反意
私は私以外の人間に助けて貰えるという前提を、あまり考えた事が無い。基本的には自分の事を自分以外に任せて良いものだとは考えない方が良いと思っている。それなのに矛盾しているようだけど、私は自分で動くという行動自体に慣れていない。臆病だから、怖がりだから、目立つのが嫌だから、疑り深いから、プレッシャーに弱いから…原因はイロイロだ。率先して動けないことは、そんなに駄目で悪いことなのか。生意気なのだろうけど、疑問に思う。普通だって十分じゃないか。もっと堂々と悪いことをして、隠している人がたくさん居るのに。
何が正しくて何が間違っているのか、その基準は何処にあって、誰が決めるんだろう。誰かが決めてくれるものなのだろうか。その誰かは、私のことなんて、本当に知っているのだろうか?
いつも思っていた事だけれど、現実的な意味はあまり無かった。自分で何かを決められる機会があまり無かったからだ。周りに合わせる事しかしてきていないし、自分だけに出来ることがあるとも思えない。話の流れに沿わないと気に入らないようだから、反意は無為であることでしか表現出来なかった。
そんな私に一体、何なら出来るのか?
一、やりたいと思うこと。
二、頼まれ事。
三、出来なくてもやらなきゃと思うこと…。
目の前の不安は、三番目に当てはまる。日々の勉強も課題もコレだ。自分以外にやる人が居ないような、追い込まれた状況にならないと考えないことだ。
現代世界での私自身の人生は転落し没落し諦めて意志もプライドも捨ててしまった方が良いものでしかなかった。何も知らない少女は間違いを犯すことしかしないから、何でも知っている大人に従うのが出来る娘のすることなのだとウチの父なら言うだろう。ログラントに来て、自分を信じて思い通りに良い方向に進めていける、自分に替えが効かない事態なんてものに、私は生まれて初めて直面した。
「あの、…襲撃されるおそれがあるって、
ウィノ君、聞いてる?」
「!…はい。解ります。
ウチの警備隊も想定しています。」
…普通に想定済みだった…。
「通常の時間を避けて夜中にしたのも、
その為です。大魔女様は、
ご就寝中だということでしたので…。」
…元々その為だったのか……。
ん?寝てたの知ってる?まさか覗いた!?
……ライトニングさんが答えたのかな…?
「あ、いや、…助かる。
やっぱり、竜が居ても、怖いし。」
「実は雷光の大魔女様についても、
水の竜の君が、お話下さいました。」
「?私について?」
「召喚されて来られた御方…のような状態、
なんですよね?…魂?でいいんでしょうか、
ネクロマンサーの術に似たもので、
身体を借りているのだと、聞きました。」
え?…知ってた!?
知っていたのなら、さっきの会話には特に嘘も誤魔化しもない。私が独りで誤魔化したつもりになって中途半端な説明をしてしまっただけだ。どうも私は何でもまず誤魔化すのがクセになっているようだ。初めて自覚した。自覚すると芋づる式に、そういえばアレもコレも原因はココかもな、と思うことは個人的によくある事である。
私の現状打破が難しいのも、言ってしまえば他人にきちんと話を出来ないことに一因があるのだろうけれど、私としては話をしたいわけでもない。正論で返されるのが怖いのだ。自分にやる気が有るのなら、ちゃんと表明するべきだっただろう、と。結局は流されるのであれば、努力が足りないのだ。
魔法陣の周りに集まった後で、トッド少年は予定の通りに記録を始めた。魔法具は手回しオルゴールのような機械でリボン?を巻き取って使うもので、ウィノ少年は記録する内容を話しながら手のひらサイズの魔法具についた小さなハンドルを指で摘んでクルクルと回している。見た目ではカセットテープレコーダーのような原理に見える。ユイマも知っている、世界的にメジャーな魔法具だ。名前は…少し発音が違うけど、テッセントピアルカ、でいいと思う。フーリゼのドワーフが発案者らしい。直訳すると、"話を聞く耳"……聞き上手、みたいな意味とのこと。どうやらトッド少年は、コレを用意するだけの役目だったようだ。使用前の準備が必要なものなので、それもやっておいてもらったらしい。考えてみれば変な話だ。ファルー家は魔法具も使わないのだろうか?確かに、これくらいなら手記でも出来る事だから大魔女がメモをとれば良い事だ。ウィノ少年はウズラ亭ではメモをとっていたのに、水の竜との会話中にはそれをしなかった。聖なる竜の前では失礼だから…?それとも信仰上の作法だろうか…。そういえば記録についても、勝手にしていいのかとトッド少年が聞いていた。堅いことを言い始めたら、魔法具なんか持ち込めない場所なんだろうな、多分。
……………。
ぼんやりしている時間があるのかと心配になるけれど、トッド少年と警備隊の面々も少し離れた処で和やかに歓談している。私一人が怖がっているということだ。こんな夜中に動くわけがないとも言い切れないと思うのだけど、平和な空気は揺るがない。水の竜が帰って来たのだから、恐れることはないと思っているのかもしれない。
結界の事も、ちょっと拍子抜けだった。結界の展開に際して何か変化があるかと予想したのに、また外れた。というか、ユイマの想像を超えていた。内部にほとんど変化を感じさせない結界は調節や設定が絶妙だということだ。これだけ大規模な結界でそれが可能なのは、正しく人ではないモノの成せる技だ。
水の竜……水の竜さえいれば…か。
……………。なんだっけ?何か言ってたな……。
……待てよ?どういうこと?
私がどうなるかは、水の竜に会えば自ずと解る、みたいなことをライトニングさんは言っていた。水の竜が知っている、だったかな?
そういえば、魔石についても……。
変な事を断言していた。この世界の技術では扱うことは不可能、とかナントカ。それでは二十年前の事件に魔石は使われていないのか?いや、でもその方法に納得していたのも確かだ。
…どういうこと……?
火の竜の魔石が使われることは有り得ない?
でも結界を破るのには使われたんでしょ?
水の竜に会って、私、何か変わった?
何もないよね??
敢えて何か挙げるなら、お役御免の大魔女はとっとと帰るべしと思った。
……………。
もしかして……私ここで帰るってこと?
それは十分に有り得る。既にミズアドラスに認められた大魔女様であるからには、軽率な事も出来ないわけで、ここでの生活を想像したら逃げ出したくなる。もう帰る。それが一番いい。
しかし魔石の件を放りだしたまま帰るのは嫌だ。こんな状況を置いて帰るなんて、気になって仕方がない。現代世界で覚えていられるのかも分からないけれど、今の私にその選択は出来ない。