女将
ノックではなくナクタ少年の声を合図に入室してきた女性こそウズラ亭の女将さん、現代世界風に言うとウズラ亭の所有者兼マイヤール金融(仮)の社長さんである。
「女将さん入られます。」
などと女優かよ、と言いたくなる掛け声を聞いて少し嫌な予感がした。
先程当たらずとも遠からずであった私の予感には、まだ信頼を置くほどの実績はないと思っている。話は良く解っていないものの、女将さんはキーマンらしいから、こんな中途半端な予感なんかは無視して話が進んでくれたほうが余程嬉しい。
「おはようございます。
どうぞ座ったままで結構ですよ。」
顔を見るより先に、冷えた、よく通る声で私達に向けて指示を出した。年齢を考えると若々しく硬質な発声に少し、しんどいというか、身がすくむ思いがした。どうしてだろう。
「挨拶は返すもんだよ。」
隣でボソッとイド氏の声がする。
本当だ。どうしたんだろう。うっかりしていた。こんなの基本中の基本なのに。
「おはようございます。」
私もようやく頭を下げた。深めに下げたつもりで起こし、重役デスクから見据える相手の顔をちょっと遠慮しながら見る。
一言で表すなら、マイヤールさんは恰幅の良いおばさんだ。かなり大きいし顔も丸い。濃紺のパンツスーツのような洋服を着ているから、失礼ながら服がパツパツになってしまっている。リッカ少女のお母さんというのは信じられない訳では無いけど、印象は随分と違うので、パッと見ではまず母娘とは思わないだろう。
いかにも人の良さそうな明るさと、光のある目に鋭さを感じる。この目だけは少女とそっくりだった。赤毛は色濃く、ショートカットで上品に前髪を整えている。そういえば化粧する文化が無いのか薄化粧なのか、パロマさんもマイヤールさんも現代人から見ると限りなくすっぴんに近かった。口紅だけはしてそうかな?というくらいだ。年齢を重ねても綺麗な素肌でいられる種族なんだろうか。だとすれば理想的で羨ましい。
こうして目にしてみると嫌な感じなど全く無くて、私は何を恐れたのか不思議に思った。
「ユイマ=パリューストさんです。」
いつの間にかソファに座る私の後ろに立っていたナクタ少年がユイマの名前を呼ぶ。
そこ、定位置だったのか…。
一応、なんとなく再び頭を下げておいた。
「ミリシア=マイヤールといいます。
大魔女様と噂される方、という風に
お聞きしています。そちらの、ニョルズから。」
そうなの?いつの間に?
と言いたくてイド氏の方を見たら、完全に意図的にだと思うが、目を合わせる気は無いらしくて斜め上に天井を向いている。
………。
正直言って、心細い。少年もイド氏もこの場では味方ではない。竜も居ない。
私はまだ社会に出てもいない、世の中なんかろくに知らない学生だ。そんな人間からすれば女社長であるマイヤールさんのような人なんて計り知れないし、仕事の話など出来る気がしない。
「ニョルズと僕の辞職を、
雷の竜とその大魔女様に立替えて頂く、
という案で認めて貰えませんか。」
は?
ちょっとよく意味が解らない。
「どういうこと?」
当然、マイヤールさんは問う。私も問いたい。
辞めたいのは伝わるけど…。
立替えるってどういうこと?
自力で代わりを探さなきゃいけないの?
だとすれば相当ブラックだな。
「本物だと公に認められるまで、
僕が大魔女様のご要望に付き添います。
御縁が出来ることは大きいですから、
後々の仕事に良い影響しかありません。
これ以上の信用なんてないし、
人材はいくらでも集まります。」
「…ふぅん。それまでの当てはあるの?」
「ニョルズが言うには、
大魔女様は空間転移にも応えてくれるから、
転移魔法さえ使えれば問題ありません。
そちらには当てがあります。」
ん?
あの、そんな、便利に、
ランプの魔人みたいに出てこいってこと?
「大魔女様が、そんな暇してる訳ないでしょ?」
……。そうだ、そうですよ!
特に仕事はしてないですけど、
いつも暇とは限らない!さすが社長!
「協力してくれるという約束です。」
イド氏の横槍が入る。
約束!?したようなしてないような…。
……したことに等しい話はしたかもしれない。
「そちらの約束は関係のない話。
約束は約束でしょうけどね…。
こっちの話をさせてもらっていい?
私がそれよりも気になるのは、
昨日のテロ騒ぎの顛末だわ。ご存知ですか?」
マイヤールさんが、私の方を真っ直ぐに見た。
「はい。…あ、火災が起こった、としか。
何が原因だったんですか?」
「領主様のご子息方が主犯ですって!
ご夫妻も危なかったらしいから、大変よ。
何ていったかしら、異国の宗教に嵌って、
そこでどうやら唆されたんでしょうね。
変な繋がりを持ったから、あんな事に。
あそこまでやったら、反乱のようなものよ。」
一気に話したい事をまくし立てて"ねぇ?"と同意を求めるように軽く首を傾げる。特に歯向かう理由もない。私は頷いた。
……確かに、そう言われれば、そうかも。
何か違うとは感じる。違和感が、もう少し情報があればしっかり働くのだろうけど、今はまだ沈黙するしかない。
大魔女がそこに居た、という情報は、
流れて無いみたいだ…良かった。本当に。
パロマさんが何とかしてくれたのだろうか。
「ご子息方は、どうなったんですか?」
まずは何より、コレが知りたい。
「消息不明ですって。
遺体もいくつか見つかって…。
もしかしたら…、まあ、まだ解らないわ。」
「そうですか…。」
………そうなんだ…。遺体が幾つも……。
本当に犯人なら、無事も願えない。
「領国外へ出たいと仰るのも解りますけど、
まずは身分を確認させてもらわないと、
ウチの人間を付けるわけには…。
何か証明はお持ちですか?」
「……ありません。」
「結構です。」
「え?」
「竜はいつもご一緒ではないんですね?」
「あ、今は、寝てたので。
部屋にいるはずです。…多分。」
「種とお名前を教えて下さいます?」
「雷の竜、らしいです。
名前はライトニング。」
「……。わかりました。」
何が?とは思うけれど、このやり取りは既視感がある。役所とか、銀行ぽい。なんか知らんけど、何かしら確認しているんだろう。
まるでロボットのような面構えで、マイヤールさんはサラサラと手元の紙にその何かしらを書き留めてから眺めるように全体を確認した。
「状況があまり良くない。そうよね…
多分、この先良くはなくなる。…そうか。
だったらいいわね、丁度いい。」
何やら一人で納得している。
「話としては悪くないけど、
領主家の出方次第で変わってくる。
それに本物なら証書も意味がない。
幾らでも協力者は出てくるでしょう。
ニョルズは見送らせてもらう。」
「構いませんよ。」
あれ?いいの?イド氏。
「レイはその通りで構わない。
ただし気を付けて。連絡手段は確保すること。
状況は自分で判断しなさいよ?
それがこちらからの条件。」
レイ?誰?
「はい…。俺だけ、ですか。」
ナクタ少年だ。そういえば、本名は言わないって言ってたな。レイ………かっこよ。




