか。
イド氏も(あちらは大分怪しいスジだけど)
そうだったと言っていた。
合法なんだ。それが。だから仕事になる…。
おそらく親は最初から認めているわけだ。
………なかなか大変だな。少年。
そういえばナクタ少年は去年父親を亡くしていた。六人兄弟の末っ子で、他の兄弟達は成人している。母親の情報はないから解らないが、もしかしたら事情があって本当に大変なのかもしれない。
そうか。しっかり者のナクタ少年なら一人で何とかしようとしてしまうだろう。そこでイド氏に相談して策を授けてもらったと……ぴったり嵌る。
……なんて、私が何を知ってるというんだか。
それにしてもあまりに自分の肩書きが情けない。私はド変態なだけでなく、児童売買(或いはレンタル)を利用する外道キャラになってしまっているわけだ。若い身の上で法の裁けない悪になるなんて。ある意味スゲェな。などと自虐して哀愁に取り憑かれる。
少年が夢を叶えて世界に羽ばたく彫刻家になってくれることだけを願おう。それ以外にド変態ド外道大魔女に出来る事はない。私の中で何かが喪失して、代わりに何かを得たのだと割り切ろう。それが何なのか、今は解らないけれど。
これでいいのだ。一宿一飯の恩が返せる。
静かに呼吸を整え視線を何物にも合わせず無の境地に至りて悟りを開かんとする心を会得することで大抵のことはだいたい何とかなる。そう信じて自然なアルカイックスマイルを表現する努力を重ねる私は余程のアホか救いがたい馬鹿である。
……本っ当に他にいい案は無かったんか。
シナリオライター、イド氏……いや、
これからはせめて心の中だけでも、
ジジイと呼ばせてもらう。
精いっぱい頑張ったのだから少しくらいの抵抗は大目に見て欲しい。
ところでマイヤールさんには申し訳ないのだが途中から全く集中出来ていなかったから、それこそ付き添いであるナクタ少年に重要なことは後で教えてもらおう。とりあえず今は、隣に座るジジイを妄想の中でボコして時が過ぎるのを待つことにする。




