関係
瞬時には理解出来ない様子だった。ベッドに座ったままの少年は私を見て、ライトニングさんを見て、ライトニングさんは何時もの通りに真っ直ぐな姿勢を崩さず無機質に見つめ返した。暫くボーっとした後にナクタ少年は静かに吐息を流すと肩を落とした。
「ウィノは…知らないですよね。」
「……わからない。けど普通は知らない。」
私は首を振った。振ったが、同じ意見だ。父上サンはウィノ少年を使う割に関わらせていない。普通に考えれば年齢相応の扱いだろうけど、息子の友人への対応を見る限り、自分以外は踏み台か駒のように考えるタイプに思える。あまりに興味も感情も感じられない。
「……どう思った…かな?」
「………。親父はもういないし、わかりません。
それに、ユイマさんには関係ない。」
「!……。……うん。…ごめん……。」
「あの、…俺の心配しないで下さい。
なんか、迷惑かけてるみたいで嫌だから。
…関係ないのは本当じゃないですか…。」
「……あ、…うん。………。
元気でやっていって欲しいなと、思って。」
「それは大丈夫です。………。
俺はそんな簡単に変わらないし、
ウィノも…俺達これから忙しいですから。」
少年は淡々と話した。それなのに私には春風が吹き抜けたような感覚が走った。ぽつんと、けれど確かに自然な喜びが芽を出した。仄かに笑っていたと思う。不謹慎でもこれは嘘ではない。私には大事で、私には適切な感情だ。それが残っていたのが嬉しくて、ちゃんと自覚するまで喜んだ。
ああ…もう大丈夫。
…大丈夫なんだ…信じていいんだ…。
硬く縛られた心臓が解かれてゆく。喉の奥に詰まった何かがようやく溶けて無くなったようだ。良かった。この少年が本当に強い子で、本当に良かった。
…何か、教えて貰った…気がする…。
全身が洗い流されたように感じて不意にそう思った。私は安心して大きく一息つくと、柔らかく軽くなった勢いで動き出した。
「もうここでいいや。…帰るね。」
「え?」
予想外だったのだろう。ナクタ少年は大きな瞳を丸くして驚いた。何でいきなり、と慌てて言うので私は自分の失敗に気が付いた。悪い事をしたかのように感じたらしい。自分のせいだと思わせてしまったようだ。
「…ずっと、いつ帰ろうか迷ってたんだ。
用事があって来てさ。…実は。
それがもう、終わって、後は帰るだけだから。」
「……あ〜〜。…そうだったんですか。」
少年から緊張が抜けていくのがわかる。こんなに、意外と素直な子だったんだな。知らなかった。
「なんか、ごめん。
ウズラ亭での予定、いろいろ変わって。
一緒にカランゴールには行けないけど、
友達と歩いた方が、きっと楽しいよ。」
「………。そうですね。」
カラリと笑う姿が頼もしい。トッド少年も真面目で気の良さそうな感じだったし、短くて済むとはいえ私みたいなのに気を使った旅をするより、ずっと少年にはいいだろう。言ってみたら本当にそうなる気がしてきた。きっとこれから彼等は彼等にしか出来ない良い旅をするのだ。
「ライトニングさん。ユイマの家に帰ろう。」
「…?ユイマさん…?」
あ、しまった。変な言い方しちゃった。
雷の竜はベッドの上でゆっくりと立ち上がった。私に話しかけられることまで全部わかっていたかのように悠然とこちらに歩いて来る。相変わらずのマイペースに見えるが、親しみを込めて優しく話してくれた。
「魔女の望むように。忘れ物はありませんか?」
「鞄くらいかな。」
「挨拶はよいのですか?」
「そうだね。…いろいろとありがとう。ナクタ君。
それじゃあ、バイバイ。」
「…??……さようなら…。」
ナクタ少年は不思議そうに、それでも一応といった感じでのそりと起立した。いつもの肩掛け鞄をしっかりと片手に抱えている。私も旅行鞄を背負って立ち、部屋の中をぐるりと見渡した。雷の竜は翼を少し広げて浮き上がり、周囲は鈍く白い輝きを帯び始める。見る見る間にそれは洗練され集約され中空に在る光の球となった。目を見張るばかりでよく解っていないのだろう少年を一人地上に置いて、私達は聖なる竜の創り出す光球の中に吸い込まれた。