酒場
改めて明るい室内で見ると、浅黒く日焼けした肌に黒く乾いたボサボサ髪と同じ色の大きな丸い瞳に強く印象の残る男の子だ。暴言をさらりと吐いておいて、もう忘れたかのように売上の入った布袋を覗いては独り言と愚痴と文句を織り交ぜている。いや、私に言っているのだろうけれど、女性客のその後の様子が気になって横目でチラチラ追っていたものだから私も話をろくに聞けないでいた。
そういえばこの子、
街灯の下でよく竜がわかったな…。
夜目の利くタイプなのかな?
獣人というのは、そういう利点があるのかもしれない。…身軽で独特の距離感を持つのもそのせいなのだろうか…それはそうと、憲兵とかいう単語も怖いし、もう気が気でないからそろそろおしゃべりを止めてくれないだろうか…。
「ナクタ、さっきの、聞いてたよ。
エンさんにちゃんと謝ったの?」
ひと区切りついたところで流石にママさんが鋭く注意した。少年は聞かない素振りで横を向いて"本当のことじゃん"などと呟き口を尖らせている。
エンさんというらしい女性客は、嫌なことを忘れる為にもここからまだ呑むそうだ。半開きの目を泳がせながらママさんにそう宣言すると、脇に置いた漆器のコップを差し出して軽く笑っていた。厳しく言う割に案外優しい方だったようで、少し意外に思う。
彼女は顔の見た目はヒトの中年くらいなのだが、身長はナクタ少年よりずっと小さい。おそらく小人族なのだろう。だとすれば獣人の少年から見れば本当にお婆さんのような年齢というのも有り得る。小人族はヒトや獣人の二倍は長生きで、ゆっくり歳を取る。
朗らかに毒を投げ付ける少年のせいで肝を冷やすどころか凍えそうになっていた私は、ただでさえ慣れない酒場の空気に緊張していたのに、さらにキョロキョロと挙動不審になっていた。おまけに外国人である。さぞかし印象が悪かろうが、メンタルは急には鍛えられない。
そんな事情が影響したかどうかは解らないが、俯いてただ黙っているだけの私に下された宣告。
「そのお姉さんも何か事情があるらしいけど、
ウチは基本は酒と料理の店だから、
女性の宿泊は断ってるの。他を当たってね。」
これは仕方ない。
けど……マズイ。
この世界で女一人は怪し過ぎるのだ。魔法や魔物が存在する以上、身体的に弱いだけでは弱者扱いを受けない。エルフなどむしろ繊細で細身だし、魔物はヒトの価値観で測れるものではなく、見た目以上の知能と怪力を持つことも珍しくない。怪しい者はただひたすら警戒され運が悪いと釈明も出来ないまま排除されるだけなのだ。
魔法に価値があるのなら働いて何とかならないかと思ったのだが、宿屋も裏があるか訳ありと踏んで安全を保証出来ないとか何とか頑固な理由で泊めてくれないかもしれない。むしろ竜がいるから安全は保証されているのだが、身分証になるものは何もない。
地元っ子のナクタ少年には想定内だったせいか平気な顔をしていた。空いた席に座らせていた大きなリュックサック風の荷物にもたれかかりながら、竹の水筒を傾けて飲み物を飲んでいる。
「じゃあいいよ。俺んち行くから。
ウィノは今日来てる?」
「リッカと一緒に宿題してたけどもう帰ったわ。
こんな遅くまで外にいる子はあんたくらいよ。
今日は空いてる部屋泊まっていきな。」
「じゃあこのお姉さんも一緒でいい?」
!?
「えぇ?何?微妙ね〜。あんたの歳だと。
リッカが何て言うかわかんないわよ?」
「あいつが何言おうが関係ねぇよ。」
「…ま、それならね。
その代わり食事はろくなの出せないよ。」
……いいの?
野宿も考え始めていたところに、思わぬ幸運が舞い込んだ。相部屋とはいえ子供がいるだけだ。充分ありがたい。
「あ、俺がベッド使うからね。
お姉さん床で寝てね。」
水筒を持ったまま私を指差した少年は朗らかに笑って言った。




