秘匿
「…ウィノ君が…清流の大魔女様か……。」
自分で勧めておいて何だけど、本当に良かったのだろうか。本人の意志には違いないと言っても、ウィノ少年は変なところでお人好しだ。その場の空気に左右されないとは言い切れない。ナクタ少年なら全く悩まないところだが、ウィノ少年は心配だ。現代世界の私みたいに、なんやかんやに疲れていたところをフラフラと甘い話に乗っちゃったとか、細かい事なんかどうでも良くなってハメ外しちゃった…なんてことも考えられる。幾ら優秀でもまだ子供なんだから、想像し想定出来る事が大人に及ばないのは当たり前だ。人間だもの、万能でもあるまい。…そりゃあ、私が何を知っているわけでもないけれど…。
「………………。
ん?……あれ?…清流って……。
…ウィノ君て、知ってたっけ?」
「何をですか?」
「その………ネルロヴィオラのこと。」
「知っているはずですよ。」
??んん??
「??なんで??」
「本人が言っていたでしょう。
猫の少年が水晶で通信していたと。」
「そうだけど……えぇ!?そんな事まで!?
本当に?……普通そんな……、
何でもかんでも友達に言う??
……十歳頃まででしょ。せめて…。」
「どうでしょう。」
…わかっている。私に正しい人との関わり方などわからない。他人と上手くいかない人間に、友人関係の普通を語る資格は無い。むしろ私のこれは悪い例。私が友人と呼ばせて貰っている聖人に何でも話せるのは、聖人が聖人だからだ。ナクタ少年も同じなのだろうか。ウィノ少年が聖人に見えているのだろうか。ちょっとぶっ飛んでいるという認識だったはずだ。
「……………。
ああ、そっか。だからライトニングさん、
止めなかったんだ…。マズそうな話なのに。」
「この時点で特に秘匿すべき事はありません。」
「……………。
イドさんも、知ってるってこと?
ウズラ亭の女将さんも?」
「それは私もわかりせん。」
「……………。
もしかして、今、ウィノ君が……、
父上様に話していることも、あり得る?」
「わかりません。可能性はあるでしょう。」
そんなサラッと言っていいこと??
……いや、違う。……根拠がない。
「話していても問題無いってことか…。」
「その通りです。」
証拠など無い。全て推測の域を出ない。他に有り得ない、なんてのは根拠としては弱い。ユイマの知らない世界の真実は幾らでも在るはずだ。間違いの可能性は十分にある。こちらにはライトニングさんが納得した事実があるから、この方法が唯一だと信じられるが、父上様がごく普通の父親なら阿呆みたいに笑われることだろう。
…大丈夫だな。多分。問題なさそう。
何となく、父上様の考えることは、ああ成程ね、という想像の域を出ないと思う。物凄く上から言わせてもらうと、やる事なす事、便宜的でわかりやすい。勿論、自分自身の為の便宜だ。効率的というべきなのかもしれないが、効率の計算が出来ない残念な私には馬鹿にするような言い方しか出来ない。(だから人を馬鹿にする奴は残念だと言うわけだ。一つ賢くなったな…。)
ウィノ少年は父上様の性格を知っている。多分、話さないと思う。そういう人の場合、確証の無いことは言わない方が余計な手間がかからない。証拠が無いのに口を挟めば面倒を増やすだけだ。異論に混迷してしまうような良い人だったら情報共有することも意味が有るだろう。とりあえず話せる。しかし今更、この情報は不都合だ。元聖殿長側の人間には、おそらく握り潰す以外の選択肢は無い。
ウィノ少年と父上様の信頼関係がどんなものか私は知らないが、嫌な言い方をすると、人情を重んじる事由がなければ、わざわざ教えてやらなくてもいいことだ。現代世界では情なんて何の見返りも無い。馬鹿にされるだけの持ち腐れだ、と、個人的には思っている。本当は宝なんだろうけどなぁと勿体なく思うくらいには人間だ。諦めたらそこで試合終了だから必死に頑張ろうと思う。(…ん?話の中心がブレてきた…。)
今更、何にもならない情報だろう。今迄の二十年以上の間、ミズアドラス自治領とミロス帝国と聖カランゴールは一体どんな関係だったのだろう。不気味といえばそうだけど、実際に今もミロスは沈黙している。ということは、既に目的は達しているのだ。それは元聖殿長を取り込む事だったのかもしれないし、ミズアドラスを無抵抗にすることかもしれない。侵略と見るべきなのだろうか。しかし特に何も動いていない気もする。王制の国に住むガチガチの貴族令嬢であるユイマは何も知らない。知る術も無いだろう。
ミロス側は自分達の持つ特権を誇示することを最も効果的に、コンパクトに行ったようにも見える。聖カランゴールは知っているのだろうか。気付いているのかもしれない。それでも黙っている。敵わないことを認めているのかもしれない。そうでなければ、反撃の機会を待っているとか…?(だんだん、面白い説を考えるのが楽しくなってきたぞ…。)
二十年以上に及んで、沈黙し拮抗し何も動かない。絶対であり絶大な力を持つミロスの秘密を知るのは、ほんの一握りなのに。これが力というやつの力なのだろう。パワーオブパワー。(…あかんマジで眠い…。)
けれど納得がいかない。偉大なる人類史上最強の大魔女ネルロヴィオラは、その魂だけの存在になってまで、自分トコ以外のヤツラを黙らせたいのか?正直に言うと…そんなに現代事情に詳しく在れるのかも怪しい…怪しいと思う…。
…てか、それだとがっかり〜〜。(超眠い。)
そんなの…だいたいさ…魔石なんて……、
こんな…ただの石なのに……。
結局、私は寝てしまった。こんな洞窟の中だというのに。小さくて平らな岩の上に腰掛けて、切り立った大きな岩にもたれていたら、岩の硬さも冷たさも、慣れてしまえばコレもアリだと思えてきた。そうやって目を閉じたのが最後だ。ロウソクの炎は勢いを落とさず変わった匂いのする白い煙をうっすらと上げて、丁度いい暖かさを提供してくれている。ライトニングさんも隣にいるから大丈夫だ。誰か一人が居てくれるなら、私は大丈夫。それにしても、我ながら緊張感の無いことだ。
ライトニングさんは、未来の情報が置き換わると言った。例えばどういうことだろう。
ネルロヴィオラと魔石の関係を推測したフロイレーヌさんは、魔石に詳しい大精霊の加護を受けていた。偶然にもナントカ伯爵に師事した経験があったからだ。ナントカ伯爵は領主様の紹介でフロイレーヌさんを指導し、領主様はラダさんの頼みを聞いて伯爵を紹介したらしい。この流れに私は関係ない。あるとすればユイマだ。何百年も前の大昔に現れた雷光の英雄こそが、虐げられた人類と吸血族を解放した。フーリゼは共和制を選び、パロマさんはその足跡に興味を持ち、フロイレーヌさんは影響を受けた。抑圧された人々の中でも長く差別され続けた吸血族こそが、この世界に眠り続けた真実を、一大聖地を預かる権力者に指摘してみせた。そう思うと、なかなかドラマチックだと思う。
つまりは、これから先の未来のどこかで、私の知らない誰かさんが、魔石に眠るネルロヴィオラに関わり、そんなドラマを紡いでくれるということなのだろうか。…もしかしたら何百年も先の未来で…。