距離
山道は勾配があって先が見えない。一生懸命歩いても長く長く続いて果てがなく思えてきた。竜は黙って先を照らしてくれている。聞かなければならない事がたくさんあるのに、今はとにかく黙って歩けと言われているように感じて、ひたすら俯いて歩いていた。凹凸のある木の根と土を、大丈夫だ平気だと言い聞かせて一歩ずつ踏みしめた。
下り坂の先に、今度は疎らに石畳が敷かれている。何処まで続くのかなと思ったら石畳は急に密度を増して小さな河に架かる石橋に繋がり、その先には街灯の灯る通りと町並みが現れた。
近付くと人の声などの雑踏が騒がしく、酔ったような調子の大声やら音楽に乗せた歌声も聞こえてくる。細い路地から通りを覗くと、突然飛び込んで来た明るさに目を瞬いた。街灯と店の灯りと夜歩く陽気な人々が、目の前で別世界のような空間を創っている。
グラ家で見てきた人達とは着ている服がまるで違って、多くの人は長袖一枚に長ズボンの部屋着のような格好で寛いでいた。女性の洋装はヒラヒラとしたタックが入っていたり大振りなリボンが付いていたりと、華やかに着崩した印象だが、意外と肌を見せる服は少なく、ヒダのついた長いスカートのようなものを履いている。
民族衣装なのか幅広のゆったりした布地を帯や紐を使って留めた不思議な服の人も居るし、アラジンのようにターバンを巻いている人、長い尻尾が服からはみ出ている人、背が高くて中に入れないまま街灯の下で樽に腰掛け呑んでいる人は、その樽くらいの背丈の人が木箱を踏み台にして話しているのを愉快そうに聞いている。
夜の街、かな…異世界でも似てる。
良くは知らないから、あくまでもイメージだけれど。
建物には様々な様式の文字や生き物の描かれた看板が掛けられて灯りの下でユニークな個性を放っていた。魚が尾ビレで立っているかのような絵の下げられた店からは弦楽器に合わせて手拍子が入り、賑やかな掛け声も聞こえる。店の外には街灯の下で立ち話をする数人の男女が全くこちらには気付かずに笑い合っていた。歓楽街というより呑み屋横丁といった感じに近い気がする。イメージとして。
通りの交差した路上には物売りもいたのだが、どうやら土産物屋で、広げた商品のホコリを払いながら暇そうに欠伸をしている。
食べ物の露店でもあれば少しは慰めにもなったのに、残念ながら近くには見当たらなかった。お金も無いのに店内で休ませて貰う訳にもいかないし、外から眺めて雰囲気だけを楽しむ事しか出来ない。それでも竜が目立たないくらいには賑やかで(というか、酔っぱらいが多くて)助かった。発光していない竜は翼を閉じて両手に抱えれば、ただの持ち物で通りそうだった。あまり他人の事は細かく見ていないのだろう。
ほんの偶然だったが、大欠伸に続いて伸びをする土産物屋と目が合った。
しまった。
時すでに遅し。他とは少し違う服装をしている私は、観光客だと思われたかもしれない。実際そうとも言える。通りの向かいにいる土産物屋は距離など気にせず私を見ながらオススメ商品らしい木彫りの置き物やブローチを両手に持ってアピールしている。
「ごめんなさい、お金ないから」
首を振りながら呟いてから、言葉が通じないだろう事に気付いて両手でバッテンを作った。
……いや、これも通じないか。
変な誤解を与えてはいけない。もう無視して立ち去ろう…。
「言葉が不便なら、私が何とかしましょうか。」
「え?何とかなるんですか?」
竜が久しぶりに喋ったと思ったら神がかりなことを言いはじめて、つい敬語になる。しかし別に土産物を買う気はないから、ここは何もしてくれなくて良いです。無視して行きます。
下を向いて腕の中の竜と話をしていたら、いつの間にか土産物屋はすぐそこにまで詰めて来ていた。笑顔を貼り付け、しつこくオススメ商品を手に持って。
「あ、…あの、お店、放っといていいの?」
ジャシルシャルーンは小柄だと解っていても、子供に見えてしまう。振り切れずに、指差ししながら元の場所に戻るように促した。
「いいの、いいの。
地元のヤツには珍しいもんじゃないから。
お姉さんホラ、このブローチ良く似合うよ。」
竜はみなまで言わずともシーンに応じた適切な処置をしてくれた。有能秘書かな。




