職業
三人掛けのソファに私とイド氏が腰掛けて、ナクタ少年は後ろに立つことになった。何故か少年たっての希望である。そういえば急に遠慮がちになるし、一人で深呼吸したりして変な感じだ。
変といえばイド氏である。イド氏は元々だといえばそうだけど、地下階段からは更におかしかった。ウズラ亭が近づくにつれて喋らなくなり、地上への扉を通る頃には一言も発しなくなっていた。今は別人のように静かである。顔はフードが覆っていて下半分の口元と顎が覗いて見えているだけなのだが、血色が悪くてなんだか心配だ。あんな場所に住んでいるから日光にもろくに当たらないのだろう。地上では不自然に青白く見えてしまって、メッチャでっかい暗黒卿みたいになっている。近くに居ると大迫力で、かなり怖い。
「あの…地下の部屋と階段は、
イドさんが魔法で造ったんですか?」
「………ああ……。」
「あ、やっぱりそうなんですね。」
「…………。」
沈黙に耐えられずに会話を始めてみたが、全く意味はなかった。
三階の端にあたるマイヤールさんの応接室は、ピカピカに磨かれた重役デスクと麻の柔らかな風合いをしたお洒落なソファがあるだけで変な飾り気はないものの、異常に存在感を発揮する置物達が綺麗に並んで出迎えてくれたので、私は既にかなりビビリ気味である。
木彫りの像はここの名産品なのだろうか。妖精、竜、小人、そして犬のような尻尾を見せたガーディード。デスクの後ろに並ぶ四体の彫像はナクタ少年くらいには大きくて精巧な造りであり、部屋を断然に息苦しく感じさせる圧力を持っていた。
対するソファの向こうには小さめの窓があるのだが、方角が良くないのかカーテンを開けていても少し薄暗い。イド氏と彫像の効果もあって、まるでお化け屋敷のような雰囲気が漂ってしまっている。ログラントにお化け屋敷という遊戯場が存在するのかは解らない。ユイマの知識にはないのだが、言語が通じるならあるのかな?口に出してみたら解るだろうか…?
「あの…イドはニョルズってことで、
ユイマさんも大丈夫ですか?
俺等は慣れてるんですけど。」
慣れてる…?
緊張しているのがバレてしまったのか、ナクタ少年が気を遣ってくれた。気の所為か優等生に拍車がかかってきてるな。
しかしどういう意味だろう。
「……名前を変えるのに、慣れてるの?」
「あ、いや、悪い事はしてません。
お客さんの前では本名は呼ばないんです。
マイヤールさん以外は。」
「あ〜〜、つまり私、お客さんなんだ。」
「スミマセン。俺の場合は、
そうでないと連れてこれないんです。」
ああ………だからか。そうだよね。
なんとな〜くわかってきてはいたんだけどさ。
…ウズラ亭は友達の家というだけじゃない。
泊められるけどタダじゃないんだ。
つまりナクタ少年はウズラ亭かマイヤール金融(仮)の使用人だということだろう。出店バイト、または営業補助、みたいな職業を持っているわけだ……多分。
ミズアドラスでは珍しくないのかな?
13歳で労働するのは普通…なのかも。
……いいなぁ。面倒見てくれる大人もいるし、
仕事も持てて…夢もあるしさ。
「いいや。それ聞いてスッキリしたよ。
途中からずっとライトニングさんと、
私も一緒だったもんね。」
「…嘘はついてません。」
「あ、そういう意味じゃなくて。」
竜の力を体験した後では、話しにくい事もあるだろうなと勝手に想像しただけだ。バイト先の不都合やなんやかやは話したくない事もあるかもな、と。
「でもさ、お金持って無いって言ったよね?
どうやってお客さんになるの?私。」
「イドの認めた魔法使いで通ります。
ちゃんとした、イドのお客さんです。」
「え?イドさんと取り引きするの?私が?」
「や、そうじゃなくて…。」
何かが解っていない私のせいで、どうやらナクタ少年を困らせてしまった。けれど今から此処で何が話し合われるのか全く見当がつかない。
イド氏は喋らないし…。
地下であれだけベラベラと話してくれていたのが嘘みたいだ。今こそ詳細にこの状況を説明してほしい。…竜にも同じ事思った気がするな。
ソファに座って待ってみてから、まだそれほど時間は経っていないけれど、地下でかなり時間は潰してしまったはずである。
マイヤールさんはまだ現れない。
もしかして約束にルーズなんだろうか。金融を営んでいるからには、それは考えにくいと思うのだけど、そもそもこの世界の金融業の敷居の高さがわからない。
割とだらしないのかもしれないなぁ…。
日本とは違う…か。そりゃそうか。
長い沈黙を破ったのは氷矢だった。
信じられない速さで立て続けに襲い来る矢の群れに即応したのはイド氏である。正確に言うと既に張り巡らせた反転式の浮遊魔法で地に落とした。出来るのはイド氏しかいない。魔力さえ充分なら防壁や迎撃より確実な方法だ。(普通そんなものに自信など持てるものではないのだが)ヤバイ。格が違う。
窓から?自動発動?魔法陣が何処かに仕込んであった??ユイマの知識でも解析出来ない領域であり、目を奪われるばかりで何の反応も出来ない。誰が何を起こしているのかも確かめる術がなく、状況からの憶測である。下手に動く事も危うく思えた。
気付けばナクタ少年は彫像の上に器用に乗っかり、窓側を避けて距離をとっている。
「魔力が操れるなら大丈夫です!
俺だけ逃げときますから、そのままで!」
妖精と竜を踏み台にした絶妙な体勢のまま、私に向けてアドバイスを飛ばしてくれた。
な…何?大丈夫……???
そうなの??え?本当に???
いや、だからって……テストか何か??
てか、なんでそんなに慣れてるの!??




