廊下
私でなければならない理由なんて、私が知りたい。ずっと気にしていたのだ。何も出来ないのに大魔女様と呼ばれて、見栄ばかりのポンコツ属性が異世界に来てまで引き継がれて、でも周りは優しくしないといけないから気を遣ってくれている。
周りの人達に合わせるのが精一杯なのは、
何処にいっても同じなんだ…。
祝福を受けたら生まれ変わるとか何とか、
あの話は何だったんだろ。祝福さえ受ければ、
努力しなくても自分が変われるなんて、
夢みたいな話じゃないのか…。
窓の外は、すっかり真っ暗だ。
ガラスに映るこざっぱりしたユイマの姿に満足して嫌なことなど忘れてしまおうと、貸してもらった服を眺める。鏡が無いのが、この聖地の難点だ。
このままずっとユイマでいられたらいいのに…。
姿を見て、待遇を考えて、そういえば何の未練もなくログラントで生きていこうとしていた自分に気が付いた。元の世界の事なんか大して心配しなかった。さすがに世界ごと無くなると聞いてショックだったけれど、どこか自分の事じゃないみたいな気がしている。
現代世界の事など忘れてしまいたい。それが私の本心。…本当のところだ。
しんみりとしょぼくれていたら、不意に、思いっきりお腹が鳴った。身体だけは嫌になるくらい元気だな。お風呂上がりに小さな水ガメから水を貰えたのが、逆に空腹を思い出したようだった。
お腹減ってるとダメだ。悲しくなってくる。
……御飯冷めちゃってるかな。
竜に注意されたのに結局色々と話しこんで長風呂になってしまった。会食ということで、ご馳走が頂けるのではと少し期待もしている。ミズアドラスの地元料理なんかが用意されていると嬉しいけど、味覚が合うかな…。
…ギッ、ゴトン、ゴツッ。
…………ん?何だろ?
静かな夜の風景のはずが、なんか変な音がする。
上だろうか。上の階の何処かでゴツゴツと木を叩くような音が響いてきている。
"……ん゙があぁーーーーーっ。"
「何!?」
パロマさんについて廊下を歩いていた私は、思わず大声を上げてしまった。聞き間違いかと思って耳をすませば確かにうめき声のような、悲鳴のような声が聞こえる。やはり上の階だ。すぐ上の二階だろう。
「大魔女様、離れないで下さい。」
いつの間にか近くに来ていたパロマさんの鋭い声がして、続けて聞き取れない言葉で何か指示を出しているようだった。
何処にいたのか、槍を持った軽装の兵士が数人飛び出してくる。驚いて周りを見回した。
違う。……上から。……空からだ。
咄嗟にそう判断して、廊下を走り竜の元に急ぐ。
「ごめんなさい!竜のところに行きます!」
振り返り、そう告げるやいなや、さらに大きな物音が響いた。今度は明らかにバキバキと板の破れる音だ。階段の方から人の足音と怒声が入り交じる。
「……竜。…そうね。」
信じられない、といった顔をして私を見ている。しかし、言っていることは解って貰えたようだ。少し思案した後に、二人の兵士を従えて私を追いかけてきた。
「侵入者と思われます。
結界を破った気配は無かった。恐らく内部です。
でも賊の見当がつかない。…疑わないでね。」
……大丈夫。貴方から離れたのは、
そういう理由ではないです。
正直まだ解らないけれど、ここは黙って頷いた。
何者かの襲撃だということは確かなようだ。パロマさんを傷つけてしまったかもしれないが、竜の近くにいるのが一番安全なのだ。私はこの世界をまだまだ何も知らない。
それにしても、何の声だろう。悲鳴というには呑気な響きだし、グールやゴーレムのような意思の弱い魔物の乱雑な気配でもない。
「…魔獣か何かでしょうか。」
「有り得ます。空からだとすれば…最悪、竜属。」
「外に見張りは?」
「勿論。警備は厳重です。ですから…。
内部の手引きの可能性がある。」
「えぇ!?」
疑わないで、というのは、そういう意味か。
………いや、正直に伝えてくれてるわけだし……。
わからんけど。あ〜何を信じればいいんだ!?
緊張でびくびくしているだけの私の頭の横で、バチバチッと聞き覚えのある火花のような音がした。




