否定
「猫の少年がこの洞窟に入ったのは、
ファルー家の吸血族の指示です。
指示書を渡せば入れると聞いたようです。」
静かに息をついたトオノ隊員がようやく安堵した様子で顔を上げた。しかしすぐに眉をひそめて小首を傾げる。
「ああ、なんだ。
…じゃあやっぱり、原因は父上様ですね。」
納得の返答をしたのはウィノ少年だった。表情は平静そのものだが、発する声にはじっとりと湿った怒りが滲んでいる。
??どういうこと??
あまりにも当然のように認めるからまた混乱してしまう。起きて当然の事なら、なんで事前に教えてあげないんだ。いや、その前にどうしてそれを避けようとしないんだ。
"ちちうえさま"って、お父さん…だよね?
父親への敬称が父上様と訳されてしまったのも個性的すぎてツッコミが忙しい。おそらくミズアドラスに伝わる昔ながらの敬称が使われたのだろう。当主さんが父上様と同一人物なのかは知らないが、私の中では武家屋敷なんかで揺るがぬ上位に在りつつも慕われているイメージがある。イメージ通りの関係なのかは勿論わからない。
「…原因て、何か…あるの?」
「フロブラ元聖殿長は、ん゙。
ミズアドラスで広く尊敬を集めていた方です。
父上様も当然親交がありましたから、
ラダ=リー様のことは責めていましたし、
雷の竜の君のことも、ん゙ん゙。
好意的に思われてはいないんですよ。」
それは、まぁそんな気はしてたけど…。
普通に使うんだな、父上様。グラ家の"領主様"と"奥方様"に驚いたのを思い出した。
ラダさんはウズラ亭で聞いた噂ではテロに加担した事になっていたが、その後、囚われながらもある程度は自由に動けるくらいには軽い罪を疑われているらしい。ルビさんなんか領主になれる見通しがあるのだ。あくまでも外部からのテロに抵抗したのだという主張が一応は通ったのだろう。何も知らされてないから、ただの推測だけど。燃えて証拠も少ないだろうし、言ったらホームだしな。ラダさんを信じるならば、ちゃんと裁かれるのはこれから、なのかな。…本当にやるかわからんけど。
しかしそうとなると、父上様がラダさんを責めるのは守れなかったからということか。領主家には憲兵も警備もあったのに情けない、と。そもそも元聖殿長が首謀者でミロスの団体と繋がりがあった事まで父上様が知っているのか気になるところだが、亡くなった方を見知らぬ人間が勝手に暴くのも不敬だろう。それこそ証拠も無い。
「…それで、何かしたってこと?」
「いえ、まず、話を聞かないと…。
ですけどフロイレーヌが動いたのなら、
どちらかの、或は両方の理由で、
ナクタを追い詰めるような真似をしたと、
想像出来ます。ゴホッ。こんな格好で、
逃げるか隠れる必要があったんだろうし…。」
「追い詰める…?」
どちらかも両方も何が何だか私には理解出来ない。わからないことを考えていたら頭の上に居るライトニングさんの名前を呼ぶのが億劫で、顔を上げたり振ったりして竜の足元を揺らしてみた。催促しているのは伝わるはずだ。
「水の竜の結界が展開することで、
各地の転移魔法陣が使えなくなります。
その他にも異常は数多に出て来る。
その事で説明を求められたようです。」
「…え??ナクタ君に??」
随分と反応が早い。こんな真夜中に気付くものなのだろうか。人を叩き起こしてまでする事では無いと思うけど?しかもまだ子供だぞ??
「一旦待たせて獣化し、
窓から逃げたところに吸血族が現れ、
その場で指示書を書いて、
扉番に渡すよう促したということです。
後は任せて欲しいと言われ、
その後はわからないそうですよ。」
「…吸血族って監視が好きなのかな…。」
魔力の量が違うだけでも十分に才能はあるから、適任と考えられやすいのは解る。フロイレーヌさんも雷の竜に関わりたいのかもしれない。
「今はまだ情報がありません。
吸血族は単独でも何かを得たいのでしょう。」
「…?……まぁ、何でもいいや。
フロイレーヌさんのおかげで、
ここで合流出来てラッキーなん…だけど、
え〜……。どうしたらいいんだろ…。」
「申し訳ありません。御二人共…。
大魔女様の付き人殿がこんなことに…。
…父上様は今後の事で大変だから、
領主家の方々の事は姉さんに、
雷の竜の君と大魔女様の事は、
僕に任せたと確かに聞きました。…ん゙。
でも逆に、今後に関わる事は勝手にされる。
……そこまで頭が回らなかった。」
いきなりウィノ少年が話に割り込んで謝罪を始めた。また謝られてしまった。責めたつもりも無いのだけど、どうやら私達は説明を求められたという言葉通りの状況には無いことを承知しているらしい。ではどういう事かと問われても私には解らない。
「……お父さんが、勝手に、……何をしたの?」
「あ、あ〜〜、えっと…ゴホン。
話を聞く限り、おそらく……おそらくですが、
今迄通りの事に支障が出るのを、
雷光の大魔女様の影響であるように、
話を持っていきたいんです。ん゙ん゙。
だから、説明を求め、逃亡したのなら、
もう認めたのだと主張出来ますから、
夜が明ける頃には、それで進めていく、と。」
「進めていく?」
「元聖殿長を支持していた方々に訴え、
雷光の大魔女様を否定し、
従来通りの、水の竜信仰の強い考え方に…。
ゴホ。…その方向に進めていくつもりだと…。
その…代表のような立場になるつもりですね。
多分。」
「……………。」
キミ、本当に、中一か?
「……でもなんでナクタ君に?私じゃ……、
あ、そっか、ライトニングさん…。」
「そうです。竜の君には敵わないですから、
付き人のナクタから言質を取ろうと…。
足元を見て高圧的に出たんじゃないかと、
…思います……一方的に…。
逃げるなら逃げても構わないので。」
「……あってる?ナクタ君。」
黒猫君はウィノ少年を見上げて、尻尾をユラユラと揺らしている。猫の気持ちはわからない。ライトニングさんに聞いてみるか。
「なんて言ってるの?」
「尻尾を揺らしているだけです。」
無視かよ。
「…肯定でしょう。…やり方は大体わかるよ。」
黒猫君から目を逸らすウィノ少年は猫の気持ちを、というよりナクタ少年の性格とクセを知っているようだ。
……大体わかる??
やり方はともかく話が本当なら親子でも随分違う印象だ。いや、頭の回転が速くて自由な行動力があるのはそっくりなのだけど、何と言うか、方向性が…。
……なんか同情したくなってきた…。
家族間の口約束を反故にする親って、
異世界にも健在なんだなぁ…。
仕事割り振られてやらされてるんだから、
こっちは信じるしかないのに。
「…あと……言いにくいんですが……。
聖殿の背信行為で離れる人心を戻すなら、
結界の再展開はこれ以上ない追い風です。
…ですから……その…、ん゙ん゙。
……待っていた…と、思います…。
…………おわかり、頂けるでしょうか…?」
「……………。
あ〜〜!…そういう事か。……なんとなく…。」
成程。結界の再展開を待っていた。私達は用済みか。…同情してる場合じゃねぇわ。
ウィノ少年も予見はしていたはずだ。付き人に危害が及んだのは想定外だとしても。…まさかと思うけど元聖殿長のこともまるっとご存知であれば大した自信家、もとい強欲一家だ。不都合はもみ消す前提で考えている。それだと相当ヤバくて恐い人達だな。父上様は自身の目論見の為にウィノ少年とタッグを組んでいるつもりだろうから、ナクタ少年にしたことなんか悪いとも思わないだろう。
わざわざ面と向かって言うからには、
キミも心は決まってるんだよね?
なんとなくでしか理解出来ないが、取り急ぎ私達にとって問題なのは、現時点でウィノ少年がどちら側か、である。信じるしかないとなれば散々疑っていても図々しく信じる。私はそういう人間だった。
「けど…あの…水の竜信仰って……。
……清流の大魔女様は……いいの?」
恐る恐る問いかける私を救ったのは何だったのだろう。美貌の少年はにこやかな笑顔を浮かべて得意げに答えた。
「…よくありませんね。ん゙ん゙…。
今からキツく怒りに行こうと思います。」