事件
驚いた事にイド氏は私達について誰からも何も聞かされていなかったという。
「え?リッカは来なかったの?」
「お前ね、いつまでも子供じゃないんだよ。
女の子がこんなオッサンのいるところに、
一人で来ちゃあいけない。例え俺でもだ。
教育ってのがあるんだよ。大事な事だ。」
「……アイツそんな馬鹿じゃねぇと思うよ。」
「女将さんは許さないさ。当たり前だ。
あの人は気まぐれで勝手なところがあるが、
我が子をポイと捨てるようなマネはしない。
何があってもそれだけはしないよ。」
「マイヤールさんて、そんな自分勝手なんだ…。」
「あ、それは内緒にしといてくれ。
……まあでも仕方ない。本当の事だからな。」
「いいよ、わかった。」
軽く笑いながらナクタ少年が応じている。
…なんか、仲いいな、本当に。
流れで世間話でもするように、少年が私についての説明を始めた。イド氏はしっかりと所々で深く頷き、"納得した"とか、"道理で"などと相槌を打って、まるで話を聞く前は不審な点が多々あったとでも言いたげな様相を匂わせている。
魔法使いって…パロマさんの例もあるしな。
どうやって見てたのか知らないけど、
気が付かないわけ無いだろと、そういう事か。
竜については、近づかないと怖さもよく解らなかった私とは、まるで別次元の理解者だ。
いっそこの人に竜の知識を聞いた方が、
ずっと分かり易いのかもしれないなぁ。
コンプレックスからか、一緒に寝泊まりしている友人の事を、まだ直接会ってもいない第三者から教えてもらおうなんて、良く考えたら意味のわからない思考に陥ってしまったところで、二人の話はようやく一区切りがつきそうだった。
地下室はガランとした空間でしかなかったが、先程の石室とは違って、灯りが隅々まで行き渡り、壁際はぐるりと本棚やタペストリーなどでみっしりと埋められていた。簡素な机と椅子が幾つか置いてある他は広さの割に物が少ない。其れもそのはず。平らに均された石の床にはいくつもの魔法陣が既に描かれていて、それ専用の場所なのだろうと推察出来た。
木製のドアが一つ、イド氏の背後に見えている。まだ奥には部屋が在るということだろうが、イド氏は私達をこれ以上通すつもりは無いようだ。
「俺はね、どうしても狩りに行きたいんだ。
仕留めなきゃいけない獲物がいてね。」
ん?何の話?
区切りがついたと思ったら、イド氏の話は何の前触れもなく全く関係のない話題に移る。
「かっこよ。」
「真面目な話だ。ナクタ。
俺の人生をかけなきゃいけない大仕事でな。
喜劇役者はそろそろおあいそって話だよ。」
「………どういうこと?」
少年の顔色が明らかに変わった。これは想定外だったのだろう。
「お前には前も言ってたと思うんだが、
この病気は……本当は呪いなんだよ。」
「知ってる。」
「お前は信じてくれてるけどな、
そういう人達ばかりじゃない。
何もわからないまま被害は増えている。」
「え!?ソイツまだ生きてんの!?」
「そうなんだ。とある客の話だが、
異国の地で同じ症状を聞いたらしい。」
「…らしい?」
二人は私のことなど忘れたかのように話に熱中している。内容を聞けば無理もない事なのだけど、それにしても唐突に重要な話だな。イド氏はいつもこんなペースなのだろうか。ナクタ少年はよくついていけるな、と感心する。
狩り、というのは、ソイツを仕留める為に、
ここを離れるということになるのかな…?
「そこでお願いしたいんだ、ユイマ嬢。」
今度はこちらへ来た。
「ナクタは魔法を知らない。
この子の友人達も、いい子たちだが、
何しろ大人の方が疫病だと信じている。」
「はぁ…。」
「俺はね、ここミズアドラスでは、
いやだいたい何処でもそうだが、死人でね。」
「…隠してるんですか?吸血族だというのを。」
「いやいや、最初からいない。
そうだね。どちらかというと、幽霊だ。
…知ってるかな?
あ、いやどちらでも構わない。
つまり、いないのさ。
そうすると困る事がある。俺には無理なんだ。
説明することが出来ない。信用がない。
するとナクタはこの地でどうなるか、
ユイマ嬢にはわかるかい?」
「え?ナクタくんが、何かマズイんですか?」
「呪いだなんて、口にしたらお仕舞いだ。
ここの聖職者はね、
呪い(まじない)を使うんだよ。」
「………え?………あ…。」
「真実を知ることは子供にはまだ早い。
だがこの子は父親が俺と懇意でね。
共に仲良く呪いに掛かったんだが…。
知ってるだろう?魔法を解く魔法というのを。
自分自身には効果のない魔法だ。
だが汎用性が高く、勿論、解呪も出来る。
不自然が生まれてしまうというのに、
うっかり俺は呪いを解いて、
この子の父親を助けたものだから、これだ。」
………!
「おかげで俺は恩人として紹介されてね。
この子はもうすべてご存知だった。
本当にアイツは大した奴だよ。親バカだ。
まぁでも、しっかりしてるだろう?
大した子供なんだ。だからだろうね。
ずっと後になって産まれたっていうのに、
こうして仲良くさせてもらっているのさ。」
「そういう……事でしたか…。」
衝撃でいまいち頭が整理出来ていない。いや、話の通りなら、ナクタ少年は……。
「別に親父は関係ねぇよ。それにさ、
何言ってんのかわかんねぇ。
勝手に俺の心配されても嫌なんだけど。」
口を挟んだ少年の気持ちはすごくわかる。わかるけど、事態は好き嫌いじゃ済まないかもしれないように思う。私も。
「は。そういう所だ。心配なのは。
他の兄弟達はもう立派な大人になったが、
この子が一番、父親に似てる。
信じられないくらい…面白い奴だった。何より、
俺に話しかけるんだから、度胸があったよ。
けれども、まぁ、ガーディードは本来短命だ。
一年程前、死んでしまった…。
六番目のナクタは可愛がっていたよ。」
イド氏はゆっくりと息をついた。
「いや、頼まれたわけじゃないんだがね。
是非とも逃がしてやって欲しい。
万が一が俺は怖いのさ。生来の怖がりでね。」
「逃がす…?」
「そりゃ、ずっと此処にいられる人がベストだ。
しかしね、難しい。まずあり得ない。
こんな事頼める魔法使いなんていないんだ。
だが、俺も話を確かめずにはいられない。」
「……イドさん…は、大丈夫なんですか?」
「俺は吸血族だ。多少の魔力なら平気なんだよ。
こんな呪いなら熟れればある程度は、
自力でコントロール出来る。
影響は今もあるがね。
まぁ、だから怪しいとは、思っていたんだ。
アイツは…呪いの主は生きているかも、ってね。
全く酷い事件だった。
耐性のある俺でも今だに症状は出るんだ。
逆に魔力に弱い質だと、
まあ、ほとんどが長く持たないだろうな、と。
自分がもらっているからね、
すぐに、何となくわかったよ。」
「私が、解呪出来れば…良かったんですけど。」
「はは…ナクタはそのつもりだっただろうね。
知らないんだ。気にしないでやってほしい。」
イド氏は簡単に話していたが、魔法を解く魔法というのは簡単な魔法ではない。
魔法はそれぞれに専用の解き方がある。
それを、どんなものであろうと、其処に確かにある魔の法を解く。となると、非常に高度なものになる。汎用性のある魔法は(ユイマの知る限り)例外なく難易度が高い。
魔法を解く魔法とは、ごく簡単に言うと、其処にある複雑な理屈を無視して純粋に魔力の質と量のケンカに持ち込む魔法と考えれば良い。故にこの魔法は、例え使えたとしても、魔法をかけた術者の魔力を上回る事が出来なければ効果は現れない。
「……友人なら可能です。」
そのはずだ。あの竜に其れくらいのことが出来ないはずがない。
「そうだね。いや、嬉しいんだが、
問題は俺じゃない。
心配症だと言われても、
本人に反抗されてもね、
ちゃんと見守ってやれる誰かがいないと、
俺は不安で外出なんて出来やしないんだよ。」




