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神様


 雷の竜と雷光の大魔女は消えた。

ガーディードの少年は空中に鳴る不思議な音と火花のような光に驚くと、咄嗟に肩から掛けた鞄を抱えて飛び退り、その場所をじっと見ていた。


「………。本当に……帰った…?」


転移のように飛べると言っていた大魔女の言葉を思い出す。自分の置かれた状況を考えれば、二人はもう戻ってはこないのだろうと解った。誰かを呼ぶ前に一度整理をしてみないと、取るべき行動が見えてこない。一人で立ち向かう姿勢は末っ子だからこそ身につける事が出来たと自負している。

カランゴールの製作所には警備隊と巨人族の友人がついてきてくれるはずだ。その前にファルー家の友人を手助けしなければならない。新しい清流の大魔女の会議に出席する。自分は自分のような人間が知らなくても良いことを知っている。新しい清流の大魔女も知っていることだが、さっきの話の中で雷光の大魔女はおそらく敢えて話さなかった。その仮説は自分が信頼する魔法使いも納得する真実味のある話ではあるが何の証拠もない。

自分は雷の竜と雷光の大魔女とは少しの時間を共にしただけだが、その判断に習うのが賢明だと厳しく戒めた。自戒の心が無くては自分など瞬く間にタガが外れて瓦解する。この数年で大きく変化した自分を取り巻く環境に、ひたすら慣れるしかない現実は変わらないのだ。一人でやり遂げるには慎重さが必要だ。

吸血族の魔法使いにも今迄通りに接する他に何も思いつかなかった。生まれる前の過去を嘘だ真実だと断じる事は自分には出来ない。

 望めるならば雷の竜とはもっといろんな話を語り合いたかった。カランゴールで自分が造った作品を見て欲しかった。雷の竜にも、雷光の大魔女にも…。

そこまで考えたところで大切な事を思い出した。もう間に合わないのは解っていたが、急いで肩掛け鞄を開いて中を探す。丈夫な紙を使って丁寧に包んであったのは、花の彫刻を施した髪留めだった。


「ちっ。…はぁ……。頼まれてたのに…。」


結局、渡せなかった。引き受けた仕事を最後まで果たせなかったのは初めてではないが、依頼主の雷光の大魔女はもういない。責められることも無いだろうと思うと、責めるべきは自分しかない。こうして包みを開いて見る度に思い出すことだろう。こうなるとこの髪留めもあまり気持ちの良いものでもない。丹精込めて造ったのに、まったく不本意だ。


「……………。」


ガーディードの少年は髪留めを手に取り、その形と重さ、手触りを確認した。細部まで抜かりがなかったかを改める。依頼の通りのサイズであり、彫刻の出来も悪くないと再び評価して、丈夫な紙に包み直した。苦い経験も意味の在るものにしたかったからだ。

あの二人は自分にとって特別という程でもなかったが、かけがえのないものだった。これを造った時のことを忘れたいとは思わなかった。大切にしまっておこうと決めた。

…なんで自分はちゃんと出来なかったのだろう。仕上げを変にこだわるからこうなる。待ってくれると思っていたのだ。人がどうなるかなんてわからないのに。両親だって……。

考えているうちに涙が出てきた。早く泣き止んで廊下に待つ警備隊に報告しようと集中したのに上手くいかない。

ドアをノックする音が聞こえる。

呼びに行くまでもなく警備隊は何かに気付いていたようだ。ノックの音はだんだんと強くなった。あくまでも落ち着いた女性の声が鋭く響く。

ガーディードの少年はとにかく返事をした。涙を拭って大きく息を吐き、出来れば叫びたかった。感情を乱されると何でもない顔の何時もの自分に戻るには、思ったよりも時間がかかるのだと、初めてでもないのに今更ながら思い知った。

そんな自分を、しょうがないと笑って許せるようになればいいのだろうか。どうしようもないと不貞腐れるよりはマシだろうか。雷光の大魔女に言ったことは本当なのだ。自分には、まだまだ考えなくてはいけない事がたくさん在る。それは尽きることなく内から湧き出て、自分の在る限りにはどこまでも、果ても見えぬのに続いて行く。辛く苦しい思いを一体いつまですればよいのだろう。

返事を聞いて部屋に入って来た警備隊員に目の前で起こった事を説明すると、巨人族の女性は静かに呟いた。


「…まるで神様みたいな方々ね。」


ガーディードの少年は神様など知らない。

古来より神々の伝説は様々な種族と地域で語られるが、自分達にはいなかった。

巨人族や小人族、たまに外国人から伝え聞いた神様というものがあの二人ならば、自分はそのおかげで今此処にいるのだ。つまり……神様というのは悪いものでもないのだろう。神様が連れてきてくれたところなら良いことが待っている。そういうものじゃないのか。そう考えると不思議に頭が冴えてきた。髪留めは神様みたいな人達が残していったものだ。

ほらやっぱり大事だった。そんな風に一つ一つを立て直す自分を感じてほっとする。ほらやっぱり、大丈夫だと言ったことも嘘ではないのだ。

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