忠告
「忠告のつもり?悪口だよソレ。」
流石に気まずそうに少年が割って入った。
本当だよ!面と向かって言う!?
あまりの事に怒りが湧いてくる。吸血族というのは、そういう傲慢な突き放し方をしなければならないのかと問いただしたいくらいだが、ニョルズ氏の顔にはむしろ悲痛な目元の歪みと苦々しく引きつった笑みが浮かんでいて、自嘲の色合いが濃い。
「いいんだよ。失礼は承知だ。
身なりからして裕福な階層のレディだね?
知らなくていいんだよ。こんな世界は。」
「…連れてきちゃダメだった?」
しまった。なんでもないフリをしなければ、
ナクタ少年が動揺してしまう。
「何言ってる、お前を縛る権利はない。
ただ怖いんだ。俺は。今だにね。」
「何が?」
「この手の女性の罵詈雑言が、だよ。」
「……そんな人じゃないよ。
そっか。ごめん、うっかりしてた。」
………ふむ。事情ありげだな。
まぁ、失礼なのは変わらないんだけどね。
どうやら女性恐怖症?みたいなものを患っているみたいだ。罵詈雑言て…、何かトラウマになるような事を言われたのだろうか。教科書と噂でしか知らない吸血族だが、ユイマの知識が本当なら大いに有り得る。
「いいんだよ、気にするな。
コレはチャンスだ。まさに千載一遇だぜ?
切り抜けて見せるなら今しかない。」
酔いしれたような仕草でニョルズ氏は虚空を見ながら語りかけている。芝居がかった話し方は元々そうなのか、苦手なタイプの人間を前にして緊張しているのか。
…本当に大丈夫かな。
さっきから病み感がハンパないんですけど。
ナクタ少年の約1.5倍くらい長身のニョルズ氏はユイマよりさらに頭一つ分以上も高い位置に顔があって天井スレスレになってしまっているから下を向いてもらわないと顔の表情がよく見えない。逆に、先程の暴言はキチンと私を見て話していたのだ。
不思議だけど、丁寧な人だ。
今も、なんだかんだブツブツ言いながら私達に椅子を勧めてくれている。ウズラ亭にあったのと同じ丸椅子を出されて、私も変に安心してしまった。ナクタ少年は嬉しそうに座るし、一人で尖っていても馬鹿みたいに思えてきたから遠慮なく座ると、ニョルズ氏はこんなところで申し訳無いねと呟いた。
聞かなかった振りで通したのだけど、よく考えたら魔法陣の上だったのだ。まぁ、起動したところであの石室に戻るだけだろう。
「あの……ニョルズさん、で、いいですか?
私は、ユイマといいます。」
「……出会えたのは大変に光栄なことだが、
イドという名前をくれたのだから、
そう呼んで欲しいな。寂しいじゃないか。
俺はユイマ嬢の前ではイドだ。それがいい。」
「……でも、ナクタくんの前では、
ニョルズという名前では…ないんですか?」
「勿論、それも俺だ。
ナクタは決められない奴なのさ。
それがコイツだ。面白いだろう?」
…何が面白いのかよく解らないけど、
ニョルズというのは本名なのかな?
とりあえずナクタ少年がつけた訳では無い、ということのようだ。
「イドにしようよ。そっちのがカッコイイ。」
ナクタ少年は何故かホッとしたように明るく話し始めた。どういう訳かニョルズ氏には物凄く気を遣っているように見える。
……いやいや、どういう訳も何も、
気を遣わざるを得ない症状持ちだ…多分…。
推測でしかないけれど、さすがに率直に聞くわけにもいかない。
「ナクタがそう言ってるならいいさ。
だがこのウズラ亭ではニョルズで通ってる。
俺が良くてもお前が混乱しないかい?」
「しないよ。……本当に平気?
知らない人が苦手なのは知ってたけど、
女がダメとは思わないからさ…。
リッカもマイヤールさんも、
他のお客さんだって何ともないじゃん。」
「彼女達はたった二人の理解者だからな。
それに仕事の話は別だよ。当たり前だ。」
当たり前って何だろ…。
「普通に話出来てるよ。気にしなくても。」
「そりゃお前と話す分には自由だよ、俺は。」
全般にマイペースが過ぎるニョルズ氏改めイド氏は、病みを感じさせるとはいえ弁が立つようだ。ナクタ少年が慕うのも何となく理解できた。先程からイド氏はナクタ少年に対してかなり甘い。気の所為ではないと思う。誰にでもそうなのだろうか。ユイマのような上流階級の女性でなければ、ということか…。
「あの、何か、頼み事があるって、
ナクタくんから聞いてるんですけど…。」
「頼み事……?」
イド氏は怪訝そうにナクタ少年を見た。
対する少年もまた目で訴えるような素振りをみせていたのだが、相手がどうやら失念している事を悟って自ら話し始めた。
「約束してたじゃん。
魔法が使えて、詳しい人が来たら、
ニ…イドに会わせるって。」
「ああ………いや、しかし、彼女がかい?
詳しいと言っても……。」
イド氏は私、というより私の周りを遠慮なくまじまじと観察してから、真正面に向き直って言った。
「俺はね、狼のガーディードで、吸血族だ。
そして或る魔物から呪いを受けている。
ユイマ嬢は気付いていたかい?」
…………え!?…うそ……そんな重い話!?
「いえ…知りません。わからないんです。
……普段から、精霊布に頼っていて…。」
「成程、精霊魔法使いか。ピッタリだ。
君はまるで異国の貴族令嬢だものね。」
…バッチリ当たってる…。
……てか、もしかして………、
…………そういうこと?……だよね?コレ。
出会った時から今まで全く読めなかったナクタ少年の言動が、ここに来てようやく腑に落ちた。すべては目の前のこのヒトが理由だったのだ。おそらく少年は、最初からこれを狙っていたのだろう。
「あの……それが何とか出来る人を、
という話なら、私の友人の方に……。」
「いや、いいんだ。…ありがとう。
充分だよ。君は本物のレディだ。
確かにこれで良かったんだ、きっとね…。
……ただ一つだけ聞かなきゃいけない事がある。
出来る限りで答えて欲しいんだが…。」
「?何ですか?」
「ユイマ嬢の、君が友人と呼んだ存在だけどね、
アレは一体どういうモノかな?
魔物どころか…魔を宿した兵器か何かかい?」
!
不意打ちを食らってしまった。
ただただ目を丸くしている私にイド氏は語りかけるように優しく微笑んだ。
……ホントだ……わかる人にはわかる…。
本当にそういうものなんだ。




