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自分


 魔法に触れる才能と魔力を保持する体質は全く違う意味を持つ。それらは比例するものでもなく、明確に区別してそれぞれの価値と応用を考えられなければならない。魔はそれそのものが生きている。



 遅くなったことに腹を立てていたのは自分自身だ。ミズアドラスを出ることになったからには経緯をしっかり説明しなければならない。用事が長くなるのは予想出来てもよかった。あの人達は怒るだろうか。待って居られずいなくなるかもしれない。


 元々目の悪かった母親が家を出て行ったのは父親が亡くなった半年後のことだった。雨上がりの朝早くに、家の中には姿が見えず、恐ろしい予感に総毛立った。家族を叩き起こして辺りを探し回ると、すぐ上の姉が山中に続く道の泥濘みに母親の足跡を見つけた。自分もきょうだい達もすべてを察して泣くしかなかった。母親の視力の衰えは進む一方だったから、こうなることをどこかで皆恐れていた。その時が来てしまったのだ。

 数歩先を行く背の高い友人は足も長く速かった。負けていられないから全力で駆けた。友人には感謝しているが、どこまで頼るべきかわからない。両親の事を知る中でも最も有能で本当に何でも叶えてくれる存在だろうとは解っている。だからこそ嫌だった。出来る限りは頼らないでいたいのに、自分自身に出来ることの限界も見えない。

友人からは近隣国の製作所を紹介されていた。いい話だと思ったが、迷っていた。世話になっている職場が許してくれるとは限らない。法的に厳格なのがウズラ亭の良いところなのだ。心残りだった地下の病人は、ようやく完治の目処がついた。本当は病気ではない事は父親から聞いていたし、本人からも教えて貰ったけれど、うっかり漏らさないように気を付けている。

雷の竜と大魔女の話を友人は笑わなかった。疑った目を向けるより先に黙り込んで、どうするつもりかと聞いてきた。他人の事には深入りせずに結論だけで済ますところを高く買っている。お互いに、自分は自分、だ。興味を持っているように見せ、まずは話を引き出すやり方も上手い。そんな風に感心しているうちに、いつの間にか自分は話し込んでいて、不思議と豊かな気持ちになるのだ。まやかしなのは解っているが、友人でいる、それが理由の一つでもある。

正直に言えば、向こうは何を考えているのか解らない。最初から学校の友人として知り合ったのでもなかった。父親が病気で臥せった頃、代わりに薪を担いで通い始めたウズラ亭で一緒に晩飯を勧められた。相手は確か家の用事だか趣味の範囲だかで吸血族の調査に来たと話した。そこで偶然にも好みの女子を見つけて長居し、偶然にも同じ学校に通う自分が現れたのだろう。

 暗くなれば繁華街の空気は一変する。帰宅する人々も混じる夕闇の慎み深さを脱ぎ棄てるような変貌は、その場に居るだけで奇妙な一体感に沸き立ち気分が高揚する。癖になる魅力があった。そんな中で地道に木材に向かい合うのが自分には心躍る作業なのだ。この道に進みたいという思いはようやく固まったばかりでも、失うわけにはいかないと考えた。

大魔女は想像よりも随分とのんびりした女性だ。外国人で、自分以上に法律も何も解っていない。彫刻くらい自由にさせてくれそうに見えた。大人のアドバイスの通りに権利者との話合いを提案し、自由の為には公的に認められることが条件だとされたが、少なくともあの大魔女には警戒するような要素は見当たらない。認められるか否かは雷の竜を偉い人々がどう考えるか、それ次第だ。付き人は一蓮托生だからこそ慎重になるべきなのに、不思議と上手くいく気がした。雷の竜と話した経験からか、自分には確かな知識と弁論が味方しているように思えた。自ら納得して出した条件が難しいとは思わない。雷の竜は本物だからこそ、水の竜のように結界を張ることも不可能ではない。本人から聞いたのだ。この機会を領主家が逃すはずがない。むしろ自国で認められるのが最も合理的で手っ取り早い方法だ。それを目指す。

友人の家までわざわざ出向いたのには、そういう理由もあったのだ。読み通りに友人は一大事を報告し、大魔女の存在は偉い人達に知られた。友人と共に待たされる間に事情を細かに説明していた。しかしその後にも相手を変えて二度も三度も同じ説明が必要だとは想定外だった。甘かったかもしれないという思いが、自分を焦らせた。

他に感じた事のない気持ちだ。何か身を強張らせる緊張が、それを感じさせる何かが今起こっているのだと思うと息がきれることも、それを意識することも邪魔くさかった。まさに今、自分は自分自身の人生の岐路にあるのだ。これで良いはずだと信じた後に引き返すのは性に合わない。もう死ぬ気で駆けるしかない。


 飛び込むように入ったウズラ亭の店の中で女子達は仲良くお喋りでもしていたようだった。揃ってこちらを見て驚いていたが、昨夜から少し気まずい幼馴染は直ぐに姿を隠した。残された大魔女のトボけた顔を見て、何かをやり遂げた思いだった。良かった。間に合った。大魔女は怒りもせず文句も言わないでぼんやりとしている。謝罪をしても目を瞬くだけで拍子抜けだ。結局、友人がわかりやすい弁明をしてくれた。大魔女は自分に対して何の反応もない。透明な、自分自身など何も無いかのような態度だった。

この人を信じるとは考えていなかった。昨日の今日で、表面的に話した程度の人間の何が解るとも思えない。ただ大魔女だからこそ異質に見えるだけだ。魔法使いなら雷の竜の力を理解していないわけがない。敢えて何でもない対応をしているのなら、悪い人間ではないか、見透かせない程に悪いかだ。それはもう、考えても仕方がない。何を考えているのかわからない人間が自分の回りにもう一人増えた。それだけのことだし、何の問題も無いと思った。



 乾いた暖かい風の流れを感じて目を開けると、少年は肌着一枚の格好で魔法陣の中にしゃがんでいた。目の前にはきちんと畳まれた自分の服が積まれている。用心の為に顔を上げて辺りを見回した。こんなにも暗かっただろうか。あの、過ぎるくらいに明るかったロウソクが無い。少し離れた岩の上を見れば見慣れた小汚いローブを着たバカでかい魔法使いが足を組んで座っていた。長さの揃わない癖毛を適当な斜めに結び直しながらあくびをしている。途中で少年に気付くと、顎でしゃくって服を着るように促した。魔法使いの足元にはウズラ亭のお手製改造ランタンが、静かな光を自分に当てて輝いていた。

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