理屈
目の前には丸い木の器に野菜たっぷりの温かいシチューごはんが山盛りになっている。素晴らしい光景。ママさんに聞かれたのでお腹が減っていることを伝えたら、ナクタ少年と同じ量を盛り付けてくれた。
「ヒトでしょ?私等ほど食べないだろうけど…。
大人の女性ならこれぐらいでどう?」
などと色々と考えてくれるところがカワイイ。
「いただきま〜す。」
ナクタ少年は熱々のところにスプーンを入れて食べ始めた。私も続いて、ありがたく。
「いただきます。」
言うまでもなく美味い。五臓六腑に染み渡る。
マジで涙が出そうになった。
失礼ながら宿屋の一室というよりは何も無い寝室と呼ぶのが相応しく思えてしまう個室にずかずか入らせてもらった。夕食を食べ終わるとすぐにママさんに一声かけて部屋に直行してしまったナクタ少年を追いかけてきたのだが、まるで自分の部屋に行くのと変わらない勢いで乗り込んで自由に寛いでいる。今はベッドの上でリュック風の荷物を広げて中身を整理しているようだ。場所も尋ねなかったし、何度も泊まり慣れているのだろう。
四畳半より狭く感じる木造の空間は一応小さな窓を設えていたが、ベッドの他には丸椅子が一つあるだけで、少年が即座にその使用権に手を挙げるのも納得だ。床なんか砂だらけで板がささくれ立っている。ここで寝ろとか、逆に酷い。椅子に掛けて寝た方がマシだ。
ともあれ落ち着ける場所が得られたのはありがたかった。やれやれと、竜の入った風呂敷を膝に抱えて丸椅子に腰掛ける。改めて自分の身なりをよくよく見ると、山道を歩いたせいで服もあちこち汚れていたし、何より足元が泥だらけなことに気付かないまま過ごしていた。靴はユイマが最初から履いていた革靴だ。靴自体は丈夫な良い品だったが、私が革靴に慣れていないからヘンな歩き方をしたらしく足を痛めてしまった。
ナクタ少年によると、お金を払えばシャワーを貸して貰う事も出来るらしい。さらにお湯は手間がかかるから追加料金を請求されるとのこと。サービスにお金がかかるのは当然ではあるけれど。
「魔法を使えば楽じゃない?」
「そんな簡単に使えたら苦労しないよ。
お姉さんは自分が使えるから……
そういや、名前なんていうの?聞いてない。」
そういえば、うっかりしていた。ダメだ、いろんな事が起こりすぎて完全に振り回されている。
「えっと、ユイマ=パリュースト。
エルト王国っていう、
ミロスやフーリゼに近い国のヒト族。」
「えっ、北側の人!?珍しっ。
俺初めて会ったかも。観光客でも少ないよ。
だいたい南側の人ばっかりだからさ。」
おそらく彼の言う北側、南側、というのは世界地図上の位置関係の事であり、国際情勢を反映した呼び名ではない。と、思う。年齢的に。
ユイマの知識を借りる限り、それもだいたいあってるようだけれど。
「エルト王国では魔法なんて、
そんなに珍しいものじゃないんだよ。
勿論皆が教育されるわけではないから、
私は恵まれてるんだろうけど。」
「学校が教えてくれんの?
いいな〜。俺も魔法の勉強したかった。」
「魔術は習わないの?」
「魔術?魔法と違うの、それ?」
…違いも知らない。これくらいの子なら充分理解出来る事なのに。
「領主様の関係者が使ってるのを見たよ。
グラ家の魔法、とか呼ばれてる魔法。」
「グラ家の魔法は領主様の一族しか使えない。
勝手に真似したら恐ろしい事になるからさ、
良く知らないのに手は出せないよ。
怖いじゃん。」
「…それはそうかもね。」
「聖職者の人達は高い金払えば、
なんかヘンな儀式とかしてくれんだけど、
呪い師とやってる事が同じなんだよな。
魔法とは違うって、外国の人は皆言う。」
「……魔法じゃないのにお金払うの?」
「信仰心が悪いものを払うんだって。」
「あ〜、聖職者はそうなんだってね。」
確かに信仰心が邪なものを祓う事はある。扱うのは主に僧侶や聖女と呼ばれる聖職者であるが、要するに魔法だ。
それらはすべて、信じるものに合わせて説明を変えただけで詰まるところ魔力を持つ者であり、土地や環境、或は純粋に才能に依ってその魔力に応えるものが違うだけなのだ。と、ユイマは習っている。
聖職者は謂わば才能を培っているような職業だ。幼少期から信仰心を持つことで、高位の精霊の目に止まったり神々と呼ばれるものたちの恩恵を受けられるらしい。彼らの多くは洗礼や祝福という過程を経て、信仰心に応える契約をしたもの、つまり彼等の神の意に背く事はしないと誓った人達である。やってる事が呪い師と同じというのは不思議だ。
呪い師も同様に、呪いを信じる人々の為の魔法であり、魔法使いとの違いは何と言っても具体性が薄いことだ。悪いもの(魔に属するもの)を祓うか寄せるかという曖昧さがあり、手の届くところが少し浅い。その代わり何も知らない子供でもすぐに使える手軽さ、言い換えれば恐ろしさがある。呪い師が無知で浅はかなのではない。専門にする彼等は、魔を扱う責任とリスクを最小限に止めたいのだ。実際、効果が薄くても救われるものはある。呪い師の実体は人の思いや心に向かい合う職業として有能な人材なのである。(ユイマも呪い師とは面識がないようだから説明は教科書通り。)
聖職者が呪い師の技を使うこと自体には問題はないと思うけど、一族にしか使えない魔法って、なんだろ?ルビさんが使っていたのは秘伝の魔術だったのか。謎だ。
簡単な魔法は真似したところで恐ろしい事にはならない。何も起こらないだけだ。召喚術は空間に働くからダメだけど。あれはちゃんと均衡を考えて、嘘のない仕事をしないと本当に恐ろしい事になるらしい。私が言うのもなんだけど。
ナクタ少年は、その辺りの知識がごちゃ混ぜになっているようだ。意外と教育って大事だな。魔法は困った時に何かと役立つものだし。こんな風に…。
「水をお湯にするくらいなら私にも出来るよ。
シャワーの場所さえ貸して貰えれば…。」
「いや、俺はいい。面倒クサイ。」
……さようで。
私はお金など一銭も持っていないから無理だ。グラ家で身体を洗えただけ幸運だったと思おう。
どうやら本当に魔法は浸透していないようだという事は解った。聖地にしては意外、というか魔術が盛んだという情報こそが何だったのだろう。これではこっそりと魔術を規制し独占しているかのように思えてしまう。
ナクタ少年が言ってた事が本当なら、
聖職者の魔術は呪いで、私の見た感じ、
グラ家の魔法こそが魔術のような気がする。
誰の目にも明らかに魔法が使えるのは兵士。
兵士って、聖殿の衛士?……領主様の憲兵?
それとも両方なんだろうか…?
ミズアドラスは少なくとも千年以上の歴史を持つと伝えられる。自治領となったのは三竜大戦以降だが、それでも三百年は続く領国のはずだ。
そもそも魔法弓兵の英雄譚が語り継がれる土地で魔法が広まっていないなんてことが有り得るのか。
…じゃなくて。ファルーは兵士じゃん。
聖地とはいえ自治領。軍備は必要だし…。
…………いや、聖地だからこそ……
神聖なるものが、ひっくり返されることは、
あってはならない……の…かもしれない…。
単純な理屈だ。単純過ぎると打ち消しつつも、自分の思い付きは考えるほどに怖くなる。美味しいシチューとごはんで温かく満たされたお腹も底の方から冷えて来るようだった。




