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人類


 目が覚めると、私は元いた部屋のベッドに寝ていた。辺りはまだ暗い。鼻をくすぐる空気は湿気を含んで洗い流されている。私の周りの世界は静かに整えられるのを待っていた。部屋のカーテンはしっかりと閉じられて仄かに白く、夜の終わる気配がする。目の端で雷の竜が丸くなっているのをしっかりと確認すると、私は上体を起こした。ベッドの端の丸い竜は、一日前までまるで置き物だと思っていたのに、もう生き物にしか見えない。ぼんやりとした灯りとなって、私を待っていたようだ。起き上がると同時に動き始め、こちらを見上げたまま視線が合うまで黙っている。

「……………。寝てたのはわかる…。

 私、起きなかったの?本当に…??」

不躾の質問にも竜は動じなかった。


「私が運びました。深く眠ってもらいましたが、

 もう少し寝ていた方が良いですよ。」


「や、昨日の夕方から寝てたから寝すぎ。」


「魂が休息を求めるのは理に適っています。」


「休息?…そうなの?魂って、そういうもの?」


「睡眠は意識的に起点に戻す機会です。

 ユイマの記憶と肉体に、

 魔女の魂が馴染み過ぎてもいけません。」


「……思ってたんだけど、記憶と魂って別なの?」


「記憶は肉体に依存します。

 魂は記憶に依存しがちですが、切り離せます。

 魔女は記憶媒体から複製された記憶を、

 必要なだけ持ち出した状態です。」


「じゃあ、逆にユイマは魔石の中にいるから、

 記憶があやふやっていうこと?」


「あやふやではありません。

 しかし魂の形成に必要ない部分については、

 完全に抜け落ちている状態です。

 どれだけ思い出そうとしても思い出せません。

 些末な事が魂には影響が濃いことも、

 よくある事です。私にも予測は出来ませんね。」


「……どこが抜け落ちるかわからない?」


「その通りです。」


「…………。だから、つまり……、え〜〜、

 ……植木鉢の植え替えで根っこ抜くとき、

 途中で切れる感じ?…でも問題ない時と同じ?」


「……。その通りです。おおよそ正しい。」


「おおよそ…。まぁ十分。私には。」

現実逃避したくて問答をしているわけではないつもりだが、実際あまり状況を知りたくない。聞くのが怖い。

「…………。ウィノ君は……、あれから、

 きちんと、言った通りの事をやってくれた?」


「さぁ。どうでしょう。

 この部屋に帰るようにと剣士が言いました。」


 ……ジュラ隊員のことかな…。

 邸宅の中に居させてくれるなら、

 不味い事にはならなかった…ってことだよね?

歓迎したくない真実には、やっぱり近寄りたくない。怖い。何もわからない振りをしたい。もうこの思考は私のルーティーンだ。何をするにも結果を知りたくないことばかり。

自分は居なくても良くて居ないほうが好い物だと信じてきた。根っこにその意識が確かに在る。だけど同時に、私の物ではないから、しっかりと自己防衛して維持しなければならないという意識もある。これは表裏一体の真実だ。

結果が怖い。出さない方が良い。その方が好ましい。私の物ではない。傷付けず維持しなければならない。その圧力も怖い。

現実逃避した覚えはない。けれど状況を知りたくない。こんな遠回りは、したくてしているわけではない。

「……私達、助かったの?」


「助かる?…どういうことです?」


「ミズアドラスの敵にならずに済んだの?」


「敵…我々が敵視されるならば、

 人類は魔の存在を自らの力のみで、

 積極的に支配する意欲がある、

 ということになりますか?」


「……そうかもしれないけど…。」


「だとすれば私の知らない結果です。

 人類が恩恵とやらを望まないのならば、

 我々は諦めて全て帰還すべきです。」


「や、そういうデカい話じゃなくて、…えっと、

 …ウィノ君のお父さんは私達を許してくれた?」

ライトニングさんの方がずっと遠回りだった。そもそも話の起点からスケールがおかしい。


「許す?…何をです?」

 

「…あ、ごめん。本当だ、違うわ。…え〜と…。

 そのうち……誰か来るまで待ってよう。」


「魔女の望むように。」


「うん。じゃ、おやすみ〜。」


「おやすみなさい。」


丁寧に挨拶に応えてくれる雷の竜がなんだか可愛い。こんな人だったかな。知らなかっただけか。気を遣ってくれているように感じるのは、考えすぎだろうか。


 ウィノ少年ならきっと心配ない。私にミズアドラスの常識も倫理観も良くわからないし状況は不明。ウィノ少年には清流の大魔女様になった今も、水の竜は一緒についてきていない。しかしあの少年のことだ。大魔女様としては間違いを犯すことはないと思う。私よりよく知っているし、ずっと頭もいい。水の竜が居ないのも大した問題は起こらないから居なくても大丈夫だということだろう。ただ、ファルー家の親子の問題としては、ちょっとだけ心配だ。

そういえば今頃になって気づいたけど、水の竜はあの時、祠の方が危険だからウィノ少年を返した可能性もあるんじゃないか。清流の大魔女を狙っていた奴らなんか、水の竜が一人でやっつけていたりして…。



 ライトニングさんの話から推測するに、火の竜の魔石が水の竜の結界を破ったのはネルロヴィオラの魂の意志だった。もしかしたら使用した魔法使いの腕よりも、まずその意思確認が重要なのだろうか。

改めて、どうして私が大魔女様なんだろう。自分で言うなと言われるだろうが、こんなフワフワと軽くて弱っちい頭でも、その気になったら国家機密並みの情報もバラしてしまえる。ログラントの人間なら怖いことも私には怖くないのだ。しかし幸い私は、狙い通りなのだろうが、ユイマの常識がストッパーになるから、最低限のモラルは守られる。

ネルロヴィオラと魔石の話を聞いて、大結界の詳細まで竜がペラペラ話すのを聞いて、ようやく異世界から私が連れて来られた理由が解った気がする。そんな事は、どうでもいい人でないと、おかしな考えを起こしても責められない。世界を変えることが不可能ではない現実を恐れて逃げてしまっても、図に乗って無茶をしてしまっても、それはむしろ人ならではの行動とも言える。

異世界人を提案したのは人類のはずだ。竜は全てライトニングさんと同じものだというならば、自ら答えを教えるなんて考えにくい。

異世界である現代世界を知っているのは限られている。一番怪しいのはやはり、私達の世界の矢を使って戦った大戦の英雄、魔法弓兵ファルーだろう。しかしファルーはどうして異世界を知っていたのか。ここまでくると、もう卵が先か鶏が先か、というやつになる?

同じく、時間を超えて未来人のユイマに大魔女を、いや、雷光の英雄を演じさせた発想は何処の誰からもたらされたのか。これも歴史を創る行為だ。未来からもたらされたのではなく、時空に関する考え方が未だ未発達のログラントの人類が自ら発想したとすれば、天才と言っていい才能だ。

……………………………。

ファルー家の会議?の時にライトニングさんに話そうと思っていたことを思い出した。私が勝手に考えた、何の根拠もない話だ。

ログラントには神話に語られる天才が二人居る。一人はその師匠である。

その偉大なる魔女達に並ぶと言われる者など誰一人、後世には現れていない。

なくはないかな、と思っているのだが、どうだろう。全ては人類史上最大最強師弟の頭の中に既に有った…なんてのは。

世界には、このくらい浪漫があってもいいと思う。まったく、夜の魅せる夢は甘くて恐ろしい…。なんて、夜中に一人で考え事をしていると無駄にカッコいい台詞が天から降りてくるのも一種の魔力みたいで面白い。

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