解放
大魔女の魔石に関する情報をおさらいしよう。
水の竜の魔石は実は行方不明だ。
火の竜の魔石にはおそらくネルロヴィオラの魂が眠っている為、本来の力を持続している。
火の竜の魔石は実は武力行使する集団によって使用され、ミズアドラスの結界を解除した過去がある。
つまり、実はミロス帝国は過去にミズアドラスに対する武力行使に力を貸している。
大魔女の魔石はこの世界の技術で使いこなせるものではない…。
……ん?…あ、そういやコレは確か、
水の竜の魔石の話をしてたんだった…。
だったら別に矛盾してないかな?
初代が眠る火の竜の魔石と水の竜の魔石は全く別物だ。性質が違っても驚く事ではない…のではないかと思う。多分。
……怪しいなぁ…。
実はユイマは魔石という物が、中に魂が宿った状態でも使用出来るものだとは知らなかった。元々自然物だから品質にも性能にもバラつきのあるのが当然で、魔力は魔石に収まったからといって平易にも単純にも成らない。乾電池のようにはいかないのだ。魔石を使った魔法具は一つ一つが研究者と職人の知と技術の結晶であり、一点物である。貴族のユイマには珍しいものではないが、一般庶民には貴重で高価な贅沢品。ウズラ亭のように使用料が発生するのは当たり前なのである。照明のような単純な仕組みの必需品はミロスやフーリゼ等の先進国が輸出して世界中で使われているらしいが、ユイマはまだ学生で、しかも専門は精霊魔法である。既に組み込まれて完成した魔法陣や魔法具を使う経験はあっても深い知識はない。フロイレーヌさんが師事したナントカ伯爵は、かなり専門性の高い研究者なのだ。そもそも精霊に魔石を好む者が在るという話すら一般には聞いた事がない。
…ライトニングさんに聞こうかな。
向こうで時間あるか分かんないけど……。
そういえば、ナクタ少年はずっと向こう側の魔法陣で待っているのだろうか。普通に考えたら、メイドさん達と一緒にファルー家の邸宅に戻っているとは思う。もしかしたらまたウズラ亭の人達と、つまりはイド氏と通信中かもしれない。
ナクタ少年は既に自由に動ける権利がある。私は雷光の大魔女としてミズアドラスから認められて世界にその情報を発信された。文句なく、公認とやらになったのだから。
少年、或はその保護者とウズラ亭が交わしていた契約?の内容は流石にセンシティブなモノかもしれないと思って触れられないままの私であるが、話を聞き齧った感じだと解放の条件はクリアしている。イド氏との通信で報告も済んでいるのであれば、彼は最初から水の竜の謁見になんて付き従う理由は無い事になる。ファルー家には大魔女の付き人として紹介されていることと、その立場で泊まらせて貰っている手前、勝手には動けないだけだろう。本人の意志とは考えにくい。もう次の仕事先も決まっているし、それを私が知る機会もあった。もう十分のはずだ。ファルー家側の魔法陣で少年が転移を断ったのは、そんな考えもあってのことではないかと思う。
……駄目だな。一応雇い主なのに。
ちゃんと本人に言うのかな、こういうの…?
ナクタ少年なら何も言わなくても一人で出ていきそうな気はするが、夜が明けてからでないと動こうにも動けない。巻き込み事故を避ける為には早い方がいい。清流の大魔女にウィノ少年を推薦してしまったのは私だ。その周りで何かが起こる可能性があるのなら、友人とはいえ出来る限り遠ざけたいところだ。ウィノ少年にはフロイレーヌさんも警備隊もついているが、ナクタ少年は友人達の友情を信じてアテにするしかない。身も蓋もない言い方だが、偽らざる現状である。
すぐにでもカランゴールに向けて出発してほしいのだけど、どんなプランになっているのか私は知らない。新たなる清流の大魔女様はいつ狙われるかわからない。
…どうするべきだろう…何が出来る…?
トッド少年かシース隊員が魔法を使えるから案内や護衛に選ばれたのだとは思う。ウィノ少年はファルー家が守ると考えているだろうが、当主さんは違う可能性もある。
清流の大魔女様に関しては、従来通りに当主さんの取り仕切る範疇だろう。上下関係が難しくなりそうだが、信仰心が有るのならウィノ少年を信じなければならないし、ファルー家の誇りのためにも清流の大魔女様は正しく導かれるべきだ。身内だからこそ。エリアナお姉さんを信じる。聖なる竜の大ファンであるフロイレーヌさんは言わずもがな。対立が無いのが一番とはいえ、早速思い当たる種がある。
当主さんは最後まで会ってもくれなかった。これからファルー家の製作所で働く予定のナクタ少年が雷光の大魔女の付き人をしていた事で当主さんの反感を買わないかが心配だ。
大魔女の付き人についての慣例やルールは知らないが、水の竜との謁見が目的だったからミズアドラスでの付き人は不要になったと伝えれば、不慣れな土地での案内役にすぎなかったと解って貰えるだろうか。私は話がド下手だが、ナクタ少年も大事なところで口下手だ。興味が極端だからな。大事なところに無関心だったりする。マズイ。当主さんから理解されなければ、私がナクタ少年に関わったのは本当に迷惑をかけただけになってしまう。下手をすると少年は解放される代わりに、これから向かう大人達の中で孤立無援になってしまうのではないだろうか。
……………。
いや、ここは異世界。ログラント。
こんなものは現代世界のイジメやらハラスメントに慣れすぎてしまった哀しきボッチの妄想でしかないかもしれない。少年達はいつも私の想像を超えて来た。そしてそれを受け入れるだけの余裕が有るのがミズアドラスの大人達だった。
現代世界でもログラントでも私の考えることは、いつも大抵間違っていた。
私はもっと、他人を信じることが出来なければならないのだ。
……………。
どうしてこんなに騙されるのが怖いのだろう。
多分どこかで大変な間違いを見てしまったのだ。
それがどこなのか、自分でもよくわからない。
ウィノ少年による記録は既に終わったようだった。