階段
ウズラ亭には地下室がある。店の奥に見える階段横の物入れのようなドアを開けると、横壁に打ち付けられた折れ釘に箒やモップ等の掃除道具や灯り用具の類が引っ掛けられているのがまず目に止まり、足元には雑巾掛けと乱雑に重ねられた桶が並び、火鋏やカゴも幾つか転がっている、畳一畳程の物入れがある。泥と埃の粘つく匂いを感じながら薄暗い中をよく見るとこの小部屋には実際はもっと奥行きがあり、木製の衝立が壁のように見えているだけだと気が付く。衝立の向こうの床下からは地下室に続く階段に繋がっているのである。
特に隠すというほどでもなく、物入れの衝立は日本でも見る屏風のように自立する仕切りとして造られていた。重さも大して無いらしくて、ナクタ少年は片手で楽に移動させている。
「ついでだから、マイヤールさんの用事の後に、
またここに戻って来てもらえませんか?」
「ここ?」
「ライトニングさんに話してたんですけど…。」
「あぁ、なんか、会って欲しいっていう……、
え?この先にいるのがその人ってこと?」
「あ、はい。…なんだ、聞いてるんだ。
怖いとか、苦手な人もいるから迷ったんです。」
「…そんな怖い人なの?」
「いや全然。
あれこそ子供みたいな大人ってやつです。」
「へぇ~。…面白そう。」
とにかく慕っているのはよくわかる。
ナクタ少年が語るマイヤールさんというのは、これから会うことになるリッカ少女の母親の事だろう。リッカ=マイヤール少女ということかな。
注意事項の中で面会場所に指定されたのは、ウズラ亭の最上階に当たる三階の母親さんの事務所なのだが、魔法を使う人間はある人物の同席を求められるということで、その人物を呼びに行かなければならないらしい。たまたまそれが今朝方ライトニングさんが話していたナクタ少年の依頼の人物と同じだったというわけだ。
しまった〜。連れてこれば良かった〜。
まぁ…また来る時に呼べはいいか。
少年がガチガチの態度になるからライトニングさんは置いてきたのだけど、後でまた話すのも面倒だ。彼等には私達はセットというか、私がオマケという感じなのかな…。相手が雷の竜なのだからこの世界の人には当たり前なのかもしれないが、私としては依頼を受けたのは竜の方なのに、お使いさせられているような形になるのが少し納得いかない気もする。大魔女と竜って、本当のところ、どういう関係が普通なんだろうか。…いや、そもそも二人しかいないのに、普通とか意味ないのか。
石造りの階段は思ったより長く深い。意外にこのウズラ亭は基礎からしっかりした造りになっているようだ。地面をこれだけ掘った上に三階建ての家が建つのだから、魔法を使わずに人力でやろうと思ったら技術は高度なものが求められる。
あ、もしかして、これから会う人、
魔法使いなのかな。……有り得る。
母親さんは見知らぬ魔法使いに警戒心があって、
ガードマン代わりの魔法使いを呼ぶんだ…。
実際エルト王国でもよく見る光景である。要人警護は勿論だが、魔法は適性の問題があり、自信のない人や上手く使えない人の為に、仕事として請け負う魔法のプロは存在する。普通は何かしらの組織に属するものだが、中には個人やプロ魔法使い集団として地位を確立している人達もいる。職種としては、幅広く活躍する便利屋や探偵のようなフットワークの軽い職となるか、研究、探求、鍛錬により魔法の道を極めていかないと身に付かないコトを体得する高度魔法特化のセンセイ(ログラントではだいたいそれらを魔女と呼ぶ)となる事が多い。
お金を扱う仕事をしている母親さんが護衛をつけるのは、考えてみれば当然のことだ。
こんなところまで外部の人間を平気で
連れて来ちゃってるあたり、
かなり緩い感じだけどね。
まぁ連れてきたのはナクタ少年だけど…。
呑み屋と宿屋の三階が金融業の事務所というのは少し変な感じだが、現代世界だと女系の一族が経営するビル、みたいな所になるのかな、ウズラ亭は。
ところで金融業もイロイロだと思うけど、マイヤール金融(仮)は良心的でクリーンなのだろうか。あまり詳しく無いから解らないが、そうでないところのガードマンて、漫画やドラマでよく見る用心棒って事?となると確かに怖いイメージがある。苦手どころではない。怖すぎる。まさかそういう方々とは違いますよね?万が一にもそうだったなら嫌ですから関わる前に引き返したいんですけど、もう戻れないのでしょうか。




