子供
「お食事の用意が出来ました。
お支度が終わり次第、広間にご案内します。」
愛らしい、ルビさんの声だ。
大丈夫です、すぐに行けます、と急いで返事だけ返すと竜はベッドからフワリと起き上がった。
……ファルーを知ってるのだから、
その時期にいたのかも……。
一人で考えていても仕方ない。気付くタイミングが遅かった。また直接話を聞く時間が要ると判断して頭を切り替える。
……夕食はみんなで食べるのかな?
広間なら建築様式や調度品が見れるよね。
清潔ではあるが少し殺風景にも思えたこの部屋には、シンプルなベッドと椅子とテーブル、そして本棚が置いてあり、ハッキリ言って本しかなかった。デザインも良く言えば普遍的、悪く言えば味気ない。
せっかくの異世界なんだから、
見たこともないものが見たいなぁ。
何を持っているでもないのだから、お支度なんてすることもない。この状況で贅沢を言っているのも変なものだけれど、実際は何の希望もなく乗り越えられるような鋼のメンタルなど持ち合わせていないのだ。怖いからこそ夢が見たい。
竜はそんな私に無言のまま飛んでついてくる。翼が大きいから廊下が飛べるか心配したが、この竜は元々浮けるのだった。翼なんて飾りだ。
ドアを開けると、ルビさんが畏まってずっと頭を下げていた。ちょっと痛々しく思えてしまう。だからといって、気にしないでとも言えないけれど。気持ちだけでもと一応軽く会釈を返した。
「こちらです。」
先導して廊下を進み始めるルビさんに、二人揃って黙ったままついていく。辺りはもう随分暗くなっていて、廊下のあちこちには灯りが点いていた。
光を遮るものが少なかった三階の部屋の中は、それでも薄暗かったが、目が暗さに追いつかない。不思議に思えて見てみると、竜の周りは奇妙に明るい。何かしている。ユイマにも原理の全く解らない、まさに魔法だった。
手摺のついた階段を折り返し下って二階を過ぎると、一階の風通しの良い空間に辿り着いた。階段は建物の端になる。すぐそこに真夜中に借りたトイレが見えた。
あの時は真っ暗だったから怖かったな。
周りを見る余裕もなかったし。
階段の踊り場には置物の並んだ戸棚や額縁入りの賞状?などが飾ってあり、この屋敷が思いのほか、生活感のある住居なのだとわかってくる。
考えてみればホテルや旅館ではないわけで、私が寝ていたあの部屋も本来の主は、ラダさんかルビさん、或いは他の家族なのかもしれない。
……味気ないとか、スミマセン。
今更ながら反省する。無賃で間借りしておいて。
板張りの廊下には、片側の白壁に大きな窓がいくつか設えてあったが、今はもう外もよく見えない。暗闇は怖いのに、木々の間に微かに残る夕焼けを見ると急に夜の訪れを察して落ち着く気がするのは不思議だ。
森に近いのか…それにしても、
この辺の木は背が高いな。これが普通?
日本の田舎町ですらあまり見ない大きさだ。自然の野性と逞しさを感じる。大きな木が神々しく思えるのは日本人だからだろうか。
部屋から出して貰えた事で、いつもの感性が取り戻せた気がする。自分が自然でいられるのは有難い事だった。
ふと、急に竜が翼で肩を叩いてきた。
いつもこれだな、と顔をしかめながら見上げる。
「ほら、あちらからお目見えですよ。
領主夫妻と子供達が揃っています。」
「え!?」
夫妻?子供達?……こ、子供!?
そこには、奥方様らしき背の高い壮年の女性が一人と、三人のジャシルシャルーンが立っていた。
領主夫妻の、子供……?
一人は短髪で顔に皺の刻まれた…多分、男性。
そして、ラダさん、ルビさん。
子供……親子!?
え〜〜〜!?……いやいやいやいや……。
奥方様が若すぎる。実子じゃないよね?
てか、親を役職呼びの様付け!?
さすがに母親を奥方様は無いでしょ!!
ジャシルシャルーンの社会では、これが普通なのだろうか。ドン引きするのは失礼なのだろうか。
それじゃ、今まで二人から聞いてきたのは、
親に対する愚痴みたいなもの……?
つまり私は、領主家族の家庭の問題に振り回されただけであったということだ。
……身分の高い人の話なんか、
マトモに相手するもんじゃないかも……。
また極端な偏見だと分かってはいるものの、真面目に考えてきた反動でプツンと糸が切れたようだった。




