証拠
一つだけ、今のうちにどうしても聞かなければならない事があった。お風呂から出て着替えをしながらも、いつ切り出そうかずっと考えていた。
パロマさんは何をするのも早くて、あっと言う間に髪型以外は元通りになっている。貸してもらった服は肌着も含めて、着ていたものよりずっと動きやすかった。ちょっとスースーするけれど。ゆったりした長袖シャツにロングスカートを紐止めで適当に止めていたら、驚いたような声を掛けられて直してもらう。びっくりするほど、やり方が違ったみたいだ。
「雷の竜と雷光の大魔女、という名前は、
パロマさんが考えたんですか?」
一瞬、紐止めを直す手を止めた。それだけで、特に動揺した様子は見せなかった。
「私は歴史家でも政治学者でもないけれど、
三竜大戦という戦争の資料は、
時代の割に残っていないのよ。国によって
食い違いもある。たまたま私の母国には、
雷を操る竜と英雄の昔話が残っているの。
"雷光の英雄"は大魔女のはずだと考えてきた。」
綺麗に結び直した後で、外し方も教えてくれた。
衣服は差し上げるわ、と後姿で先に進もうとするのを慌てて呼び止める。
「じゃあ、雷の竜はログラントに来ていた、
というのは間違いじゃないんですね。」
何か思うところがあったのか、パロマさんは風呂場のドアを見たまま首を傾けていたが、振り返ると意外なほど真面目な返事をしてくれた。
「解らない。証拠は無いでしょうね。
でも、聖竜を疑っているの?
雷の竜と雷光の英雄譚は、
残された魔術と共に今も受継がれている。
雷の竜が本当に現れた今、
単なる昔話と片付けるのは滑稽だわ。
私はそれが雷の竜の与えた魔法だと思ってる。
元々、精霊に依る雷性の術と考えるには、
魔術の規模と手順が合わないもの。」
「雷性の精霊魔法ではないのは、
確かなんですか?」
「いいえ。私の持論でしかない。
魔導士の中でも省略化魔法であって、
精霊由来の魔術だとする主張が優勢ね。
フーリゼは精霊の住処も多いから。」
「…精霊魔法は省略化しやすそうですね。」
精霊魔法は精霊の息吹が存在する場所でなければ効果が出ない変則魔法で、元々の性質が魔術に近いものだ。土地が変われば使える術の効果も変わるというのが一般的な考え方である。
雷性の術は、基本的には自然現象として雷の発生しやすい場所か、雷雲を待つことが条件になる。ハッキリ言って、非常に使いづらく費用対効果が悪すぎる為に滅多に使われない。雷のような大きな力は、術者が装置を制作して用途に応じた威力の調節をしなければならないのだ。これが上手く造れないと直に雷を喰らうだけという、リスキーすぎる術である。
単に破壊や殺傷能力としてなら使えるものだが、学生のユイマには勿論禁止されている。
逆に光とか風とか、精霊の住処が身近に存るものの場合は、慣れれば呼びかけるだけで使える魔法もあり、とても便利だ。精霊との親和性がある程度関係するようだけど。
このような性質から、太古より精霊は気まぐれだと言われている。一般に精霊魔法は精密な操作を必要とするような危険な力は扱わないものなのだ。
「私としては、今となってはどうでもいい。
魔術とカテゴライズされると、稀に
研究者も外から手出し出来なくなったり、
まず広まらなくなるのよ。独占法のせいで。」
「独占法?」
「魔術や装置が文化財や知財と認められて、
特許制度が適用される魔法世界基準法規。
魔術宝具原点保護法。通称独占法。」
「え、つまり……
独占を禁止するものではなく、逆、ですか。」
「一つの財産であると考えた法律よ。
許可なく奪って濫用するのは犯罪なの。
フーリゼの雷の魔術は、これに守られてる。」
「魔力駆動装置が知的財産なのは解るけど、
魔術まで?……なんで学校で習わないんだろ。」
「さぁ。隠されているかもしれない、なんて、
学生は知らない方がいいからかしら。」
「……隠せる…確かに。」
「長い年月が経つうちに、他の国や地方では、
史実より魔法より、人の命よりも
大事にするものが増えてしまったのよ。
宗教上の教えや、統治者の方針なんかでね。
……あまり貴方には良い話じゃないけど、
分断はいたるところにあるでしょう?
世界は炎嵐と清流の師弟二人が聖竜を使役し、
均衡を保っているのだという教義は有名だし、
鋼の竜と冥闇の大魔女の復活の預言も在る。
炎嵐こそが正義だとか、力ある者だとか、
清流だけが世界に平和をもたらす、とか。」
「フーリゼは違うんですか?」
「違わないわ。ただし一番大事なのは魔法なの。
一応は、魔法の歴史を誇る国だから、ね。
何よりエルフも巨人もドワーフも長命な種族。
フーリゼのヒトや獣人の人口比率は、
エルト王国の半分もないのよ。
短命の種族は歴史を学ぶのも大変よね。」
「雷の魔術も、隠しておいたということですか。」
「そうは言わないわ。
そのつもりなら、もっと管理が厳重のはず。
暫く触れられたくないだけでしょうね。
短命な人達の相手は慣れているのよ。
世代が変われば忘れられていくもの。」
なんか、ズルイ。言い方が。
言っていることは当たり前の事なのだけど。
「まあ、実際、フーリゼに対して安易には、
手出しは出来ないと考える国も多いでしょう。
敵対したら面倒じゃ済まないわよ〜。」
それは怖そうだ。普通に。
戯けるパロマさんを見て軽く笑っていたら、またもや、ため息をつかれた。
「笑うとこじゃないわよ。大魔女様は。」
「……大魔女に条件が無いのは問題ですよ。」
「自分で言うの?本当に、どうして、貴方なの?」
それは私にも解らない。
本当に、一体何の意味があって、私だったのか。




