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交渉


 早朝からドアをノックされると無条件でビビる、或は腹が立つ。周りの迷惑になっていないか気を配り、音が響くのも無視するだけの理由があるのだろうと考えてしまうとなんだか怖くなる。早くから起きて横になっていただけの私は、しばしの瞑想の後に、苦い薬を飲むならサッサと終わらせるに限ると出来るだけ無心で応対し、聞き覚えのある声が"警備の者です"と言う言葉を一応は信じて少しだけ部屋のドアを開けた。

臆面もなく仏頂面のジュラ隊員が昨夜と寸分違わぬ姿でそこにいる。一体なんだろうと怪訝に思い、身を引き気味だったので、"おはようございます"と言おうとしてタイミングを逃した。ジュラ隊員は私が言葉を発するのを待たずに、低くボヤくような、驚くほど平坦な口調で来訪の理由と要点を早口に読み上げた。

「おはようございます。報告します。

 この建物前に人々が集まり、騒いでいます。

 警備は万全ですが、念の為、ご用心下さい。」

そして言うだけ言って直ぐに勝手にドアを閉めてしまった。え?なに??と驚いて再びドアを開けると、ジュラ隊員はもう背を向けて廊下を早足で過ぎ去るところだ。ドアを開ける音がギリギリで耳に届いたらしく、機敏に振り返る。サッと左手をこちらへ向けて差し出し、どうぞ、とでも言いたいのか、丁寧に会釈をした。


「了解した。」


全く予測しない方向から有り得ない声が聞こえて思わずドアノブから手を離し、飛び退いた。まさかと思いながら再び扉を少しずつ押し開けると、心許ないダミ声の発生源、開いた扉の陰で見えにくかった廊下の真ん中には、なんとイド氏が居た。

 …!!!………???

しかしこのヒトの魔法使いのローブはきちんと丈が合っている。私が知っている姿より幾分か血色も良い。そっくりさんかと目を疑ったが、廊下に立つひょろっとした陰気な魔法使いはこちらの反応を待たず、さも当然のように無精髭に隠れた顎を掻き、視線を彷徨わせたまま話し始める。


「お恥ずかしい。いや、また会うなんてね。

 ああ、そうだ、…おはようございます。

 さっきの男前がね、護衛と言ったかな?

 ここでずっと立ってるのが仕事だそうだ。

 それが、新米の俺に代わったわけです。

 …これでご理解頂けるもんかね、大魔女様に。」


 ???


「お会いしたのは忘れるはずもない。恩人だ。

 だがね、俺の名前は何だったかな?

 …すまないが教えてくれないか?」


「……イドさん…か、ニョルズさん…。」


「…おお!そうだ。そうだね。ユイマ嬢。

 貴方、本当に本物の大魔女様になられたのか!」


なんかイロイロと順番がおかしい。ヘタクソな外国語の翻訳を読まされているような、このヘンテコリンな感じは他ではなかなか味わえない。一度やり取りしたならば目の前の人物を疑う理由はないだろう。この人はイド氏に間違いない。そういやこのヒト、こうやって自分の呼び名と紐付けて他人の名前を覚えているんだったか。キャラを使い分けているならともかく、相変わらずこんな調子でいられてはその必要性が理解出来ない。まぁ理解なんて最初から諦めているから、どうでもいいことだ。要は話が通じるかどうかであって、意外とこの人は特定のことなら確かに頼れる。申し訳ないが手放しではないので回りくどい表現になるけれど、だいたい味方だと思っていい…と、思う。多分。………。

…要は、嘘つきだという前提で話せばいいだけのことだ。

「あの……、もしかして……ですけど、

 ナクタ君と、昨日の夜、通信中でした?」


「……ああ……知っているとは思ったよ。

 けどもまぁ、なんともならんだろうともね。

 解るわけではないけど、…面白くも無い事だ。」


「!…あ、その……。」


「貴方に言ったのではない。だからね、

 俺は言うべき相手に文句を言いに来たんだよ。」


「!!」


「いや、本当に言える訳が無いでしょう。

 相手を見て、少しは考えなさいよ貴方も。」


 ??なんで急にオネエ言葉…??

雷の竜が聞いていないと思っているのか仕事中だからか、イド氏は比較的テンポ良く話が出来ている。びっくりしたこともあって、私の方が変なテンションだ。

「…なら、……なんでここに!?」


「言いに来たのは女将さんだよ。

 自分トコの従業員が大した御役目を負って、

 一端の仕事をしているというのに、

 何の証拠も無い事で責任を負わされるんじゃ、

 たまったものじゃないだろう。」


 …え…えぇえ!?

「……そういう話…なんですか…?」


「それ以外の何だね?

 ナクタは仕事中のウズラ亭の人間だ。

 大魔女様が否定されるなら、条件は異なる。

 ファルー家と領主家で意見が分かれるなんて、

 今まで無かった訳じゃないさ。

 どう動くかってのは大事なものでね。

 御当主殿は…、そりゃお金も関わってくるが、

 信仰心の厚い女将さんを失望させたんだよ。」


「…??や、でも………。あ!

 えっと……水の竜信仰…ですよね?」

ファルー家のウィノ少年が清流の大魔女のはずだと言おうとして、現役の大魔女様の正体は秘密なのだと思い出した。炎嵐も清流も、これは一つの大切な教義だから、信心を持つならば守らなければならないし、守られなければならない。

 ……成程!こうしておけば大魔女の周りの人間が、

 好き勝手に力を振りかざしたりは出来ない。

 …コレが本当の理由だったのかも…。


「…どうかしたかね?」

イド氏が、こちらを探るように見てきた。珍しい。大抵キョロキョロしているのに。…不審がられたかな。

「いや…やっぱり女将さんも、なんですね。

 …リッカちゃんがそうみたいだったから…。」


「ふ。…そうだとも。……なのにまぁ…。

 いや、ともかく言わなくてもいいことを言って、

 …俺に言わせりゃ、やった事も情けないがね。

 女将さんも一緒に聞いていたんだよ。

 すぐそこで。ああ、この辺は治安がいいからね。

 いや早かった。避難先だろうが変わらんね。

 流石の行動力で、おかげで俺は徹夜だぜ?」


 !一緒に聞いてた…!

ウィノ少年の話は大筋で当たっていたということだろうか。…少なくとも情けないと言われる程には、やり方が良くなかったのだ。イド氏の話を信じるならば。

聞いたからには社長さんとして捨て置けないということなのかな。それにしても、ファルー家はミズアドラス随一の凄いお家柄なのだろうに、あのウズラ亭の女将さんに、それほどの力があったとは…。

「……徹夜……そういえば、

 新米の…とか、言いましたよね?さっき。」


「ああ。交換されたんだ。話合いでね。

 ウィノと、こんな小さな女の子とが散々にね、

 まぁ当主相手にケンカして、…女の子が凄かった。

 吸血族の魔力を振りかざしてキレて見せてさ。

 あれやっちゃまるで悪の権化だ。効果的だがね…。

 いや、俺等がまずそこにいたんだが、

 話より先に騒動が始まっちまってな。

 一人また一人と乱入して来たものだから、

 女将さんも仕事を取られたみたいだったよ。

 最後に、さっきの男前がね、

 警備隊も分裂しかねないと急かしてさ、

 ようやく女将さんの交渉が始まったんだよ。」


 ???

「交渉?」


「俺は念の為に記録してるからね。当たり前だろ?

 自分のことならともかく、ウズラ亭の仕事だ。

 全部残ってるんだよ。誤魔化しようもなく。」


 !!!

そうか。通信中だったからナクタ少年と当主さんのやり取りも、そのまま記録された。つまり当主さんは自らウィノ少年達の部屋の前の廊下までやって来た。おそらく証人となる何人かを連れて。ナクタ少年は気配で気付いて水晶を身体のどこかに持っていたのだろう。彼ならやりそうなことだ。

 な…なんて間抜けな……!(ぷぷ。)

 女将さんも、なかなか汚い…!(拍手。)

力というなら力だ。物証と吸血族と水の竜信仰の信者の皆さん達の力が女将さんを後押ししたのだろう。

聖なる竜は決して偽ってはならない。嘘を許さないという噂が広まるのも、教義に矛盾しないからである。竜の友達は皆友達。主たる神ではなくとも位は変わらないイメージだ。不都合は聖なる竜と大魔女のせいにしてしまおう、なんて罰当たりな考えを敬虔な信者が聞いたものなら、怒りに震えて眠れなくなるか、青ざめて神罰を恐れ祈り続ける。本来はそれくらいに過激な思想なのである。何の証拠も無いのに聖なる竜と大魔女の責任ではないかと詰め寄るとは、恐れ知らずの恥知らず。豪胆を通り越して傍若無人であり、信者から見れば神々をも恐れぬ脅威的行動にあたる。

聖殿が正常に機能しない今だからこそ、補佐を務めてきた領主家の判断は重い。雷の竜と雷光の大魔女は領主家も認めているのだ。この一言さえナクタ少年が明言していたのならば、当主さんのした事は信仰の厚い女将さんの逆鱗に触れるのは当然。ユイマだったら完全一致する女将さんの価値観は、実は私には解らなくて、ふ〜ん、くらいに思っていた。実際、こんなに大事な事だったのかと驚いている。知識としては持っていても、私にはまず信仰って何なのか、というところから解らない。


「ご理解頂けたかな?

 その結果、俺はこちらのお坊ちゃんに…、

 ああ…ご存知だったかな。ナクタの友人の。

 その、ウィノが俺を評価してくれたもんでね。

 お買い上げ頂けたのさ。警備隊要員として。」


「?え?交換って…。」


「交換した上で、買い上げて雇ってもらった。

 まるで選ばれし魔法使いだね、俺は。

 いや、手懐けておいた甲斐があった……。

 …こういう話はお嫌いでしょうな。失礼。

 …まぁそういうわけで、今此処にいるんですよ。

 ユイマ嬢……いや、雷光の大魔女様、

 とお呼びするのが正しいかな?」


ちょっと制度がよく解らないが、ウズラ亭はファルー家がイド氏を継続雇用する条件で売買し、それとは別に代わりの警備要員を頂けた、ということかな?それなら、まるっと一人分儲けた事になる。酷い話だけど。

「……あの…どなたと交換なんですか?」

もしかしたらジュラ隊員だろうか。確かそんな話もしていたはずだ。


「さっき話した、吸血族の女の子…誰かねぇ?

 警備隊からという話を横から掻っ攫ってさ、

 丁度良いだの何だのと、何やら恨みつらみを、

 御当主殿に当たり散らして持っていったよ。」


 !?フロイレーヌさん!?

「…その…持っていくって?」


「話を持っていってしまった。いいように。

 御当主殿はもう破れかぶれだろうな、アレは。

 それで収めてくれるならってものだろう。

 …あ〜まぁ。…よろしいかね?こんな説明で。」


「…あ、はい。……十分です。」

想像以上に話してくれた。この人、こんなに話せるんだな。……びくびくオドオドしているのは、もう私くらいのものか…。

「…あの…本当のこと…ですよね?」


「ふ。仕事中にわざわざ面倒な事はせんよ。

 ……なにかね?朝も早いし、疲れてるのかな?

 大魔女様ならさぞかし忙しいだろうが。」


「え?……あ、はい。少し……。

 でも、良かった。……良かったですね。」


「ああ、おかげさまで。人生やり直しだ。

 いや、御礼でもないが、ここで話せてよかった。

 竜の君にもよろしくお伝え願えるかね。

 …そうだ、あの男前。表が騒いでるからってな、

 俺の番は一時的な繋ぎでしかないらしい。

 直に正式な今日の護衛役が挨拶に来ますよ。」


「あ、そっか。……わかりました。」


「……へぇ、貴方、笑うと可愛らしいじゃないか。

 振りまくような性格じゃないのかね?

 ナクタなんかイチコロだろうに。」


「!?…何ですか??

 ……え?…あ、私、笑いましたっけ??」

自分ではわからなかった。言われてみれば、気持ちが軽い。起きた時よりずっと…。


「くっくっ…さぁ、そう見えたがね。

 俺にはわからん。貴方の自由に思うといい。」


ああ、そうだった。この笑い方だ。お元気そうで何よりですけど、ナクタ少年はイド氏の言うようなウブで可愛い性格はしてないですから。私のこと完全に荷物持ちかライトニングさんのオマケだと思ってますから。

 …さてはイド氏の前では可愛い子ぶってたな?

 そういえば、そんな風にも見えた…。

それにしてもイド氏、外に出た途端にこんなスケベじじいぶりを見ることになるとは思わなかったな。翻訳のせいだとは思うけど、イチコロて…。リアルで聞くことあんまりない。

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